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役立たず聖女の初仕事・3


 翌朝、いずみはすっかり寝坊してしまっていた。


 慌てて身支度を済ませ広間へと降り、「おはようございます」と話しかけると、集まっている使用人の中から、ジナが慌てた様子で近寄ってきた。


「まあイズミ様。申し訳ありません。お仕度の手伝いもしませんで」


「着替え位ひとりでできるわ。それより、アーレス様は?」


「旦那様は早朝から朝食もいらないと言って出かけられました」


「そう」


(昨日、私を迎えに来るために休んだせいかな。仕事が溜まっているのなら、申し訳なかった)


 仕事重視の日本育ちのいずみとしては、旦那様の仕事の邪魔をする気はない。

 忙しいなら忙しいで、言われれば勝手に屋敷まで来たのに、なんて思う。


 それにしても、この広間に使用人たちが集まっているのはなぜだろう。

 それに、ちょっと様子がおかしい。頭をぺこりと下げた子供から、ぐううううという腹の虫の音が聞こえてきたのだ。


「……どうしたの?」


「イズミ様。申し訳ありません。ちょっと朝食が遅れそうなのです」


 リドルが子どもたちを背中に隠すようにして恭しく頭を下げる。


「実は、ジョナス……料理人が急に体調を崩してしまって。誰が代わりに作るか相談しているところですわ」

 

 理由を教えてくれたのは料理補助もこなすメイドのスカーレットだ。


 みんな神妙な顔で頭を突き合わせている中、いずみだけは、何だ、そんなことか、と笑った。


「料理? じゃあ私が作ります」


「え? 奥様が?」


「ええ。私、召喚される前は料理研究家だったの」


 誰に言われる間もなく腕まくりをする。

 この世界に呼び出されてから、包丁も握らせてもらえなかった。久しぶりに料理ができるというなら、腕がなる。


「いけませんわ。貴族の奥方が料理なんて」


 止めに入ったのはジナだが、いずみは両手を合わせて懇願する。


「私がしたいのよ。お願い」


 元々、いずみは料理が好きだ。

 ここに来てからは、聖女としての能力開花ばかり求められて、言われるがまま暮らしてきたけれど、本来いずみがなりたいのは聖女ではない。昨日アーレスに言ったとおり、自分のやりたいこと――料理を仕事をするために努力を重ねてきたのだ。


(センスがなくても、栄養のあるおいしい料理が作りたい。みんなに喜んでほしくて……)


 料理研究家を目指したその瞬間の気持ちが、ふいに湧き上がってくる。


(そうだよ。努力……。この世界で、望まれた聖女になれなくても。ここで生きていかなきゃいけないんなら、努力して自分の居場所を作らなきゃ)


「アーレス様が怒るなら、後で怒られるわ」


「イズミ様……」


 心配顔のジナを振り切り、いずみは厨房へと向かった。

 古い屋敷だけあって、造りが複雑だ。廊下を通って行ける部屋もあれば、別の部屋を通らないと次の部屋に行けない場所もある。

 厨房は一階の端にあった。パントリーと続き部屋になっていて、排気の関係なのか、厨房の方が外側だ。 

大きな調理台と、石釜でできたオーブン。煮炊きをするためのスペースは土間になっている。


「いてててて、誰でい」


 その土間のところに、腹痛に見舞われている料理人がうずくまっている。

 昨日も顔合わせしたときに名前は聞いた。――ジョナスだ。年は四十歳で、妻と息子と住み込みで働いている。

 ちなみに、妻がメイドのスカーレットだ。


「こんなところで痛がっていないで、医者に診てもらってください。リドル。お医者様を呼んで」


「は……しかし。使用人を医者に診せるなど」


 リドルに困惑され、その事実にいずみはビックリする。目の前に病人がいて、どうして医者に診せることを渋るのか。


「うちの料理人が病気なんでしょう? だったらアーレス様が面倒を見るのは当然だわ。料理人がいなかったら困るのはアーレス様なんだもの。……私が多少自由にお金を使っても困らないとアーレス様は言ったわ。そのお金を使って医者を呼んで、彼を診てもらって」


「は、はいっ」


 ジナがお医者様の手配をしている間、いずみは厨房を見渡した。

 昨日は歓迎を祝ってごちそうだったから、残り物がたくさんあった。

 使用人にも下げ渡されたはずだが、それでも食べきれないくらいだったのだろう。


 調味料を確認する。塩、コショウ、砂糖、お酢らしきものがある。


(味噌と醤油は……あるわけないか。異世界だもんね)


 しかも、この世界は全てにおいて西洋風だ。パンはあるけど米はない。そんな世界。

 だが小麦粉は大量にありそうだし、パンは何日か分まとめて焼くのか、すでに焼かれたものがあるようだ。

 うん。これだったら。


「この残り物使うわね。油はあるかしら。あれ、このコンロ、どうやって使うのかな。……ごめん! 火をつけてくれる?」


 いずみが、炒めた芋を香辛料で味付けしたものをつぶし、玉ねぎをみじん切りしている間に、メイドのスカーレットが火をつけてくれた。玉ねぎを炒め、潰した芋と合わせる。

 丸めて、小麦粉と卵、削って作ったパン粉で衣を作り、揚げればコロッケの出来上がりだ。


「わあ、いいにおいですねぇ。……ってすみません。奥様に馴れ馴れしく!」


 料理は共同作業だ。

 思わず仲間意識も湧き上がったところで、慌てたようにスカーレットが言う。


「いいのよ。それより手伝って、そこの野菜を千切りして欲しいの」


 付け合わせのサラダを作るのだ。

 後はスープでもあればいいのだが。牛乳はあるだろうか。


 残り物の食材と氷室の中身をチェックしながら作った朝食は、それなりにおいしかった。

 どうしてもある材料を考えると洋風になるため、いずみとしてはもうちょっと和食に寄せたかったが。


「奥様、料理上手なんですねぇ!」


 ジナに味見させてみると、なかなかの好反応。

 これでお腹空かせた彼らの子供たちも朝ごはんにありつける。


「うん。料理は好きなの。……もしジョナスが嫌がらなければ、こうやってたまに作らせてもらえると嬉しいんだけど」


「でしたら、少し残しておいて食べさせてみればいいんですよ。ジョナスさんは負けん気が強いですからね。知らない料理があれば、どうあっても作り方を知りたがるでしょう」


「そうね。……じゃあとりわけて、少し残しておいてくれる?」


「そうですね。もっと食べたいですが、我慢しましょう」


 ジナが朗らかに言ってくれたので、いずみは思わず笑った。


 ここの使用人たちは、王城の人たちよりずっと気さくな人が多い。

 彼らのいい主人になりたいと、いずみは本気で考えたのだ。



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