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白大鷲に乗って  作者: 嘉ノ海祈
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1.空の商人

「うーん、これは美しい模様だね。一体どこのものだい?」


 金で作られた細長い水差しを眺めながら、鮮やかな服を身にまとった男性が売り子の少女に尋ねる。少女は目をぱっと輝かせると意気揚々と語りだした。


「それはこの大陸の東南にあるサザルという国で作られたものです。サザルは芸術が非常に発展している国で、芸術品を求めて訪れる人々が多く訪れているんです。その水差しにはサザルで自生しているルーランという植物をモチーフにしたデザインが施されています。ルーランはサザルで信仰されている神の国にも咲いている植物とされていてとっても縁起がいい花なんですよ。サザルではよく見かける装飾の一つです」


 男性は商品の説明をする少女を見つめ、静かに話を聞いていた。そして、感心したように唸る。


「…ふむ、気に入った。ではこれをいただこう」

「毎度ありがとうございます!」


 少女は笑顔でそういうと男性から代金を受け取り商品を渡した。男性はいい買い物をしたと言わんばかりに満足げに頷き商品を受取る。


「ねぇ、こちらの指輪。とても素敵な石がはめられているけれど、これは?」

「はい。こちらの宝石は―」


 少女は宝石に興味を示した婦人に説明を始める。いつの間にか少女の周りには並べられた物珍しい商品に惹きつけられた人々で溢れかえっていた。


※※※※


「随分と栄えているな」


 レンガ造りの建物が立ち並ぶ街並みを歩きながら、青年はそう呟いた。荷を積んだ馬車が音を立て通り過ぎていく。道行く人をよけながら、賑やかな人々の声が響く道を進んでいた。


「ここはハイティアの中心地ですからね。人、物、仕事、全てが集まっています」

「なるほど」


 青年の隣を歩いていた男が、青年にこの街の事情を説明する。青年は男の話に耳を傾けながら、興味深そうに街を見回した。


「着きましたよ。ここがこの国最大のバザール。ミンク広場です」

「これが…」


 立ち並んでいた建物が一気に開け、木造のテントが所狭しと並んでいる。広場は活気に溢れ、様々な商品が並べられたテーブルに人々が集まり、商人とやり取りをしている様子が多く見られた。


「国内で作られている商品は勿論、国外から持ち込まれた商品もここでは手に入れることができます。各国を旅する商人が集まり、ここで交易をおこなっているのです」

「そうか…」


 青年は溢れかえる人々の間を潜り抜けながら、物珍しそうに並べられた商品を見つめた。立場上、他国の特産品や珍しい品物に触れる機会は人より多いが、それらは特別に作られた高価なものが殆どだ。こうした人々の日常に根差した商品には中々触れる機会がなかった。


 ふと、明らかに他の店よりも多くの人が群がっているテントを青年は見つける。異常に繁盛しているその様子に青年は疑問を抱いた。


「グラード、あそこだけ人が異常に多くないか?」


 青年の視線を追った男はああと納得したように独り言ちると、その店に視線を向けたまま話し始めた。


「あれは空の商人の店ですね」

「空の商人?」


 違和感のある言葉の並びに青年は首を傾げた。


「一般的に商人は陸路を使い旅をするのですが、一部空路を使う者たちがいるのです。彼らは白い大鷲を巧みに操り各国を旅します。空を自在に動き回ることから空の民と言われています」

「…空の民」

「陸路よりも空の方が遠くに行きやすいですから、彼らの商品は普通の商人では手に入らない国のものも多いんです。それに彼らは複数の国の市場を頻繁に移動しているため、あまり市場に顔を出さないのですよ。ですから、こうして彼らが店を出すと珍しさに人々が群がるのです」

「そうなのか。ぜひ見てみたいな」


 青年が店の方へ向かおうとすると、男は慌てて青年の肩を掴み止めた。


「おやめください、ルー様。いくら変装しているとはいえ危険です。彼らの人気は芸術品に目のない貴族やそういった貴族を相手にしている豪商にも及びます。中には平民に扮してまで商品を買い求めにくる物好きな貴族もいるのです。貴方を普段目にすることのない平民ならごまかせても、流石に普段から接する機会のある貴族には下手をすればばれます」

「そうか。それは残念だ。…まぁ、服装は変えられてもそれ以外はどうにもならないからな。どこかに髪色を変えられる染料や、目の色を変えられる薬なんてものが売っていればいいのに」


 そんな青年の呟きに男は苦笑する。


「そんなものがあったら末恐ろしいですね。簡単に敵に忍び込まれてしまう」

「…それは確かに怖いな」


 青年は敵の潜入に気づかず己が暗殺される様子を思い浮かべ青ざめた。男はそんな青年を見ながら、空の民について更に説明を付け加える。


「空の民の店が人気なのは、商品の物珍しさだけではありません。価格の公正さにも理由があるのです」

「価格…、言われてみれば客層に平民の割合が多いな。いくら製鉄技術の進化により経済水準が上がったとはいえ、外国の商品を平民が簡単に買えるとは思わないのだが」


 輸入物商品の価格は現地市場の価格の2、3倍ほどに膨れ上がる。麦粥と動物の内臓を挽いて作った詰め物を主食とするのような平民の生活で、そのような高価なものを買う余裕があるように青年は思えなかった。


「陸路の場合、5日間はかかる距離を彼らは1日で行けてしまうので輸送にかかる費用が少なく済むのです。更に、彼らの商売の目的は換金であるため必要以上の利益を上乗せしないのです。ですからほぼ現地価格で商品が売られていて、平民にも手が出せる商品が結構あるのですよ」

「換金?…なぜ換金が目的なのだ?」

「どうやら彼らは換金したお金で食料を購入して帰るようです。彼らがどこに住んでいるのか。未だ解明されておらず詳細は分かりませんが、恐らく肥えた土地ではないのでしょう。食料を育てることが困難なため、食料を各国からかき集めて生活しているのだと思われます」

「なるほどな。空を飛べる強みを生かし、ひ弱な土地で生活を営むことができるのか。面白いな」


 青年の周りには常に己の利益を求めて生きているものばかりが集まってくる。だから、利益を求めず生きる彼らの生き方は新鮮に映った。


「肥えた土地といのは人気が高く手に入りにくいですからね。争いも絶えませんし。とても賢い生き方だと私は思います」


青年の中で空の民への興味がどんどん湧き上がる。いつか空の民の生活をこの目で見てみたいと彼は思うのだった。

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