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愛は全身で・4


 翌日の、昼休憩。

 アーレスが食堂のあまりおいしくない食事を、フォークで遊ぶようにつついていると、フレデリックがやって来た。


「だーんちょ、どうでした。昨日の休みは」


「どうってなんだ」


「聖女さま、実家に連れて行ったんでしょう? どうなりました。嫁姑のバトルとかありました?」


「お前なぁ……」


 楽しそうなフレデリックにはあきれるばかりだ。


「至極順調だ。大体なんでその話をお前が知っているんだ」


「団長がなんで休みか聞いたら、副団長が教えてくれましたよ」


 道理で、今日は妙にニヤニヤした目つきで皆から見られるはずだ。

 副団長のルーファスはアーレスよりも年上なのであまりきつい言い方をするのは好かないが、後で釘を刺しておこう。


「順調の割には浮かない顔じゃないです?」


「……女性への贈り物は、なにがいいのか分からなくてな」


「は?」


 怪訝そうなフレデリックに、相談しようか迷う。

 こいつは軽そうだが、その分女性に対しての知識は豊富だろう。


「聖女にですか? 女性はドレスか宝石を贈っておけば間違いないと思いますけど」


「あまり派手な格好をさせたくないんだ」


「うわ、団長、のろけですか? ほかの男に見せたくないってやつですか」


 フレデリックが気持ち悪い感じに相好を崩す。アーレスは思わず目をそらし、頷いた。


(……似合わないからだ。とは、イズミの名誉のために言いたくないな)


「まあ、そんなところだ」


「ふーん。聖女への贈り物ねぇ……」


 フレデリックは腕を組んで考え込む仕草をする。


「そうだ! 団長、知ってます? エイドの森の近くにあるリリカという村なんですが。伝統的な文様刺繍の小物を作ってるんです。ほら、これなんですけど」


 フレデリックが見せてくれたのは、紺色の下地に、黄緑や黄色、オレンジといった明るい色合いで、文様化された植物が刺繍されている財布だった。


 エイドの森は王都から北東に馬で一時間ほど走った先にあり、国土の中心にある中では最も深い森だ。

 当然、獣の類が住み着いていて、近くにある農村が時折被害がある。その狼退治には王都の騎士団から派兵するのが常だ。


「前回の派兵のときに見つけて、買ったんですよ。他にも女性向けの花をあしらった髪留めとかたくさんありましたよ。王都で売り出せば売れると思って買ってきたんですけど、思ったより広がらなくてですね」


「そりゃお前見たいな男が持ち歩いていたところで、誰も見やしないからだろう。そう言った流行を生み出すのは女性だぞ。母親にでも頼んで茶会かなにかで広めてもらうのが一番だろう」


「あー、そうなんすね。まあそれはいいんですよ。でね、俺たち第一班にエイドの森の狼退治の依頼が来てるの知ってるでしょう? ぜひ! 団長もご一緒に!」


「お前……。俺を連れて行って楽したいだけじゃないのか?」


「さすが団長、呑み込みがお早い! だって去年、俺たち、かなり苦戦したんですよ。でも団長がいれば一発じゃないですか」


「お前はもう少しプライドをもて」


 調子のいいフレデリックにはあきれるが、その刺繍はなかなかに精巧な出来だった。


(イズミには似合うかもな。変にごてごてした宝石よりも、彩が鮮やかなほうが、あの黒い髪に映えるだろうし……)


 想像してみれば、悪くなかった。いや、むしろいい。宝石よりもずっと彼女に似合う。


「……まあいい。俺も同行しよう。日程調整は終わっているのか?」


「来週の頭から四日間の予定です」


「副団長と予定を調整しよう。どちらも不在にするわけにはいかないからな」


「はいっ。ぜひぜひ、ご同行いただけたらありがたいです!」


 フレデリックが敬礼して戻っていく。どうにも図々しい男だが、嫌いではない。下手におびえられているよりはとっつきやすい気もする。


 執務室に戻り副団長と予定を調整したアーレスは、望み通り来週からのエイドの森狼退治に同行することが決まった。




「四日間、遠征ですか?」


「ああ。と言ってもそう遠くはないんだが。一応泊まり込みでになるな」


 屋敷に戻り、いずみにそれを報告すると、彼女は少し残念そうに肩を落とした。


「……どうした?」


「あ、いえ、すみません。お仕事なのに。……新しい料理をアーレス様に食べていただけないなと思ったらちょっと残念で」


「新しい料理?」


「コメがあるならば米酢もあるだろうと思って、隣国から取り寄せてもらっているんです。届くのが来週なので。……甘酢炒めを作ろうと思っていたんですけれど、アーレス様に一番に食べていただけないなんて残念だなって」


「一番? 一番はジョナスじゃないのか?」


 何せ彼女と一緒に作っているのだ。誰よりも彼女の料理を一番に口にできる。アーレスはそれがいつもいら立ちの種だったというのに。


「……ジョナスさんはつくる人ですよね? 召し上がるのはいつだってアーレス様が一番じゃありません?」


 いずみの何の含みもない返しに、アーレスは顔に血が上るのを感じた。


(俺は、なんて馬鹿な嫉妬をしていたんだ)


 と同時に、咄嗟に出てきた言葉で、自分が嫉妬していたことに気づく。ますます顔を赤くするアーレスに、助け舟を出したのはリドルだ。


「奥さま。旦那様は少し熱いようですね。もしよろしければ、奥さま特製の冷たい飲み物をいただいたりは……」


「あっ、そうですね。ショウガを使った飲み物があるんです。ちょっと待っていてくださいね、アーレス様!」


 いずみがバタバタと厨房へとかけていく。

 赤い顔を片手で隠すように押さえて、アーレスは気がきく家令に感謝した。


「……悪いな、リドル」


「いいえ。照れずに伝えればいいのではないですか。結婚されているとはいえ、まだ実も結んでいないようですし」


「ぶっ」


 吹き出すアーレスに、ナプキンが差し出された。


「奥様が大切なら、言葉にするのをおろそかにしてはなりませんよ。言わなくても伝わるなんて考えは男の傲慢です」


「……姉上みたいなことを言うな」


「おや、さすがはグレイス様。大事なことをご存知ですね」


 リドルは微笑みを絶やさずに続ける。


「私は当初は旦那様が奥方様を助けようといやいや娶ったのかと思いましたが、今となっては違いますよね。あなたは彼女に、いろんな面で助けられているでしょう」


「……うむ」


「大切だと思うなら、絶対に手を離してはなりませんよ」


『愛は全身で伝えるものよ。それができないなら、どれほど武勇に優れていようとも、あなたは意気地なしだわ』


 かつて叶わぬ片思いを胸に秘めていたアーレスに、グレイスはそう言った。

 当時は反発心が先だったものだが、今はその通りだと思う。

 伝えるべき相手がすぐ傍にいるのに、現状に甘んじて伝えない自分は意気地なしなのだろう。けれど、この年になってという思いが、アーレスにストップをかける。


「アーレス様! できました。ジンジャーエールです」


「ジンジャー……?」


「ショウガ入りなので疲れが取れますよ、ぜひ!」


 彼女との今の距離感が居心地が良すぎて、アーレスは変化を恐れてしまう。

 リドルが、苦笑しながら夫婦を眺めていた。




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