味噌と醤油を求めて・1
アーレスから、三日後に実家を訪問すると告げられたのは朝のこと。
そして昼を過ぎた今、いずみはお土産に何を持っていこうかとジナとジョナスとテーブルを囲んでいるところである。
「伯爵さまは社交的な方だって聞いているわ。きっと目が肥えているもの、ありきたりのものじゃ駄目よね」
「奥様が作るものなら何でも珍しいと思うけどなぁ、俺ぁ」
ジョナスがにかっと笑う。
たしかに、異世界である日本のものなら何でも珍しいだろうとは思うけれど。
珍しいからいいというものではないのだ。お茶菓子を持っていくにも、できるだけ相手に喜ばれるものがいい。
「でも好みとかがあるでしょう。ジナはご実家にお勤めだったのよね。奥様の好みとか……なんか参考になることを教えてもらえないかしら」
話を振られたジナも、頬に手を当て困ったように視線を巡らす。
「そうですね。ですがバンフィールド伯爵家は領地経営がうまくいっておりますから、裕福でなんでもお持ちですしねぇ……」
まさに不足がないというわけだ。貴族が欲しがるもの自体がいずみには分からないのに、どんどんハードルが上がっていく。
「何でもいいのよ。ヒントになるようなこと。食べものじゃなくてもいいわ。好きなものとか、大事にしているものとか」
「そうですねぇ……」
ジナは立ち上がると、テーブルの周りを歩き出した。
じっとしているよりも動いているほうが考えがまとまるタイプのようだ。
「そうですね。大奥様が一番ご執心なのは、ご長男様の末娘、ヴェラ様ですね。今年7歳になられるお嬢様です」
「お孫さんか……」
(だったらお孫さん向けのお土産でもいいかもしれない。女の子なら、かわいいものが好きだろう。
お花とか、お菓子にしても可愛らしいもの……)
「お菓子の家?」
ハタとひらめいたいずみのつぶやきに、ジョナスが眉を顰める。
「お菓子の家たぁなんですかい」
「その名のとおりよ。お菓子でミニチュアハウスを作るの」
こんな感じで、と図解してみるも、ふたりはピンときていないようだ。
「説明するよりやってみたほうが早いかも。クッキーの材料はあったよね。あと、卵と粉砂糖がいるな。ねぇジョナス。砂糖ってどのくらい種類がある?」
「砂糖ですか? 普通のものと、結晶化しているものがありますが」
「だったら……ミキサーはないよね。うんと細かく粉砕したいんだけど」
ジョナスは“ふんさい”と一度口の中で繰り返した後、瓶に砂糖をスプーン一杯分入れて戻ってきた。
そして、瓶の中に指を突っ込み、小さく呪文を唱える。
すると、中の砂糖がパンとはじけて、瓶中に広がった。
「こんな感じですか? 破砕の魔法ですが」
確認すると砂糖の粒は先ほどよりも細かくなっている。粉砂糖というにはもう一声という気もするが。
「ああそんな感じ。粉みたいに細かくしたいの」
「何度か繰り返せばできると思いますよ」
「すごい! さすがジョナスさん!」
いずみの拍手喝采に、ジョナスもまんざらでもなさそうだ。
「じゃあ作ってみましょう。まずは型紙からつくらないと。ジナさん、ワックスペーパーを持ってきてくれる?」
こうして、お菓子の家づくりが、唐突に始まった。
小麦粉と卵とバター、砂糖をまぜ、生地を作る。しばらく休ませた後、型紙にそって、生地を切り、それをジョナスに焼いてもらう。
その間にいずみはアイシングを作る。
卵白だけを取り出し、粉状にした砂糖を混ぜていくのだ。ちょっと固いなと思うくらいまで混ぜ、ワックスペーパーを折って作った絞り袋に入れる。本当はナイロン袋がいいけれど、この世界にはプラスチックという概念はなさそうだ。
「焼けましたぜ、奥さま。どうするんで?」
「冷ましてからじゃないと駄目ね。中にもお菓子を入れようか。そうだショコ! ショコはあるかな」
ショコとはこの世界でのチョコレートのことだ。一般的な貴族の茶菓子としてよく使われていて、いずみも王城にいたときに何度も出された。
いずみのつぶやきにジナが答える。
「ショコならございますよ。リドルさんの好物なんです。頼めば分けてもらえると思います」
「え? リドルさんが?」
しっかり者のイメージがあるリドルの意外な一面に驚きつつ、いずみはすぐさま彼のもとに行き、今ある分を使う代わりに、いずみの名義でどれでも好きなショコを頼んでいいから、と告げる。
もちろん、前のめりで許可をくれた。
「よし、オッケーが出たわよ。これを中に入れましょう」
「中にって?」
まだ疑問符でいっぱいのジョナスは、魔法を使ってさっさと焼いたクッキーを冷ましてしまった。どうやら、待ちきれない様子だ。
「組み立てるのよ。見ててね」
ジョナスに焼いてもらったクッキーのパーツは五つ。
土台となる正方形のクッキーに、二等辺三角形と長方形のクッキーが二つずつ。長方形と二等辺三角形をアイシングを使って張り合わせて、三角屋根のお家をつくる。それを土台のクッキーに固定させれば出来上がりだ。
屋根の一枚だけを残して、封をする前にショコを何個か中に置いておく。
「……ちいせぇ家ですなぁ。馬小屋みてぇだ」
「ひどい、ジョナスさん。可愛いお家でしょう。小人でも住んでそうとか言ってよ。お屋敷のような家なんて作れるわけないじゃない」
たしかに貴族の御屋敷暮らしのみんなから見れば貧相かもしれないが、これはれっきとしたお家なのだ。