第0話「はじめまして、ウサギさん。」
たたき台で、1章分です。
ヤバイ! ヤバイ! ヤバイ!
ヤバイと言ったもんじゃねぇ!
来訪した世界で、対巨人戦闘なんて、聞いてねぇ。
前衛に小型の3m級サイクロプス種、続いて中型の5m級ギガント種が荒野を前進する。
その土埃と咆哮が向かう先は人種と異人種たちの守る要塞都市だ。
俺の転送ポート地点は、そのど真ん中だった。相対する自陣と敵陣というバンズに挟まれたパティの部部分だと考えてくれ。俺以外にも洗礼をくらったキャラたちからの悲鳴がつんざめく。開始時刻に余裕があれば、都市の加護を受けた防衛線部隊に入れただろうし、別世界に飛べもできただろう。
俺はこれが初めてじゃなかったので、"体験"の効果で、精神的動揺が少なくてすんだ。驚いてはいるが、パラメータ減少はない。
中型当たりだと、あの巨大な棍で殴られでもしたら、防御値判定無効の激ダメージになる。最悪一発生死判定だ。
そんな異様な戦いの臭気がもたらす悲壮感が、ひしひしと伝わってくる。職業間違いとか考えられなくなる位に状況はヤバかった。
脱出系や回復系アイテムはもちろんのこと、幸運アイテムでも何か1品あればというのは、後の祭り。せっかく貯めた¥も、破壊された装備代も、どうにもならなくなる。
そもそも入る世界で、しくじったのが何もかんも悪い!
──時を遡ること30秒前。
目覚めると、"世界の岐路"に立っていた。
瞬時に記憶が回復し、自分の状況を知ることができるようになる。空中に浮かぶ表示で"世界"と"座標"それに"指針"などを知る。ユーザーインタフェースを用いての個人情報確認をしようと手を伸ばしたところ、あ~~~~~~っ(汗)と間の抜けた声が、空から聞こえたかと思うと、そのお尻がプニュンと勢いよく後頭部を襲い、つんのめった俺は、前方に開いた"世界門"に包まれたのだった。
「俺、来訪許可出してねぇ~~~~! 何で~~~~~~?」
回想終わり。理解はできない。以上だ。
ここの世界にはいろいろある。だから、その時々の最大効果を追求するか、最大幸福を見つけ出し、納得したら、別の世界へ移る。不慣れでも少しずつ経験を積む、厳しくても少しずつ成長していく。それが俺の流儀だ。
残念なことに今回はどっちも最低だ! 現状期待分はロスのが多い! 頭を使うしかねぇ!
体験はそれなりに積んできた自負がある。
だが、残念なことに、俺のクラスはいまだ、"初心者"なんだ…。
俺の選択は「要塞へ向かう」だった。巨人群の歩み自体は速いものではない。普通の行進だ。歩幅が違うことを考慮に入れても十分だ。俺と同じように向かう者は大勢いたが、早足程度でスタミナロスを避ける奴らもそれなりにいた。遠目にも要塞前部の大門は大きく開かれており、拒絶されるリスクは少ないと思えた。
俺がすでに把握していたのは、"投石"のおそれだった。最後方に控えているギガント級のスキルをコンソールで確認していた。投石器どころじゃない。巨岩のメテオだ。
だから、俺は”移動”した。亜音速で──
人ごみを縫う必要があり、実際のスピードは半分以下での戦略的後退。騎馬や人馬、飛行系も見えたが、俺はもっと未確認走行物体なのだった。
何かわめいている奴がいるが、いつものことだ。
ただこのスキル1つだけ問題がある。戦闘では使えないただの”移動”なのだ。
思うそばから、後方から衝動が走った。
一斉に止まった巨人群全体の遠距離物理が開始されたのだ。
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!』
怒号がうねる。
対巨人戦闘の開幕である。
攻撃の多くはは陣に残った奴ではなく、逃げた奴を指向していた。大小雨あられの飛来物が参加者を襲う。火山の噴石より、狙ってくるだけ厄介な上、ヒットするのは防御の薄い背面だ。
耐久値を割った場合、抵抗判定しなければ岐路に戻され、様々なディスアドバンテージを貰うことになる。それが嫌な場合というか普通は、アイテムや術による回復での経戦が一般的だ。最期のお祈りのカウント内であれば自他共に可能だ。
俺はすぐに驚くことになる。くらった全員が復活していた。"再帰"だ。装備破損やパラメータ減少はあるだろうが、MAPクラスの超広範囲蘇生回復術式が展開されていたのだった。回数制限はあるのだろうが、敵多数に対して、救済設定が手厚いのだろうと合点した。
荒野と要塞の両方から大きな喝采が上がった。二つの意味で。
最期のお祈りを通過するプレイヤーは全裸になるお約束があるのだ。世界から一時的に隔離されたキャラは、被造物を持ち込めない領域に入る。再帰や蘇生されたキャラは一度完全非武装すなわち全裸再開となるのだ。標準装備でのガード仕様はない!
シスター集団、物理回避と術抵抗の強いエルフ娘、前衛に出された宮廷娘。
レアなプレイヤーの肢体が衆目にさらされることになった。
もっとも戦場でそんな余裕はないはずなんだが、一部の好事家がいたりもする。
俺はすでに戦闘外区域にまで離脱していた。逃げる途中に見た小高い台地にたどり着き、督戦状態に入っていた。戦いが終われば、討伐経験値が付与される。
前線で大多数戦闘が始まる。強化された盾役が敵の攻撃を止め、隙に中遠距離攻撃を入れる。肉弾でのセオリーだ。補助師も召喚師も相互に空間干渉系を重ね掛けして、効果を倍増させる。溜めができあがった奴の技や術式が強力な一撃で防御を抜く。おそらく、初めから布陣していた奴らが、絶妙な連携で次々と戦果を上げていく。
ん? 俺ならいけるだろうって? いやいや、俺は初心者なんだ。基礎行動能力が少し変なだけなんだ。武器技量、技・術式何も持っていねぇ。移動は戦闘移行前しか使えないのだ。突進系は技に分類されるから適用されない。回避系にも組み込めない。何でだよと言われても、俺の方こそ聞きたい点なのだ。通常歩行速度うん倍とか、システム課金かよ!
って、あれ?視界が全赤の警告だ。分からん。状況確認だ。コンソールを世界レベルまで拡大だ。
ん?飛来群…多数?
投石…じゃなく、隕石!?
で、落下地点は、えーと俺だけ?
「え~~~~~~~~~~~~~っ!?」
否、逃げれるはず、移動で!
って、足が動かん!何でだ!? 恐怖? 束縛?
って、最期の祈りの時に出るウサギ出てる~~~~~っ?
ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!
ヤバイと言ったもんじゃねぇ!
「あはっ、ウサギさんピョ~ンだよ」
何?
「ピョ~ン、ピョ~ン」
けったいな格好──ウサギをイメージした少女が、手でウサギの耳を真似ている。
相手の確認。その場合、時間は停止する。というより、瞬時に理解できる"世界"だ。
名前性別がシールドされている!?
これは初めての体験だった。
だが今はそれ所ではない、クラスは…初心者ぁ? 何だこいつは…、嫌、待て、俺と"同じ"なのか?
「って、わぁ~~~~~~~~~~っ!!!」
気が飛んでいる間に、少女の顔が目前にあった。
パーソナルスペースの許可なし乱入は、戦闘以外タブーのはずだが、と思う間もなく、少女は俺の背中に手を回すと、抱きついてきた。特殊な質感を通してだが、胸の接触に俺は不覚にもときめいてしまうのだった。
ドン!!
「あ痛っ!」
複数の衝撃を精査しながら、目を開けると、そこは分岐点だった。それも、俺が立っていた場所だ。座標が物語っている。
あの時、尻で押されて、前のめりになった。異世界に飛んだが、再び戻り、回避運動も取れずに、冷たい硬い地面にキスするハメになったわけだ。
夢という判断は適切でない。確かに”体験”してきた。この世界に加わった記憶がある。以前は何も書かれていなかった。
だが、体験した経過時間が0だ。
どういうことだ?
疑惑が鎌首をもたげる。
同時に、俺の頭上にも影が覆いかぶさった。
おもむろに振り向くと、さきの少女がいた。小首をかしげて。パステルサファイアの瞳は"?"をツイートし続けていた。
名前:サキュラ。性別:女。クラス:初心者
*
俺達は同じ場所にいて、結局の所お互いに敵意はない、邪険にする必要もなかった。
だから自己紹介することにしたのだ。面と向かってツールを使うのは、ロールプレイングを始めて初期の頃だけだった。それも物珍しさからだった。大抵の場合、紹介シートは初めからオープンになっているのだ。今回は真逆だった。ほぼ全てのシーリングを剥がすように、次々と質問していく。サキュラはあっさり答えるか分からないかで返し、同等の質問を俺にぶつけてきた。
そこそこの時間の対価に彼女のひととなりを理解することができた。
始まりは俺と同じ”世界の分岐”で、それ以前の”体験”は有していない。俺よりも後発で、パーティーを組んだことなどはないということだった。ソロのみで対話もろくにしてこなかったようだ。
だからか、俺の”体験”には強い興味を抱いていた。
「へー、すごいね。それから、それから?」
ある探検都市で有名になった話をしてやった。
俺は迷宮で、初見の敵の特殊行動や呪具や罠を見破った。クラスは初心者だったが、一級迷宮案内人として名を馳せた。象牙の塔の住人やら、ニンジャともあだ名され、もてはやされた。
「へー、どうしてやめちゃったの?」
その段に至り、俺はちょっと遠くを見る目をして、「色々あったのさ…」と締めくくった。
「ふーん。そなんだ~。」
彼女はすぐに我関せずだった。彼女の服は猫型になっていた。
今日は驚きの連続だが、サキュラは衣装をモーフィングする。変わる衣装ではなく、衣装を変えているのだ。理由は「分からない」だ。俺は彼女は同じ”クラス”だと思っていたが、どうも違うようだった。
同じなのは低位クラスからなのか、職業欄がないこと。
職業は自然に選択枠が発生することらしいのだ。それなりに活躍していた頃、この話を尋ねたとき、『えっ?』とパーティーの空気が変わったことを覚えている。あれは何だったんだと時々思う。
俺は立ち上がる。彼女に今後どうするか問うためのアクションだった。
分岐点ではキャラ時間は停まる。
キャラ時間とは、時間経過で、長いスパンではキャラが成長し、短いスパンでは腹が減ったりするものだ。病気や怪我というものもある。
一方で精神時間は停まらない、サキュラと会ってからすでに、8時間経っていた。精神以外に刺激がないため、ここに長くいるのは良くないとされている。分岐点にいると、時々視界に注意画面が降りてくるのだ。同時に来た俺達は、同時にそれが起こる。警告の間隔は次第に短くなり、早くシャッターを上げるのはどちらだ?というミニゲームにも発展した。そして、そいつがすでに常設していた。俺は、右隅に縮小して置いていた。枠外には移動できなかった。
「ついていく」
それは意表を突く回答だった。期待をしなかったわけではなかったが、期待に意味を見出せないことを知っていた。それは人情味を欠くというより、世界を渡る者の本能だった。基本ひとりぼっち。
「え?」
だから、俺はそう真顔で答えた。
「き~~~~っく!」
ローが飛んできた。
クリティカルだった。
俺は全力で、こけないように、よろめいた。
「とぉ~~~~っ!」
背中に乗っかってきた。ふにょんという2つの感触。
ドキンとした。女性冒険者との交流はなかったわけではない。
頭を振るように、俺は違うことを言った。
「んじゃ、腹は減ってないけど、飯食いに行くか~っ!」
「おお~~~~~っ!」
顔を寄せたサキュラから、ほのかな香りが漂い、俺の頬を撫でた。
「あっ!」
結局、こけた。もろともに。
"世界の分岐"は一つの始まりの場所。
雲海のような、蒼海のような、虹彩と宇宙の非科学的幻想の織り成す場所。
多大な祝福と、一抹の恐怖を与えて、送り出す場所。