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白大鷲に乗って  作者: 嘉ノ海祈
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4.空の民の少女

 青々と草木が茂る大地に黒い影が映った。そこにいた二人の少年少女は顔を上げ、空を見上げる。


「アルドナ姉ちゃんが帰ってきた!」

「かえってきた!かえってきた!おねえちゃんがかえってきた!」


 青い空に浮かぶ黒い影におーいと叫びながら手を振る二人。黒い影はそれに答えるように徐々に近づいてきた。


 バサバサと音を立てながら、黒い影は地上へと降りてくる。近づくにつれて、黒い影は段々白い影へと変わっていく。


「グオーン」


 鐘のような鳴き声が周囲に轟く。地上に降り立つ白い影の正体は大きな鳥だった。婉曲した大きな嘴に、鋭く凛とした琥珀色の瞳。力強く羽ばたく大きな翼は、地上に咲く花をなびかせた。


 白い鳥が着地すると、その鳥の背中から二人より少し大きい少女がひょっこりと顔を出す。少女の名はアドルナ。この二人の姉であった。アドルナは二人を見つけるとパッと笑みを浮かべた。

 

「姉ちゃん、おかえり!」

「おかえりなさい!」


 アドルナは鳥の背から地面へ飛び降りると自分に向かって駆け寄ってくる二人に向かって両手を広げた。ぎゅっと腰に巻き付いてくる二人の少年少女を愛おしそうに抱き留める。


「ただいま、ノット、エデル。いい子にしてた?」

「うん!今日はね、おばば様の手伝いをしたんだぜ!」

「せんたくをてつだったの!」


 誇らしげな顔で報告をしてくる二人に彼女は「そう、偉いわね」と微笑んだ。


「じゃあ、そんないい子にしてた二人に、はい!ご褒美!」


そう言ってアドルナが差し出した手のひらの上には四角くてカラフルな物体が乗っている。二人は新しいおもちゃを見つけたようにキラキラと目を輝かせながら、不思議そうにその物体を手に取って眺めた。


「なにこれ!四角くてもちもちしてる」

「ぷにぷに!もちもち!」

「トウモロコシの粉に砂糖を混ぜたお菓子なんですって。甘くておいしいわよ」


 ノットとエデルは受け取ったお菓子をパクっと口に含んだ。その瞬間、パッと表情を明るくして言った。


「「おいしい!」」

「ふふふ、よかった」


 二人の嬉しそうな笑顔に長旅の疲れが吹っ飛んだアドルナであった。


※※※


 アドルナがノットとエデルと家に戻ると杖をついた老婆が玄関で彼女を出迎えた。アドルナのいつもと変わりない姿を見て、老婆は安心したようにふっと笑顔を浮かべた。


「おかえり、アドルナ」

「おばば様、ただいま戻りました」


 おばば様の元気そうな姿にアドルナは頬を緩めた。彼女はアドルナの祖母にあたり、おばば様としてこの村で慕われるクレアおばあさん。この村の村長の妻であり、この村を長年支えてきた功労者である。



「どうだったかい?今回の旅は」


 家の中に入って荷物を整理し始めたアドルナを、椅子に座りながら身守っていたクレアは、アドルナにそう尋ねた。アドルナは旅用の荷袋に手を突っ込みながら、今回の旅の出来事を思い出す。


「とっても面白いものが沢山ありました。軽く噂を耳にはしていましたけど、まさかここまで文化が違うとは思っていなかったので、物凄く勉強になりました。この世にはまだまだ私の知らないものが溢れているんだなぁって」

「ほほほ、そうかいそうかい。楽しい旅になったようで何よりじゃよ」

「えへへ、はい」


 とそこまで話をしたところで、アドルナは荷物から取り出したあるものを見て、「あっそうだ!」と声を上げた。クレアはそんなアドルナを不思議そうに見る。


「お土産があるんです。これ、おじいさまがお好きだったのを思い出して」


 そういってアドルナがクレアに渡したのは、液体が入っている瓶だった。見覚えのあるそれにクレアはおおっと感嘆を漏らす。


「ありがとう。これはハイティア王国のビアだね。あの人はこれが大好きだから喜ぶよ」


「今夜は宴だね」と微笑んだクレアに、アドルナは「やった!おばば様の料理!」と声を弾ませた。


「出来上がったら呼ぶから、それまでお前の相棒にたらふく肉を食べさせてやりな。長旅で腹が減っているだろうからね」

「はーい!」


 アドルナは鳥小屋に入ると、そこで休んでいる相棒の白大鷲の元へ近寄った。甘えるようにすり寄って

きた相棒にふふふっと頬を緩めながら、もふもふの相棒の顔を優しく撫でる。


「よしよし、今日も1日ご苦労様、ルノー」

「グワン」


 低い鐘が響くような声で相棒のルノーは返事をする。ルノーは言葉こそ話せないものの、長年人間と暮らしているからか人間の言葉をある程度理解しているようだった。


 アドルナは肉を保管している箱から肉を取り出し、ルノーの食事用の器に肉を入れてやる。ルノーは嬉しそうにグワッと鳴くと、ガツガツと物凄い勢いで肉を頬張り始めた。相変わらずの食いつきっぷりにアドルナは微笑ましそうにそれを見守る。


「ふふふ、お前は本当に美味しそうに食べるね」

「グワっ?」

「いいよ、私のことは気にせず食べて。それは貴方の分だから」


 しばらく餌を食べている相棒を観察していたアドルナだが、ふと相棒の真っ白な身体が黒く汚れていることに気づいた。旅先でブラッシングは出来るだけしていたものの、やはり身体を洗ってあげるのは難しくここしばらく身体を洗っていない。


 相棒が食べ終わったことを確認してから、アドルナは水が入ったバケツと鳥を洗う用のブラシを用意し、ところどころ汚れている相棒の身体を洗い始めた。


「やっぱりかなり汚れているね。沢山空を飛んだもんなぁ」

「グゥ」


 毛先の細いブラシが羽をすいていく感覚が心地よいらしい。ルノーは気持ちよさそうに目を閉じ、気が抜けたような声を出す。


「ふふふ、気持ちいいの?あ、こことかどう?」

「グワワァン」


 ルノーは羽の付け根をブラシで梳かれるのが好きらしい。アドルナが羽の付け根にブラシを当てると、ああ、そこそこといった様子で気持ちよさそうに鳴いた。


「ふふふ、蕩けてる。かわいいなぁ」


 ルノーの汚れを洗い落とし、ルノーが身体をぶるぶると震わせ水を払い落したところでノットが鳥小屋へとやって来た。


「アルドナ姉ちゃん!飯の時間だって!」

「はーい。今行く!…おやすみ、ルノー。今日一日ありがとうね。いい夢を」


 クレアの作る料理が完成したようだ。アドルナは久さしぶりに食べられるおばば様の料理に心躍らせながら相棒に別れを告げて、家へと戻るのだった。


※※※


「「「アルドナの帰還にかんぱーい!」」」


 年期の入った木造住宅に一家の賑やかな声が響き渡る。床に並べられた料理を皆で囲いながら、それぞれが好きなものを食べ始めた。


「ぷはーっ!やっぱハイティアのビアは美味いのう」


 豪快に瓶を仰ぎながら、そう嬉しそうに言ったのは族長のグラータ。アドルナの祖父にあたり、一家の最年長である。


「ハハハ!流石、俺の娘。俺たちの好みをよく分かっている!」


 顔を赤くしながら陽気に笑っているのはアドルナの父、マックス。グラータもマックスも酒好きという点では似ているのだが、なぜかマックスは酒に弱かった。血のつながった親子なのに不思議なものだ。

 

「それで、今回の旅はどうだったの?確か、チャイア帝国の方に行ったのでしょう?」


 マックスのお椀におかわりのスープを注ぎながらそう尋ねてきたのは、アドルナの母であるサナだ。酔った男どもを気にも留めず、あらあらと笑顔で流せるところは流石大家族の母といったところか。


「すっごい楽しかったよ!都にね朱塗りのおっきな建物が沢山あるの。ここら辺は建物に高さを出すのが主流だけど、向こうでは平屋でとにかく広く作るのが貴族の嗜みなんだって。食べ物もここにはないものが一杯でね。食べ過ぎて太っちゃったよ」

「いいなぁ、姉ちゃん。俺も早くでっかくなって、空飛びたい!そんで、世界中飛び回って美味いもん一杯食うんだ!」

「ハハハハ!ノットは相変わらず食べ物のことばかりだな。しかし、空を飛ぶにはまずは高いところに登れるようにならないとな!」


 マックスがそう言うとノットはうっと言葉を詰まらせた。どうやらノットは未だに高所恐怖症を克服できていないらしい。高いところに登るのが怖いようだ。


「う…、まだ慣れてないだけだもん。俺だってすぐに登れるようになれるもん」


 そんなノットを見て、エデルはアドルナに自慢するように言った。


「エデルはね、たかいとここわくないよ!このあいだもひとりで、きのぼりできたもん!」

「まぁ!凄いわね、エデル。でも危ないから木に登るときは大人の人を傍に置かなきゃダメよ」

「そうだぞ。下手に落ちて首なんか折ったあかつきには、白鷲に乗ることすらできなくなるからな」

「う、それはいやだ。わかった。つぎはおとなのひとといく」

「うん。そうだね」


 私は素直に頷いたエデルの頭を撫でた。するとエデルは嬉しそうに目を細める。久々の妹との触れ合いに心を癒されていると、再び父が口を開いた。


「話は変わるが最近、ハイティアが不穏な動きを見せている」


 先ほどまでとは違う父の真剣な声に、皆の空気が一変した。父の言葉に族長のグラータもコップに入った黄金の液体を見つめながら話を続ける。


「隣国へ進軍するそうじゃ。しかも、国王自ら出陣するそうじゃな」

「ならまた、国境が荒れるのね。私たちも気を付けないと」


 母の言葉に私も静かに頷く。いくら空を飛んでいるため攻撃は受けないと行っても、戦地に近づくのは危険だ。着陸した先で巻き込まれる可能性がある。


「はぁ、争いは何も生まないというのに、懲りない奴らさね。こんな広い世界で争いをしていることが如何に無意味なことなのか、彼らが気づくのは一体いつになるのやら…」


 おばば様がそうぽつりと呟く。私はぬるくなったスープを飲み込みながら、今日出会ったハイティアの人々の命運を心の中で祈るのだった。

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