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新聞奨学生、になる前の話

作者: 神保康弘

 新聞奨学生とは新聞配達をしながら大学や専門学校などに通う学生である。


 労働力を提供するかわりに返さなくてはいけない奨学金は無いのが長所だが、途中きついから辞めたりすると違約金が発生して払わなくてはいけなくなる。保証人に迷惑がかかるかもしれないきつい二重生活だった。



 ある日17歳の私は自宅に専門学校などの案内がある段ボール箱が届いた。中卒の仕事も安定しないアホな俺は無謀にもその資料を読んで声優になりたいと思った。俺も父親も金が無いし、大反対されるから新聞奨学生制度で専門学校に入りたいから保証人になってくれと父親に頼んだ。


 だが当然却下。だいぶ時間をかけて説得したがダメだった。まあ当たり前っちゃ当たり前。


 次の日に母親の嫁ぎ先に行って頼んでもみたがやっぱり反対。私は性格が兄と違って優しい方なのでいないと寂しい、いないよりはいた方がいいと皆に思われていたようだ。後で聞いたが妹も兄も面と向かって私に反対はしなかったが母親に反対の意思を伝えていた。


 その後父親とは別の件で急速に仲が悪くなってしまう。私の日頃の行いと父親が頭悪いのが原因だが父親はこの家から出ていけ!とか言ってはいけないレベルの暴言を言ってしまう。

 今考えると父親と妹は全自動暴言製造機レベルに考え無しの罵声を浴びせる人だった。

 そんな暴言言ってしまって(頭)大丈夫か?


 その時俺は逆に言ってくれたラッキー!と思ってしまった。実は父親のコネで町工場で働いていたんだが私には合わず、その仕事もばっくれて家出してしまった。


 家出して何処に寝泊まりしてたのかというと、家のすぐ近くの材木置場だった。そこの事務所みたいに引き戸のある部屋の近くに梯子があってその梯子を上ると四畳半くらいの屋根裏部屋みたいな空間があった。

 この材木置場は一年を通して見ても全然持ち主がいなくて、隠れ家に最適だった。

 ちなみに子供の頃そこの事務所みたいな部屋に行くと、なぜか材木置場の持ち主が持ち込んだらしいプリンの缶詰があって盗み食いしてしまった(笑)全然冷えてないし不衛生だった気がするんだが。


 そして私は妹と父親が出かけると家に帰り、風呂やゲームなどをして遊んだ。夜になると自転車で隣町か隣の市まで出かけて食糧を買いに出掛けた。


 一度だけ深夜に妹が彼氏と長電話するため材木置場に来たことがある。

 あのう···俺すぐ近くの梯子登った所にいるんですけど。ぶっちゃけうるさいんですけど。



 私は声優の若本さんの声マネでもしながら梯子を勢いよく降りて、

「ふるるるるるぁ~~~~~~!リア充くたばれ~い!」

 とか叫びながら妹襲うフリでもしようかとそんなバカなことを思っていた。さすがに大騒ぎになってパトカーが何台も来るようなド修羅場になりかねないから自重した。




 材木置場には1ヶ月弱くらいいた。後で母親の旦那に「1ヶ月家出することができれば何でも出来るな」と言われた。金が無くなると家に帰った。


 そんなこんなで私はグレかけていた。しかしある日、自転車で出掛けた時に少し奇跡的な事が起こった。


 家から少し離れた人のいない砂利道だったか、そこを独り自転車で走っていた時にいきなり男の人に声をかけられた。


 その人はちょっと前町工場で働いていた時の同業者のおじさんだった。一度か二度くらいしか会ってないし、顔も覚えていなかったが会った記憶はある。


 その人は実は娘さんが新聞奨学生制度を使って上京して音楽大学に通っているらしく、娘さんもとても大変で何のために働いているかわからないなどと溢していた、とも言っていた。まあ要するに君も頑張れ!とのことだった。いきなり呼び止められて詳しい内容も忘れてしまったし、いきなり激励されるなんて思いもしなかったからポカーンとしてしまった。激励されたことに気付くのは数日後だったかもしれない。

 そしてこのおじさんが私を激励してくれた人第一号だった。


 私がもう少しタチの悪い人間ならこんなことは起きなかったかもしれない。誰が仕事ばっくれて家出なんかするアホを激励するのか。襲われて財布でも取られかねないぞ。


 私は声優になれるかどうかわからないが、後々このおじさんに軽蔑されるようなろくでもない人間になるのだけは絶対やめようと思った。



顔も覚えてないけどこのおじさんには心から感謝しています。







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