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頭を打ったら不思議な世界へ・3

 気が付いたとき、最初にいずみが思ったのは、〝冷たい、固い、騒がしい〟だった。

 どうやら床の上で寝ているようなのだが、すぐ近くでする言い合いの声がうるさい。群衆のというよりはふたりくらいが掛け合いのように話している。


(……なんで寝てるんだっけ)


 いずみは記憶が混乱していた。目を閉じて横になったまま、自分がなぜ倒れているのかをゆっくり考えてみる。


(そうだ。事故があったんだよ。天井のライトが落ちてきたんだ。結構な大ごとだったと思うけど、私別に、どこも痛くないんじゃない?)


 少しずつ感覚が戻ってきて、そこまで思い至ったところで目を開けた。

 そして、予想していたのとは違う景色に、一瞬頭が真っ白になった。


 まず床が石造りだった。床だけじゃなくて壁もだ。広々とした大きな空間で、ギリシャ神殿で見るような白い柱が高い天井まで続いている。

 そして周りに人がいない。スタジオ内にはたくさんの人がいたはずなのに。


(先生は? スタッフさんは? どこに行ったの?)


 居るのはふたりだけだ。しかも、格好がキテレツ。


 ひとりは、栗色の髪にあまり特徴のない顔。白い布を巻き付けただけのような体のラインの見えない服に、白いまっすぐに伸びた山高帽をかぶっている。

 もうひとりは、長い銀髪。こちらは目を見張るような美形だ。服も、ヨーロッパの王様が着ているような、ごてごてした貴族服を着ている。人を選びそうな服だか、それに負けない派手な顔だ。


(………何かの番組の収録現場ですか、ここは)


 いずみは瞬きをして、上半身を起こした。


「おお……本当に現れた。これが聖女か」


 銀髪の男がいずみに近づいてきた。目を上に向けて、もう一度顔を確認する。

 瞳の色は空の色に近い青だ。仕事柄、いずみはテレビ局に出入りする際には芸能人と対面することもあるが、その辺のアイドルよりも気品を感じた。


「やりましたね、オスカー陛下、これで我が国も安泰です」


 太鼓持ちのように両手をこすり合わせて、特徴のない白服の男が言う。


「そうだな、神官。ゴホン。さて、聖女よ。私に顔を見せてくれ」


 男は片膝をついて、呆然して言葉もないイズミの手を取った。

 オスカーと呼ばれた銀髪の男は若かった。ジャ二系のアイドル顔をしている。


(ここでいきなりバク転とかされても驚かない)


 うん、と頷き、愛想笑いを向けると、オスカーはいずみの顔をまじまじと見つめ、あからさまに声のトーンを落とした。


「……案外普通なのだな」


(悪かったね、盛り上がるような美形じゃなくて!)


 自分の容姿が十人並みなのは知っているが、あからさまな態度は傷つく。

 オスカーは芝居がかった態度で、いずみを立たせた。


「名前は何というのだ? 聖女よ」


「私は、椎名いずみです。ここはどこなんですか? 私、第二スタジオで『今日もパクっと健康料理』の収録中だったんですが」


「スタジオ……? そのようなものは知らぬが、お前は私の呼びかけに応じ、このセルティア王国へ召喚されたのだ。この国を救う、聖女としてな」


「聖女……?」


 いずみは思わず繰り返した。そんなフレーズ、まるでラノベのようじゃないか。


(そんな設定の本ならたくさん読んだよ。あ、もしかしてこれ、夢かな。もしかした私、実は今でも意識不明だったりして。だったら……目が覚めるまでの間の話だし、調子をあわせちゃってもいいか)


「そうだったのですね。わたくしの力を求めて……」


(うわー。言ってみたかったよ、このセリフ! これってあれでしょ? この世界にはびこる悪とか何とかを私の力で救って、若く美しい王子に求婚されて幸せに暮らすとかいう王道設定が待ってるんでしょ?)


 内心の興奮は表に出さず恭しく言うと、オスカーは得心したように頷いた。


「そうなのだ。聖女よ。私はこの国の王、オスカー・ウェインライト。この国では、流行り病による早世があまりにも多いのだ。まるで呪いのようなこの現状を、聖女の力で何とかしてくれないだろうか」


 まるで舞台俳優のようにオーバーアクションで悲愴に訴えてくるオスカーを、いずみはまじまじと見つめた。


(この若さで王なのか、驚き。……じゃなくて、結構曖昧な上に仰々しい願いなんだな。それに聖女の力って言うけど、今の私、なにか使えるのかな)


「……ちょっとお待ちくださいね」


 試しに、いずみは手を広げて、ゲームで覚えた癒し魔法の詠唱をしてみる。……が、何も起こらない。手が熱くなるとか、光が広がるとか、そういうお約束な展開を期待していたのに。


「癒し魔法は使えないようです。……ええと、では次に」


 水魔法とか聖女っぽいって思い、それっぽい詠唱をしたが、やはりないも起こらない。

 神官とオスカーから疑惑のまなざしを感じ、いずみの額に、ジワリと焦りの汗がにじんできた。


「えっと……私はなにをすればいいんですかね」


 なにができるかを検証するのは後にしようと決め、先にオスカーに話を振る。すると、オスカーと神官は顔を見合わせ、神官のほうが一歩前に出て話し出した。


「聖女の力で、国を救っていただきたいのです」


「聖女の力って言われても。私、特別な力なんて」


 神官は眉を寄せ、いずみをじっと見つめた。


「失礼ですが聖女様……イズミ様はなんという国からいらっしゃいました?」


「え? 日本、ですけど」


「……ミヤ様と同じだ。やはりあなたは聖女……!」


神官は納得したように笑顔になったけれど、いずみには全く話が分からない。


(日本から来たからってなんだっていうの。……ていうか、なんで日本を知って……)


 疑問が顔に出ていたのか、神官はゴホンと咳払いすると、唐突に説明を始めた。


「四十年前の話になりますが、この国で大雨による河川の氾濫が原因で、多くの農作物や住民への健康被害が出たときにも聖女召喚の儀を行いました。その時に召喚されたのが『ササキ・ミヤ』様という名の聖女です。あなたと同じ日本からいらっしゃったのです。ミヤ様は美しく聡明であらせられ、この国に様々なものをお造りになられました。上流で水の流出の制限ができるよう『ダム』なるものを提案され、見事な衛生管理により寝込んでいた者たちを元気にしたのです。イズミさまに、……そのような能力は……」


(なんだその無双な聖女は。そんな前例があるなんて聞いてないよ)


 いきなり高く掲げられたハードルに、いずみの心中は穏やかじゃない。


「私は、その、……魔法みたいなものは使えません」


 王様の顔が明らかに陰った。

 神官も、一度はうつむいたものの気を取り直したように問いかける。


「では現在の問題である流行り病についてはどうお考えですか? 陛下の御父上は四十五歳の若さでお亡くなりになりました。ほんの数か月前までお元気そうでしたのに、体の倦怠感を訴えだしたかと思ったら、怪我も増え、出血し、あっという間に……」


「すみません。それも、……ご本人を見ていないのでわかりません」


(医療従事者じゃないし。知らないって。ああ、もしかしてミヤ様って、お医者様かなにかだったのかな)


 だとすれば無双具合も頷けるかもしれない。だけど、いずみに同じだけのことを求められても困る。


「ちなみにそなたはいくつなのだ?」


「私ですか? 二十六です」


 美形王様の問いかけに答えると、彼はこれまでで最も落胆したようだった。

 神官をぐいと捕まえて、ふたり揃って空間の端まで寄ってこそこそを話している。


「神官! 話が違うぞ。全然ミヤ様とは違うじゃないか」


「そんなことを言われましても。召喚の儀自体は成功ですからね?」


 いずみは黙って待っているが、聞いているだけで胸が痛くなるのを感じた。


(聞こえてますよ、王様。期待と違ったんですね。それにしたって、いきなり呼びつけといてその失望は酷くないです?)


 漂う厄介者の気配に、どんどん落ち込んでくる。

 ただでさえ、今日は亜由美先生に叱られて落ち込んでいるのだ。夢の中でまでこんな扱いだというならあんまりだ。夢の中でくらい、ヒロインにさせてほしい。


「どうしましょう、国王様」


「いや、……どうしようって、なぁ」


 ふたりがちらりといずみを見る。その困り切った顔に、夢だと思って大きくなっていた気もしぼんでいった。


「あの、……ちょっと休ませてもらっても構いませんか」


「お、おお。そうだな。部屋を用意させよう。食事の時間になれば呼ぶからそれまでゆっくり休むといい」


 いずみは、頷いてふらふらと歩き出す。きっと、寝れば目が覚めるだろう。

 せっかくの異世界だけど、無双になれないなら居心地が悪いだけだ。

 やがてやって来たメイドに、豪華な部屋に連れていかれ、いずみはベッドにダイブする。


 次に目を開けるときは、きっとスタジオの端にでも寝かされているに違いない。


(先生の冷たいまなざしに耐える覚悟だけはしておこう)



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