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騎士団副長の困惑・2


 堅牢な石造りの壁に囲まれた、セルティア王国の王城。本日は夜会も予定されているので、使用人たちは休む間もなく動いている。

 その廊下を、アーレス・バンフィールドは軍靴の音を響かせながら歩いている。

 先ほど、前騎士団長より団長を就任し、肩書としては騎士団長となる。


「陛下! お話がございます!」


「おっと、アーレス。ちゃんと従者を通せよ」


 いきなり王の執務室へ乗り込むのは失礼極まりないことだが、百戦錬磨のアーレスを止められる使用人などいない。

 それでも真面目な衛兵はちゃんと止めたのだが、ひ弱な若造の力に負ける彼ではない。

 衛兵は今、アーレスの腰にしがみつき、引きずられている。


「す、すみません。陛下、私の力が及ばぬばかりに」


「あー。いいよ。アーレスを止めるのは君じゃ無理だ。下がっていいよ」


 国王陛下に手ぶりで退出するように言われ、衛兵はホッとしたように頭を下げて出て行った。

 扉が閉まったところで、アーレスは遠慮なく怒りをあらわにする。


「陛下。此度の私の異動と聖女の縁談について、お話がございます」


 有無を言わせないアーレスの声と態度に、さすがの国王も頬を引くつかせる。


「君、どっちで怒ってるんだい。異動についてかい、縁談についてかい」


「どちらもです。私が戦いにしか向かない男だということは、陛下もご存知でしょう。戦場に身を置けばこそ、生きる価値もありますが、平和な王都に私の居場所などありません。それに! 召喚聖女についての扱いもそうです。早世についてはたしかに懸念事項ではありますが、ミヤ様にも解決できなかったことが、どうして他の人間にできると思うのですか」


「お、おい。アーレス、落ち着け」


「しかも呼び出しておいて役に立たなかったから結婚させるとはどういうことですか。まるで厄介払いのように。呼び出した以上、王家で面倒を見てやるのが当然でしょう? それをなんですか、夜会で候補者と引き合わせて結婚? しかも候補者はもらい遅れの私ときている」


「待て待て。こう見えても、これはかなり熟考して得た結論なのだぞ。まず第一に、お前も三十六歳だ。まだ男盛りとはいえ、体力や瞬発力はこれから衰える一方だ。だとすれば、お前が今まで得た戦闘の知識を伸びしろのある若手に教えていけば、第二、第三のお前が生まれるかもしれないだろう。団長として、全体を総括しつつ、後進の育成に力を入れてほしいんだ」


「私が若い奴らに負けるとでも?」


「今は負けなくともいつかは負ける。あんなに強かった父上だって病魔に負けた。何が起きるかなんて誰にも予測できないだろう」


 それは事実だった。

 実際、数年前よりは瞬発力が落ちているのは感じている。いや、だが、落ちた分は別のところで取り戻せるはずだ。筋力はまだまだ上がっている。速さが落ちたなら力で押せばいい。


 国王は声を詰まらせたアーレスを見て、朗らかさを取り戻した。


「聖女の件については……まあ、安易に呼び出したことは認める。そしてその娘が、期待通りではなかったこともな」


 素直に認め、両手を降参といった風に上げたので、アーレスは少しばかり怒気を緩めた。

 若き国王オスカーが、ミヤ様を母親同然に思っていたのは周知の事実だ。チャンスがあれば、もう一度聖女召喚をと前々から狙っていたことも広く知られている。


「どういった女性なんです」


「ミヤ様とは全然違う。何の能力もなく、魔法も教えても習得しない。容姿も十人並みだ。年齢のことだけではなく、とても王妃にするわけにはいかん。だが、容姿が気に入らないからといって捨て置くわけにもいくまい。呼び出したのはこっちだ。それで、誰か彼女を娶る人間を探していたのだ。候補者はお前を含め三人だ」


「他の候補者はどなたです?」


「もう城には来ている。クラウディオ・パルティス子爵と、イーサン・ネクロイド伯爵だ」


 パルティス子爵は知っている。愛妻家で娘を溺愛していたはずだ。奥方が亡くなったとは聞いているが、再婚に応じるかどうか。ネクロイド伯爵に関しては年が行き過ぎてる。どこが熟考だ?


 再び怒りが心の中に沸き上がったアーレスは、遠慮もなく言い捨てた。


「それが熟考した結果というなら、あなたの頭は空洞なのではないですか」


「お前もたいがい不敬だぞ。……そう思うなら、お前が彼女をもらってやってくれ。条件としてはお前が一番いいと私は思っている。聖女を娶るに必要な爵位はくれてやるから」


「爵位などいりません。それに、選ぶのは彼女の方であるべきです」


 気に入らない男のもとに嫁いで、辛いのは女性の方だ。

 アーレスとて普段女性が側にいないから禁欲的に暮らしているだけで、女嫌いなわけではないのだ。三十六歳はまだ老人ではない。四六時中一緒にいれば、欲望に逆らえなくなるくらいには男だ。

 十も年上の、クマのような大男に組み敷かれれば、か弱い女性は抵抗などできない。


 アーレスの怒りの剣幕に、オスカーは若干引き気味だ。言葉を選んでこの遠慮のない騎士団長をなだめにかかる。


「わかった。それでいい。選ぶのは聖女だから、お前は今日の夜会にさえ出てくれればいいんだ。……だが、騎士団長就任の話は納得してもらうぞ。お前をいつまでも副長にしておくわけにはいかないんだ。頭角を現した若者たちのつくポジションが無くなるからな」


 それにはアーレスも頷かざるを得ない。以前から苦笑交じりに前団長からも言われていたことだ。副長という立場は融通が利いて楽だったが、いつまでも自由ばかり求めるわけにはいかない。いつまでも我儘を言っていられる年齢ではないのだ。


「分かりました」


 アーレスは頭を下げ、部屋を出ようと背中を向けた。そこに、国王の呆れたような声がかかった。


「アーレス、お前その格好で夜会に出るのか?」


「おかしいですか? 団服は正装にあたるでしょう?」


「いや? 悪くはないが、いかにも戦士って感じだなと思ってな」


「これがありのままの姿です。繕っても仕方ないでしょう」


 ぴしゃりと言い放ち、部屋を出たアーレスは、扉を閉める瞬間、やれやれと両手を持ち上げる国王の姿を目の端に映した。


(余計なお世話だろう。この年で夜会に浮かれてどうする。それより、問題は聖女だ。さて、どうするべきか)


 基本方針は決まっている。オスカーにも告げたように、決めるのは聖女であるべきなのだ。

 自分にできることとすれば、とりあえず夜会に出て聖女に挨拶をすることと、彼女が自分よりもっといい相手と出会えるよう、祈るくらいのことなのだろう。


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