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騎士団副長の困惑・4


 アーレスの行動に、周りは静まり返った。

 聖女は驚いたまま、「えっと、それは、どういう……」と彼の意図を問いだす。

 貴族らしい遠回しな物言いは通じないのか、と悟ったアーレスは、彼女の手を取り、その手の甲に口づけた。


「俺を選ぶなら、すべてのものから守りましょうと言っているんですよ。突然異世界に来て、慣れない生活のなか、さぞかし不安だったでしょう」


 その言葉に、聖女は驚いたように目を見開き、瞳を揺らした。

 珍しい黒の瞳が潤み、目尻に涙が浮かんでくる。それをこらえようとしているものだから、顔が赤くなり、不細工度は増した。


「……っ、ふっ、えっ」


 なにかのタガが外れたのか、聖女は嗚咽を上げると、アーレスの騎士服の袖を掴んで、大きな声で泣き始めた。


(ああ、まるで、子供のようだ)


 腕にすがり、自らの顔をアーレスの腕を使って隠そうとする聖女が微笑ましく思えて、アーレスは彼女を腕に抱きかかえた。


「陛下、落ち着くまで彼女を連れていきます。空いている休憩室と、侍女をひとりお借りします」


「お、おお?」


 呆気にとられる面々を無視して、アーレスは聖女を抱えたまま、手近にいた侍女をひとり捕まえて休憩室に案内させた。その間、聖女はアーレスの服から手を離すことはなかった。


「本当に、私をもらってくださいますか? もうどこにも、居場所が無いのです」


 聖女は泣きながら、必死に彼に訴える。


(全く、聖女にここまで言わるせなんて、陛下はこの半年、一体どんな扱いをしていたのか。

今度ゆっくりと説教をしてやる)


 アーレスは聖女をソファに座らせ、泣きじゃくる子供をなだめるように優しく髪を梳きながら言った。


「もちろんですよ。聖女殿。いい夫になれるかは正直分かりませんが、家族にはなれるでしょう。俺の屋敷においでなさい」


「うえっ、あ、ありがとうございます……」


 聖女が泣き止むまでに三十分かかり、彼女の顔は、腫れて凄いことになった。


「君、すまないが温かいタオルを準備してあげてくれ」


 手持無沙汰そうにしていた侍女にアーレスが言いつけると、彼女はすごいスピードで目当てのものを準備した。

 蒸したタオルで顔を拭いた聖女は、過剰だった化粧が落ちて、より一層素朴な印象だ。このほうが似合うな、とアーレスは素直に思う。


「あースッキリした。……すみません。泣かせてくれてありがとうございます。……ええと」


「アーレスです。聖女殿」


「私はいずみです。ありがとうございます、アーレス様」


 にっこりと笑った彼女は、聞いていた年齢よりも幼く見え、可愛らしい。

 断るつもりで出席した夜会だったが、彼女と生きるのも悪くないかもしれないと思えた瞬間だった。




 話が整うのは早かった。

 陛下は、聖女を娶るのに必要な身分として、アーレスに空席となっていたバーリントン伯爵の名を与えた。

 それにより、彼の名は、バーリントン伯爵アーレス・バンフィールドになる。

 領地はそれほど広くはないが、王都からそう遠くもない。バーリントン伯爵家は先代の後継ぎがおらず、爵位が返納されたと同時に領地も王家の管轄になっていた。今回はその領地の一部をいただいた形だ。


 騎士団長という役職のため、今後は王都に屋敷を構えなければ通えないので、アーレスは王都の賑わいから離れた東の外れにある屋敷を買った。

 ここは昔ながらの貴族街で、継承者が絶えた高位貴族の建物が多く残っているのだ。


 領地の屋敷は主人不在の間、管財人が管理していてくれたというので、しばらくはそのまま任せることにし、慣れた使用人と、両親が推薦してきた侍女をタウンハウスへと連れてきて、屋敷を整えることにした。


「聖女殿が困らないように、気を付けてあげてほしい。この世界の常識はほとんど知らない前提でいろいろ教えてあげてほしいのだ」


 侍女のジナにそう言い含め、花嫁を迎えに行く。


 本来は結婚式をするべきなのかもしれない。

 陛下にも両親にも言われたが、アーレスは気乗りしなかった。

 何せアーレスは初婚というには遅すぎる年だし、聖女もそれなりだ。

 どちらともなく、「あまり目立たず控えめにしていたい」といいだし、式は行わないことにした。


 婚姻の日、アーレスが王城に迎えに行くと、白のドレスを着せられたイズミが待っていた。


(……この王城の化粧係はどうにも派手好きなのだろうか)


 ドレスの色に似合わぬ赤の口紅と、濃い頬紅が浮いて見える。ジナにはもう少し彼女にあった化粧をするよう忠告しておこうとアーレスはひそかに誓った。


「アーレス様。本日よりよろしくお願いいたします」


 聖女……イズミは小さく頭を下げる。二十六歳だというが、小柄な彼女を見ているともう少し幼い印象を受ける。


「ああ」


 並んで立っていると、オスカー陛下がアーレスの背をバンと勢いよく叩いた。


「聖女を頼むよ、アーレス。騎士団のこともね」


「分かっていますが。……騎士団もどうしてあんなことになってるんですかね」


 先日顔出ししてきた王都の騎士団は、完全に腑抜けていた。

 どうして、いつの間に。

 かつてアーレスが王都にいたときは、規律正しく筋骨隆々とした男たちが闊歩していたものだ。

 そのうち、名を馳せていった者たちが、小競り合いの続く辺境地へとそれぞれ派遣されていった。

 残されたのは、平和な王都とそこそこの能力を持った騎士団員。


 その残された団員の中には甘えやたるみがあったと言わざるを得ない。背格好はまあ見れないこともないが、圧倒的にスタミナが足りないのだ。

 長丁場の戦いなど、最近ではそう起きないが、それにしたってこれが騎士団かと思うと情けなくなる。


「さあね。ただ、君みたいなストイックな人材がいなくなるとどうしても生ぬるくなるもんだよ」


「……しばらく時間はかかると思いますが、騎士団は建て直してみせます」


「頼もしいね。任せたよ」


「はい。では。行こう、イズミ」


 連れて行こうと手首をつかんで、一瞬何もないんじゃないかと思うほどの細さに驚く。


(え、これで生きていけるのか? 骨しかないじゃないか)


「アーレス様?」


 きょとんと見上げるイズミには、アーレスが何を思っているのかも分からないのだろう。

 掴んだ手首の先をプラプラと動かしながら、「行かないんですか?」と見上げてくる。


(……いや、落ち着け俺。生身の女性を触るのが久方ぶりだからといって驚きすぎだ。三十六歳の騎士団長はもっと落ち着いてスマートに女性をエスコートするものだろう)


 そう自分に言い聞かせ、掴んでいた手を離し、今後についていずみに説明を始める。


「いや……まずは教会によって、結婚宣誓書にサインをする。そのあとは屋敷に戻るから、君は自分の荷物を整理してくれ。ここで使っていた荷物はすべて従者に運ばせてあるから」


「はい」


 頷くイズミには、心なしか元気がない気もした。



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