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騎士団長の長き恋・6

 やがて訓練所の手前でアーレスの怒号が響いてきて、ふたりは頷いて足を早めた。


「まだまだぁ! 立て! フレデリック」


「無理です! 団長、本当に怪我人なんですか」


「お前など片手で充分だ」


 アーレスが怪我をしていない方の手で木刀をふるっている。

 そして手前にはどうやら負けたらしいフレデリックの姿もあった。


「バケモン……」


 フレデリックのつぶやきに、いずみも思わず同意しそうになった。


「お前は女性の気持ちを軽視しすぎる。彼女たちは俺たちよりずっとか弱いんだ。守るならまだしも、傷つけるとはどういう了見だ」


「だ、だから。反省して今後はちゃんとしますって」


「その踏み台にさせられたものの痛みはこんなもんじゃない。甘んじてくらえ!」


 アーレスの言いたいことにはおおむね同意するところだが、このままではまた傷口が開くほど暴れられてしまう。

 いずみはこれ以上ないほど腹に空気を吸い込み、渾身の大声を出した。


「そこまでです!」


 するとぴたりとふたりの男性の動きが止まる。

 いずみの姿を認めたアーレスは、険しい顔をやや緩ませた。


「イズミ」


「アーレス様、もうそろそろ十分でしょう? これ以上やられると、あなたが心配で私が泣かなきゃいけなくなります」


 正直に伝えると、アーレスは顔を真っ赤にさせた。


「……早く屋敷に帰ってきていただきたいですし、その、早く治ってほしいんです」


「そ、そうですよ。私もおかげでスッキリしました。もう大丈夫です、アーレス様」


 エイダが後押しするように言う。

 アーレスは咳払いすると、あっさりと木刀を下ろした。


「まあ、イズミとエイダがそう言うなら、このあたりにしておこう」


 半殺しを免れたフレデリックは、ホッと胸をなでおろしつつ、「すげぇ。聖女ってか、猛獣使いなんじゃ……」などと、失礼極まりないことを言ってのけたのだ。




「聞いたぞ、猛獣使いの聖女」


 やって来るなり、失礼なことを言うのはオスカー王である。

 アーレスが怪我をしたことを知った彼は、執務の合間を縫ってやって来たのだ。


「お久しぶりです、オスカー様。なんですか、その変な名前は」


「今や君の通り名はそれだ。猛獣さえも倒す騎士団長アーレスを意のままに操る聖女、という意味らしいぞ」


「……フレデリックだな?」


 ベッドからはアーレスの凄みの利いた声がする。どうしてフレデリックはこんなに彼を怒らせるのが上手なのか。彼にこそ、『猛獣起こしの騎士』の称号を授けたいところだ。


「省略の仕方がおかしいです。まるで私が猛獣を飼っているみたいじゃないですか」


「そう間違いでもなかろうよ」


 オスカー王は今日も楽しそうだ。そんな陰で側近たちが結婚相手を探そうとヤキモキしていることも知っているやらいないやら。


「だが、うまくいっているようで何よりだ」


 オスカーも一応は気にしていてくれたらしい。少しばかり嬉しくなってイズミは微笑む。


「それに、そなた、前よりきれいになったのではないか?」


「美しいご尊顔の殿下に言われてもそんなにうれしくありませんけど、ありがとうございます」


「何を今さら。あれは王室の化粧係が派手すぎたせいですよ。イズミは前から可愛いです」


 さらりと言うアーレスに、オスカーは驚きを隠さない。


「ほう、堅物のアーレスにここまで言わせるのか。やるな、いずみ。やはり猛獣使いじゃないか」


 ははは、と和やかな空気に包まれる。


 やがて、昼にイズミが作ったプリンが国王のもてなし用として運ばれてきた。


「これ、私が作ったんです」


「ほう? イズミは料理をするのか」


「ミヤさまはしなかったんですか?」


 プリンを一口頬張ったオスカーは、お気に召したのか、匙を口とカップの間で何度も往復させた。


「しなかったな。ミヤさまは博識だったが、動くのはあまり好きではなかったようだ。ダムや治水に関しても、知識だけを提供して後は宰相が采配して役人たちが動くという感じだったな。昔、『どうしても和食が食べたい』と言って、味噌と醤油とかいう調味料を作らせたが、それも何年も試行錯誤を重ねてやっとできて、……だが、望んだ味の料理は作れなかったと言っていたな」


「そうなんですか」


 でも、その試行錯誤のおかげで、いずみは最初から味噌と醤油にありつけたのだ。感謝しなければなるまい。


「その、和食……とかいうやつですが、イズミならば作れますよ。私は家で作ってもらいましたが、普段の食事にはない味で、非常にうまい。どうです、オスカー様。我が国でもコメをつくりませんか」


「コメ?」


「ええ。隣国では主食として扱われているものですから、栄養もありますし。気候的にもそこまで変わらないので、向いていないわけではないと思います。栽培技術者を数名呼び寄せ、技術指導を頼めばすぐに広まるでしょう」


「ふうん。いいだろう。イズミ、一度その料理を私に作って見せるといい。うまければ国での栽培について許可をだそう」


「本当ですか!やったぁ」


 アーレスの口添えのおかげで、コメも作られるようになりそうだ。

 いずみは感謝し、アーレスの怪我が落ち着いたら料理を作りに行くことを約束した。



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― 新着の感想 ―
[一言] 続刊するとしたら……隣国篇かなぁ(遠い目
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