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騎士団副長の困惑・1

 ここは北の国境にある砦の最上階の部屋。

 現在この砦の主であるアーレスは、急使から王の勅令を受け取った。


「アーレス様、国王様より、返事を受け取ってくるよう、言われております」


「わかった。確認するからしばらく待っていてくれ」


 肩書は一応、騎士団副長。とはいえ、王都にある騎士団本部に戻ることは年に数回しかない。

 アーレスは主に辺境警備に力を注いでおり、国境でなにかがあればすぐにでも出動できるようにしているのだ。


 大方、今回も警備の件だろうと思い、国璽の押された書簡を検める。


(南の方で何か起こったのか。だとしたら、ここの衛兵から数人選りすぐって、途中の街で人員を募ればいいか……)

 

 素早く頭の中で部隊編成まで整えながら文書を検めていたアーレスだったが、読み進めるほどに、本当に自分宛か不安になり、中ほどまで進んだころには、目が点になっていた。


「は? ……結婚?」


 その二文字は両親からももう数年は聞いていなかった。

 もちろん伯爵家の次男であるアーレスには、二十代前半をピークに縁談が山のように来ていた。

 しかし、当時騎士団で小分団を任されていた彼は、武勲を立てることに夢中だった。

 恋しい人がいないわけではなかったが、その人は手の届かない人だ。いっそ剣に生きるのだと心を決め、既婚者が行きたがらない辺境の地の警備に嬉々として赴いて行ったのだ。


 危険を伴う仕事は、成功したときの栄誉もまた大きい。

 彼は見る見るうちに昇進した。そのたびに結婚の話は舞い込んできたが、血を見たら失神しそうなたおやかな女性の姿を見るたびに、戦場や戦いの話しか知らない自分とは住む世界が違う人としか思えなかった。

 三十を過ぎてからは、親もあきらめたのか結婚のけの字も出さない。


「今更結婚! しかも相手は召喚聖女? 候補者三人のうちのひとりだと?」


 伝令を持ってきた従者は、アーレスの剣幕にすっかり腰が引けている。気の毒に思うが、こっちも苛立ちが止められない。


「そ、その通りでございます!」


「何を考えているんだ、陛下は。そもそも、なぜ聖女の召喚なんてしたんだ! それに、聖女を娶るのなら、もっと若い、ふさわしい相手がいるだろう。例えば陛下自らが……」


「あ、でも、聖女もそこそこのお年であります。二十六歳とか……。それで、他の候補者たちも再婚だったり年配だったりしているようです」


 年齢を聞いて、アーレスはひそかに納得する。

 二十六歳なら、二十一歳の王が自らの妻に迎えるには、歳をとりすぎている。

 だから重臣の誰かに押し付けようと思ったのだろうが、二十六歳と釣り合いの取れるような人間は皆結婚している。

 この国の平均結婚年齢は二十二歳だ。女性はもっと早く十八歳。それを考えると、相当の行き遅れであると言えよう。


「つまり、そもそも候補者自体が少ないということだな。それで、すでに忘れ去られたような俺にお鉢が回ってきたということなんだな」


「さすがアーレス様! お察しのとおりです」


 そんなことで褒められても嬉しくもなんともない。


(理由はわかったが、聖女にだって選ぶ権利はあるだろう。会ったこともない、十歳も上の人間の嫁になるなど、気の毒ではないか)


「……他の候補者は?」


「申し訳ありません。そこまでの情報は分かりかねます」


「ふむ」


 手紙だけで断るのは簡単だ。しかしアーレスも、相手が召喚聖女というところには興味があった。


「こういう話の選択権は女性にある。とにかくその夜会とやらには伺おう」


 そう言ったあと、アーレスは書簡に二枚目があることに気が付いた。乾いた指ではなかなか重なった紙がめくれず、数分格闘したあと、おもむろに読み始める。


「……は? 騎士団長昇格? さらに聖女を娶るならば、爵位の叙勲だと?」


 聞いてないよのオンパレードに、アーレスの眉間には皺が浮き上がった。そのいら立ちは全身に伝わっていたのだろう。怒りの気配を察した伝令の動きは素早かった。


「しゅ、出席ということで国王様に報告いたします。ではっ、失礼いたします!」


「あ、待て……」


 呼び止めたときにはもう遅く、伝令は姿を消してしまっていた。


「くそっ、なんだこれは。俺は爵位などいらないぞ? 大体、もので釣ろうというような態度が気に入らない」


 髪をくしゃくしゃとかき回し、収まらない怒りのぶつけ所を探す。


「……仕方ない。夜会にて国王に直接苦言を申し入れることにしよう」


 若き国王オスカーは、民の人気も高い賢王ではあるのだが、いささか調子に乗りやすいところがある。

 諫めるのも臣下の仕事だ。

 異世界から呼びつけた聖女を、余りもののような男に押し付けようとするなど言語道断。


「それにしても聖女か……」


 アーレスは机に立てかけていた自身の剣を鞘から出す。あの日、銀色の光とともに、この剣に力をくれた聖女。

 窮地を救ってくれた聖なるお告げ。

 銀色に鈍く光る刀身を窓に向け、誓いを立てるように胸の前に構えてつぶやく。


「ミヤ様……これもあなたの思し召しなのか?」


 かつてセルティア王国のすべての国民に愛された聖女ミヤ様。

 まだ彼女の功績が色濃く残されている今、なぜ聖女を呼び出したりしたのか。

 王に対して不敬だとは思うが、自然に舌打ちが出るのは止められなかった。




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― 新着の感想 ―
[一言] アーレス様は指につばを付けないタイプだったか。それともこの国にはそういう文化的なモノは無いのか(ォィ
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