3.兄との約束
大小色とりどりの花々が青い空によく映える。寸分の狂いもなく綺麗な曲線でに刈り取られた沢山の植木は、この庭園の清廉さをよく醸し出していた。
水飛沫をあげながら、水が飛び出し続ける噴水へと目をやるとそこには探していた人物が1人。優しい微笑みを浮かべながら、集まってくる鳥に餌をやっていた。
「ここにおられましたか、ライデン兄上」
私が声をかけると、兄上は優雅に顔をあげこちらに視線を向けた。そして、私の姿を瞳に映すと穏やかな笑みを浮かべる。彼は私の兄であり、この国の第一王子、ライデン・ハイティアである。
「来たか。ここに座れ」
「失礼します」
ライデン兄上が自分の隣をポンポンと示したので、私はそこに腰を下ろしライデン兄上へと視線を向けた。兄上は変わらず鳥に餌をやりながら、静かに口を開いた。
「此度の出陣の話は既に聞いているな」
「はい。ライデン兄上も出陣されるとか」
製鉄の技術が発展するとともに問題となってくるのは鉄の安定した供給だ。鉄鋼資源を持たない我が国では鉄はどうしても他国からの輸入に頼るしかない。しかし、輸入というはやはりリスクがある。だからこそ、現国王は鉄を駆使する我が国ならではの軍事力の強さを活かし、他国を平定し、資源を確実なものにしようという動きがあった。
「ああ。王太子として役目を果たさなければならないからな。父上共にこの国ために戦ってくるよ」
「ご無事をお祈りいたします」
いくら自国の強さを知っているとはいえ、身内が戦に赴くことが心配であることには変わりない。私は心の底からライデン兄が無事で帰ってくることを願った。どうやら兄上にもその気持ちは伝わったらしい。不安な私を安心させるようにふっと笑った。
「ありがとう」
それからしばらく、流れ落ちる水の音に耳を傾けながら青い空を見上げていたが、ふとライデン兄上が私の名前を呼んだ。私が振り向くと、ライデン兄上は静かに口を開いた。
「お前はこの国がこのまま勝ち続けることができると思うか?」
「…それはどういう」
ライデン兄上の質問の意図が分からず私は答えに戸惑う。ライデン兄上はふっと口角を上げると、儚げな視線を空に向けながら言った。
「我が国は長年の努力により製鉄技術を進化させ独占してきた。故に青銅の武器よりもはるかに強力な武器を生み出し、他国を圧倒してきたのだ。だが、それも限界が近づいている。近頃は鉄製の武器が他国でも使われ始めている」
それは私も聞いたことがある話だ。いくらこの国が技術の漏れを厳重に守り抜いても、人の口に戸は立てられない。どこからともなく製鉄技術は他国にも広まりつつあった。
「近年、海を巧みに操る部族が勢力を現している。海の上では我々が使う馬車も騎馬も役に立たん。彼らに対抗するのは至難の業だろうな」
海の部族か。最近話題になっている部族だ。優れた水上技術により各地の有力国を次々と平定していると噂になっている。
「私はな、これからは他国を侵略するのではなく、他国と共に国の歩みを揃えていく、そんな時代になるべきだと思うのだ。戦争ではなく同盟を結び、平和と共に国を発展させていくべきなのだと考えている」
和平か。私がずっと理想に思ってきた方法だ。この戦乱の時代において、戦争のない国など実現不可能だとそう笑われそうで、ずっと胸の内に潜めていたが、もしやライデン兄上も同じことを考えているのだろうか。
「夢物語だと笑うか?」
自虐気味に笑いながら、そう言うライデン兄上に私はとんでもないと首を横に振った。
「いえ…恐れながら、私も父上のやり方には疑問をもっております。この間、空の民といものを市場で見ました。世界は空で繋がっている。空を媒介して各国と交流ができたら、どんなに良いだろうかと思ったものです。きっと他国の文明を取り入れることで我が国は更に豊かになる」
私の言葉にライデン兄上はぱっと顔を明るくさせた。
「そうか!お前もそう思うか!…確かに空の民の協力を得られれば、我々の理想も叶うかもしれんな」
尊敬するライデン兄上にそう言われて、私は少し嬉しくなった。
「空の民…一体彼らは何者なんでしょうか」
「…さあな。彼らについての研究はあまり進んでおらず、その実態は謎だ。どこに住んでいるのかもわからない。何とかして協力を得たいものだが…。今はあまり大きく動くわけにもいかん。それについては状況が落ち着いてから考えることとしよう。…長話に付き合わせて悪かったな。お前と話せてよかったよ。おかげで、少し自信がついた。私の考えは決して間違えではないとな」
立ち上がり、王宮へ戻ろうとするライデン兄上に私は思わず声をかけた。自分でもなぜ名前を呼んだのか分からなかったが、何となくこのまま離れるのが不安だった。
「兄上…。いえ、お気になさらず。私も久々に兄上とお話ができよかったです。次の出陣、どうかご無事で戻ってきてください」
「ああ、私はここで止まるわけにはいかないからな。必ず戻ってくるよ」
私の言葉にライデン兄上はふっと笑みを浮かべた。王宮に戻っていくライデン兄上の後ろ姿を見送りながら、いつの間にかその背中に向かって伸びていた自分の腕を抑える。いつもは頼もしく見えるその後ろ姿が、今日はなぜか儚いものに感じた。