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異世界Must Go On!  作者: 好里
第1章
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第3話「対決!クラーケンさん」

 クラーケン出現。

 それが、作戦会議室で告げられた大討伐(クエスト)説明の冒頭だった。

 は~っ

 思わずため息をつくと、横から頭をポンポンされる。店員だった。俺達は同じグループに組まれている。

 彼女の名は、オレンジ。髪色と柑橘系の気質をよく体現していた。最初聞いたとき、ニヤついたら、グーが飛んできた良い名前である。丹精込めて育てられたのだろう。

 パーティーは海猫亭を主体とする。リーダーは、店長兼調理人で”マスター”と呼ばれ慕われているカピバラっぽい人だった。あの後、不慣れな二足歩行でやってきて、事情を聞かされ、最後に握手をかわした。それで連れて来られたのがここだ。

 つまりだ。条件付き強制参加。俺達はうっかりハマったらしい。

 ずっと、いろいろな思考が交錯していた。店の周囲を人が避けていた理由は?店に客がいなかったのは?花丸のお墨付きは?ちゃんとすみずみまで案内を読んでいなかったのか?。

 世界門(ゲート)には、記されていたはずだろうに。

 二度目のため息をついた。


 会議は、宮殿で行われていた。俺達が、通されたのは荘厳な部屋だった。

 シーマリナスの管区長を上座に、編成リーダーが並んでいた。総勢4人だけで、卓座は倍以上の空席を持つ。その卓の後方に設けられた椅子に隊員が座っていた。

 管区長のマリナは青いウェーブのかかった髪の女性だった。観光都市の名は彼女の名を冠している。

 ゆったりした薄地(シースルー)を重ねた衣装で、スカートのサイドには大胆なスリットが入っていた。

 ──オレンジいわく、基本住人は水着とのこと。私は嫌いなので、つけてないけど。

 俺は挑発には乗らなかった。

 マリナが司令として自身も船に乗り込み、計5隻の船団を率いる。

 百年前の征伐のノウハウはほぼ失われているらしい。体験があるのは、マリナとマスターと他数人だが、考えがあるらしかった。

 大討伐(グレイトキリング)には時期が設定されている。そのため出現は予期でき、進路の傾向も分かっている。普段出るのは中小の部類で、そのまま討伐をしていた定時観測部隊がもたらした百年ぶりの凶事だった。

 人手不足。これが全てだった。大討伐がある世界には継続的に力は集まる。観光地化もマイナスだ、実力者が来訪していても、一級装備も持ってきているとは限らない。大抵は調整中に当てて、遊びに来ているのが多い。

 俺たちは編成募集ギリギリでひっかかり、末の五番隊に配属された。人数的にはキツかったとマスターとオレンジには喜ばれた。

 隊員は能力に合わせて、偏りがないように振り分けられる。ここにいるのは、実戦部隊だけで、船を動かす水夫はいない。他の参加者を見渡せば、隊の傾向は一目瞭然だった。水上戦闘なのだ。有翼種と水生種は行動制限が少ない。船上からの遠距離攻撃者でなければ、あとは技と術式で戦う者ということになるだろう。

 槍を持つ黒鎧がふと気になった。サキュラほどの体の小ささに比して長槍だった。面が降りていて、表情は読めなかった。

 軍容が発表された。


 1番艦旗艦:マリナ、宮殿術師、宮殿騎士など120人。装甲艦。

 2番艦から4番艦:有翼・水生・遠距離の混成部隊各50人。快速艦。

 5番艦:マスター、オレンジ、黒鎧、サキュラ、俺。マスターの漁船。


 5人しかいない……主攻じゃない遊撃部隊という扱いだろうか。任務内容に関しては、軍事機密だと隊長のマスターからオレンジを通して否定された。カピバラ風のマスターが人語を話せないって意味は分かる、だが釈然としなかったのは仕方ない。

 とにもかくにも、明日が強制された正念場だった。


 *


 リンゴーン、リンゴーン。

 清らかな鐘の音が響く。宮殿より更に高い崖の上に設けられた鐘楼からの便りだった。

 修道女たちが、日課としての海と空に祈りを捧げる。彼女達は戦闘には不関心だ。

 投石でもくればいいのに……と不謹慎なことを思ってしまう。

 ──大討伐。

 抵抗者側が敗北条件を満たした場合、その程度によって、国や区域のレベルが下がり・戦闘域被造物破壊や人的損害が出る。倒せなかった場合、ダメージを持ち越して去り、定時にまた襲来してくる。それを繰り返して、討伐できないときは完全敗北となるのが一般的だ。

 今回は港湾の外に戦場が設定されており、都市被害が低くなっているが、逆に地上からの援護も期待できない。プレイヤーに過重な負担を強いられるタイプだった。

 遥か水平線には、クラーケンがその両手を大きく振って、修道女達に応えていた。

「まじでイベントなのか……」

 俺はイカを睥睨し(にらみつけ)ながら呟く。

「なんや、渋~い顔してんね~」

 パタパタと飛んできたオレンジが俺の頭に乗ってきた。

 2つのオレンジの抱擁の意味は発破をかけているのか、今生の別れの前払いなのか。

 今欲しいのは天使や聖者の祝福(ブレス)、英雄や戦神官の鼓舞(インカリッジ)なのだ。

 対巨人戦闘(ギガントマキア)と違って、行動自由点がない。指揮者の足下に組み込まれていているし、何より5人編成で逃げ出したら、後味が悪い。

「……」

 黒鎧は何も言わない。

「お前、まだ一言もしゃべらないよな……」

 肩に手を触れようとして、速攻で避けられる。

 すると、マスターが俺の手を取り、自身の頭に導いた。

「マスター……」

 同情を受け取った俺は、遠慮せずにサスサスとさわり心地の良い頭皮を撫でた。

 祝福(ブレス)が発生した。

「ちぇすとーーーーーっ!!!」

 オレンジの天上飛翔(すごい)蹴りが、祝福(ブレス)効果を一瞬で破壊した。

「なんてことしやがるっ!」

「さらすのは、お前の方じゃーーーっ!!!」

 早朝の一幕だった。

 一方、サキュラも敵情視察に顔を出してはいたが、喧噪もそよぐ風の如し、木陰で船を漕いでいた。


 港では船が並べられ、必要備品として水や食料が積み込まれていた。短期撤退を繰り返す漸減作戦だと思っていたので聞いてみた所、遭難時の間に合わせだった。火薬類は宮殿騎士に少数配置された砲兵用だ。クラーケンに効き目は薄い代物で、目くらまし位での利用法だと説明が砲戦技士官が言っていた。

 ところで、それらを眺めている俺達はもっと眺められていた。観戦席が港湾部と砂浜にかけて、設えられているのだ。来る途中も大胆な水着の女性達と多くすれ違った。

 オレンジによると、昔からそういうものらしい。開戦は昼下がりで、水着の観光客が、当地名産の発泡酒片手に、ショーを楽しむ趣意なのだろう。観光都市としての立脚する素地があったようだ。

 そのご当地には、昨日から客の入りが増加していて、クラーケン特需が発生している。

「マジでイベントだった……」

 負担は軽くなったが、足取りは重くなった。陰鬱な天秤だ。

「シャクシャク♪」

 奴は毒々しいサイケな果物を、珍しそうにウマウマしていた。その後ろで黒鎧も食ってた。

「美味いのか、それ…」

 尋ねるが、返事は無論なかった。

 マスターが現れた、器用に二足歩行で。無論、カピバラ風であって器用なカピバラだとは思っていない。

 帯同していた副隊長のオレンジがメンバーを後ろから押して集める。何故か皆で小動物を見下ろすような円陣になった。

 マスターが手を掲げ、皆がその小さい前足、もとい手にタッチした。

「……。」

 勿論、喋らなかった。

「一気呵成で行くでーーーーーーっ、皆の衆!!!」

「おーーーーっ!!」

 水夫服にモーフィングしていたサキュラだけが大きく呼応した。俺は小声。黒鎧は無声。

 意思疎通の難しいパーティーだった。


 舟を仕切ったのはやはり、オレンジだった。

 準備が整った俺達は、漁船(タグボート)に乗り移った。

 任務は港湾口までの軍艦の誘導だと言う。全てが腑に落ちたのが、出港の時(いま)とは。

 トロトロと先陣を切り、曳航を始める。それは戦いの始まりでもあった。

 ラッパの合唱が響き渡る。軍船が次々と出港する。観客らも湧く。小高い丘から、鳥瞰する影があった。

 マスターがその手で器用に操舵する。オレンジはエンジンを監督している。

 沖近くに出て船首を回頭すれば、戦域に行くこともなくお役御免になるのだろう。俺は遠い敵影を見ながらそう思っていた。

 それが、どんどん近づいてくる。このままでは有効射程(リーチ)に入るのではないか?嫌な汗が出る。

 隣のサキュラは、あんまり考えていなさそうだ。俺らとは船の反対にいた黒鎧に動揺は見られない。

 船は減速し、やがて止まった。

 やはり楽チンな任務などなかった。

 船首で出てきたマスターが、すくっと立ち上がると、術式を開始するのだった……

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