不思議な本屋の物語2
★至高のギター★
その森では、ひとりのギタークラフトマンが黙々とギターを作り続けている。
誰も見たことがない「至高のギター」を生み出すために。
その日のことは今でも悪夢のように何度も思い出す。
その日は秋なのにやけに湿度の高い、嫌な天気の日だった。
「パパの最高のギターを自分のものにしたあいつを私は絶対許さない!」
幼馴染のアインは可愛らしい顔を醜くゆがませて言い放った。
「絶対許さない!」
「そうだね。俺も許さない!だから、俺がおじさんのギタークラフト技術を学んで最高のギターを超える「至高のギター」を作ってみせるよ」
「ほんと?ヴァルハルト?」
「ああ。約束する!」
「絶対よ!このままじゃ、パパが可哀そうすぎるよ・・・」
指切りをして数時間後・・・
おじさんは、自分の命を自分で終わらせてしまった。
そして、その姿を最初に発見したアインはあんなに豊かだった感情を全て失ってしまった。
俺はその日からおじさんが残した工房にこもり、あの日の約束を果たすためひたすらギターを作り続けていた。
ギター作りは、木材選びから始まる。
どんな音を奏でたいのか。
響きは?
音色は?
「至高」と呼ばれる音がわからないとそれを奏でる「至高のギター」は作れない。
その音に限りなく近い音を奏でることができる「最高のギター」は俺の手元にはない。
ただ、「最高のギター」を生み出した匠が製作したギターはここにたくさんある。
1本1本性格の違うギターを弾いて、音を確認しては新しいギターを作る。
ヒントはあるはずなのに、繰り返せば繰り返すほど音の迷宮に迷い込む。
そうして日々はただ過ぎていった。
☆☆☆
「あの~、ここで寝ていると風邪をひきますよ?」
目を覚ますと、見知らぬ古書店の前で倒れていたようだった。
(なんていい天気だ)
横になったまま久しぶりに見上げた空は、とても眩しく綺麗だった。
俺はいつの間に外に出ていたのだろう。ここはどこなんだ?
「あの・・・」
声のする方に顔を向けると、肩ぐらいの髪の、白のTシャツにオーバーオールを着た13~14歳くらいの少年がいた。
店前の掃除をしようとしたら、俺が倒れているのを見つけたのだろう。
酷く困ったようだった。
「もしかして、お客様ですか?」
「は?」
「だって、何か探しているんですよね?」
「まあ・・・」
確かに「至高のギター」を作るため、その音を、ヒントを探している。
しかし、さすがに古書店にはないだろう。
「やっぱり❕お客様でした!!さあ、とりあえず店内にどうぞ!」
少年は細い手を差し出した。
(とりあえず現状を把握するために店の中に入るか)
俺はその手を取り、導かれるまま古書店の中に入った。
店の看板には『利宇古宇』と書かれていた。
☆☆☆
店内は想像通り、あふれるほどの本で埋め尽くされていた。
(ヒントになりそうなギターの本はないかな)
せっかくなので、ギターの本を探してみる。
「えっと・・・これ?あー、違う??」
少年はひとりでぶつぶつ言いながら何か本を探していた。
(不思議な子だな・・・。アインとあの約束をしたのも同じころだったけ)
あの日からもう10年以上の年月が流れたが、身体が大きくなったことと年を重ねただけで何も変わっていない。アインも、俺も。
「あった!これだね!」
少年は目的のものを見つけたらしく、1冊の本を手に取って笑顔になっていた。
くるくる変わる表情。アインにもそんな日々があった。
ぼーっと見ていると少年が一冊の本を俺に差し出した。
「はい!あなたが探しているもののヒントがこの中にあるよ」
「『旅をする木』⋆1?」
「うん!旅行記なんだけれど、きっとあなたの探しているものの手がかりが書かれていると思うから読んでみて」
淀みのない澄んだ目で見つめられる。
俺は言われるままその本を読んだ。
”人との出会い、その人間を好きになればなるほど、風景は広がりと深さを持ってきます。やはり世界は無限の広がりを内包していると思いたいものです。
そうそう、赤道の落日にはびっくりしました。アラスカでは、太陽は限りなく水平にゆっくりと沈んでゆくのに、ここは水平線にまっすぐ落ち、一瞬のうちに世界は夜になってしまうのです。”*2
ふと、昔アインが俺が初めて作ったギターの音を聞いた時の言葉を思い出した。
『ヴァルハルトの作るギターの音色は、鋭くとがっているけれどそれが空気を凛と響かせて心地が良いわね!私、ヴァルハルトの作る音色が大好きよ!だって、いつだってその音はその時の私の心に合わせて響かせてくれるんだもの!私の心の数だけ音が広がって・・・無限ね!』
俺は、最初のギターは俺が好きな音を奏でるギターをベースに、アインやおじさんや・・・このギターを弾いた人が出したい音を奏でられるように願って作った。
どんな場所のでも、どんな人でも・・・弾き手が俺が好きな音をベースにして、さらにその人自身の音を自由に響かせられるように。
基本の音は「俺らしい音」だった。
そして、あの時以来俺はアインの前でギターを弾いていないことを思い出す。
「あの!俺、帰ります!」
なぜか、俺は帰り道は知っていた。
☆☆☆
「至高のギター」は、その後旅をしながらたくさんの人と出会いたくさんのギターを奏でてもらいやっと完成した。
その旅は、アインに支えてもらわなければ無理だっただろう。
あの古書店から帰った後、俺は一番好きな音色を奏でるギターでアインの好きな曲を心を込めて弾いた。
すると、アインの目から涙があふれ・・・感情が戻ってきた。
「私、やっぱりヴァルハルトの作る鋭くとがっている音色が大好きよ」
それは、久しぶりに聞いたアインの言葉だった。
人と出会い、その人間を深く好きになることで俺の中の心の視野が無限に広がっていった。
「至高のギター」は、その道の果てにあったのだ。
「至高のギター」の章 fin.
【参考文献】
⋆1『旅をする木』星野道夫(著)1999/3/10
*2『旅をする木』星野道夫(著)1999/3/10
p45 5行目より引用