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役立たず聖女の初仕事・2


 やがて馬の歩みが遅くなり、止まった。


「ここが屋敷だ」


 新居だという屋敷は、王都の賑わいからは離れた、東の外れにあった。

 敷地内には林かと言いたくなるくらい木々が植えられていた。お屋敷は大きく、日本だったら文化財として紹介されていてもおかしくないくらいご立派だ。


「しばらく主人不在だった屋敷だから荒れてるんだ。徐々に整えていくさ。使用人も雇い直したんだが、まだ人数は足りていない。意見があれば言ってくれ」


「はい」


 それでセシリーを雇うなんて話を持ち出したのか、といずみは納得する。


 玄関前にはきっちり襟までしめ、蝶ネクタイを締めた格式ばった格好をした壮年の男性が待っていた。髪に白いものが混じっている。


「お待ちしておりました。旦那様、奥方様。私が家令を務めておりますリドルです」


「おく……さま」


 いずみの顔が慣れない呼び名に戸惑い、真っ赤になる。


(奥様か、奥様……。悪くはないわ。なんかとても高貴な身分の人になったみたい。……って、アーレス様って騎士団長なんだっけ。結構な身分の人の奥さんになったんだった)


 リドルは主人夫妻を見て、にっこり笑うと、屋敷の中へと案内してくれた。

 そこには使用人が勢ぞろいしていた。

 アーレスは人が揃ってないといっていたが、料理人と従僕がひとりずつ、いずみ付きになるという侍女に、メイドがふたり。そしてリドルと計六人もいる。


(十分じゃない? たしかにお屋敷は大きいけど、使用人の方が多いじゃない)


 そのうちに、小学生くらいの子供がふたり、「奥さま、おまちしておりました」やって来て花束をくれた。


「ありがとう」


 女の子と男の子ひとりずつだ。住み込みの使用人の子供らしい。


 そのあとは、侍女のジナに部屋に案内してもらう。

 ジナは三十代の女性だ。家族で住み込みで働いていて、従僕のひとりが旦那様になるらしい。花束をくれた男女の子供のうち、女の子の方がジナの子供だそうだ。


「届いていた荷物は、部屋に入れてあります。クローゼットには旦那様のお母さまより頂いたドレスが入っております」


「え? お義母様」


「ええ。実は私、もともとはアーレス様のご実家で侍女をしていたんです。遠征ばかりしていたアーレス様では、屋敷の設えなど何も分からないだろうと心配した奥様が、細かなところは指示されたんですよ。異世界から来た奥方が困らないようにと、私や夫が務めさせていただくことになりました」


 それは思わぬ気遣いだった。いずみの胸は感謝で震える。


「どうしよう。お礼しないと。式もしないなんて失礼だったんじゃないかしら」


「おいおいで大丈夫ですよ。大奥さまは鷹揚な方ですから。それより、着替えのお手伝いをいたします。すぐ夕食になりますので。奥様にとってはなにもかもが新しく分からないものなのですから、私になんでも聞いてくださいね」


「心強いわ。ありがとう」


「それにしても、綺麗な御髪ですねぇ」


 この世界の人は、金髪もしくは茶系の色合いの髪が多い。

 ちなみに、王家に連なるものは銀髪が多いのだそうだ。黒髪はとても珍しいらしいが、ミヤ様がそうだったからか、悪い印象はないらしい。


 髪を緩く結ってもらい、シンプルなクリーム色のドレスを着せられる。


「お化粧濃いですね」


 ジナははっきりそう言うと、柔らかいガーゼで軽く顔の表面を拭きとった。


「奥様のお顔だちなら、このくらい薄い方がお似合いですよ」


 目元にアイラインを入れ、口紅を薄く引く。ジナの化粧はあまりくどくなく、いずみは心底ホッとした。


「ありがとう、ジナさん」


 美人になったとは言わないけれど、シンプルな化粧とドレスのおかげで少しは見られるような状態になった。

 鏡の中の自分を見て、いずみは気分が上がってくる。


「奥様は肌の色が白いですね。今後のドレス選びが楽しみです」


 ジナはジナで、身支度を整えるのが好きなのだろう。いずみの髪をいじりながら心底楽しそうにしている。


 だいぶんすっきりした装いになったいずみは、ジナに案内され、食堂に移動する。

 先に準備を終えたアーレスが待っていて、給仕についているリドルが椅子を引いていずみが座るのを待っていた。


「今日は歓迎のお食事です。たくさん召し上がってくださいね!」


 メイドによって次々運ばれてくる料理はとてもふたりでは食べきれない量だ。

 いや、アーレスくらい体が大きければ入るのかもしれないが、いずみにはどう考えても三日分くらいの量がある。


「あの、……みんなで食べません? せっかく歓迎の食事だというなら」


「とんでもない、奥さま。私達はお下がりをいただきますので、お気になさらず」


 つまり食べ残しをいただくということだ。

 だったらここで一緒に食べてもらった方が一度で済むというのに。なんとも貴族というのは面倒くさい。


(……アーレス様とふたりきりだと微妙に会話が弾まないんだよなぁ)


 いずみは、一般的な日本人だ。

 家族は両親、弟の四人。食事時は特に行儀が悪いと言われることもなく、テレビがついていて、目まぐるしく変わる画面から、次々と話題は湧いて出ていた。

 だけど、本気で食事だけをするとなると、料理を褒める以外にネタがない。


「おいしいですね」


「そうだな。料理人のジョナスは腕がいい」


「そうなんですか」


「そうだ」


 会話はあっさりと終わってしまう。


(ああもっと、語彙を増やしたい。会話力付けたい。コミュ障だから……で許されたのは、情報があふれる日本でだからだよ!)


 放っておいてもネタが降ってくるあのころと違い、今はなにもかも自分で見つけなきゃならないのだ。


(貴族であり騎士である男性に喜ばれる話題ってってなんだ。貴族って何して暮らしてるんだっけ。騎士は……きっと偉い人の警護とかそんなんだよね)


 考えているうちに沈黙の時間が長くなりすぎた。


(どうしよう、お腹もいっぱいになってきた。アーレス様も黙々と食べ続けてるし!)


 思考は目まぐるしく動き、座って食事をしているだけなのに、いずみは酸欠してしまいそうな心地だ。

 やがて、視線を感じたアーレスが、いずみを見つめる。彼は一瞬目を泳がせた後、おもむろに口を開いた。


「イズミ」


「はい」


「明日から、俺は騎士団に顔を出してくる。イズミは……どうする」


 突然振られる明日の話に、いずみも一瞬思考が止まる。


(さっきまでの沈黙は気にしてないのかな。案外マイペースな人なんだな)


「えっと、家の中を見回ってみます。必要なものを探したり」


「そうか。ではそうしてくれ。欲しいものがあればリドルに言いつけるといい。君が欲しいものを揃えるくらいのゆとりはあるからな」


 なんとなくだが会話が続き、彼の返答にほっとする。

 大柄でいかついけれど、話は聞いてくれる人なんだよなぁと再確認だ。


「ありがとうございます。あの、ところでこのお料理とてもおいしいんですが、私、そろそろお腹が……」


「ああ。そうだな、俺もそろそろ満腹だ。お開きとしようか。では、今日はゆっくり休むように」


 アーレスはそう言いおくと、先に部屋を出て行ってしまった。

 いずみが困り果てていると、助けに来てくれたのはジナだ。


「全く。あの年まで独身なのがうなずける旦那様ですわね」


 まるで母親のような言いっぷりおかしくて笑ってしまったら、ジナも顔をほころばせた。


「きっと緊張しているのですわ。イズミ様もまだ緊張していらっしゃるでしょう」


「うん……あ、はい」


「敬語はいりませんよ。私は使用人です。さ、入浴の手伝いをいたしましょうね」


「うん。お願いします」


 私達は使用人だ、とジナもメイドのスカーレットも言う。

 だけど、いずみにはその感覚が理解できない。

 世話をしてくれる人にお礼を言ったり、敬意を表すのは当然だと思ってしまうのは、やはり日本人だからなのだろうか。


「ジナさん」


「はい?」


「この世界ではジナさんの方が正しいのかもしれないけど、私、初対面の人や年上の人には普通に敬語が出ちゃうんです。慣れれば抜けると思うんだけど、しばらくは見逃しておいてくれると嬉しいです」


 ジナはきょとんとした顔で私を見ると、やがて「あはは」と笑い出した。


「奥様は、かわいらしい方なんですね」


(なぜ今の会話でそうなった)


 褒められるのは嬉しいけれど、覚えのないことで褒められるのは逆に恥ずかしい。


「奥様もやめて欲しいです。名前で呼んでください。いずみです」


「ではイズミ様。人前ではできるだけ言葉にお気を付けください。屋敷の中でなら、私は気にしないようにいたします。これでよろしいでしょうか」


「ありがとう」


 折衷案をくれて、いずみはホッとした。

 ジナはいい人だ。一般的なきまりを教えてくれるけど、押し付けがましくはない。

 ジナがいずみの“普通”を認めてくれる分くらい、ジナの“普通”を尊重しようと思える。


「ね、ところでジナさん。アーレス様は……」


「おやすみなさい」くらい言いたいと思って尋ねると、ジナは気まずそうに視線を落とした。


「旦那様は隣のお部屋です。ですが、今日はゆっくり休まれるようにとの仰せです。その……様々なことは落ち着いてからということなのでしょう」


 それは先ほど本人からも言われているので気にはしていない。

 だがジナが落ち込んだ様子だったので、聞いたことが逆に申し訳なくなってしまった。


「いいの。ご挨拶だけしようと思ったんですけど、やっぱり明日にします。ではおやすみなさい」


 さも気にしていないようにふるまい、笑顔でジナを送り出してみた後は、ひとり反省会だ。


「……花嫁なんて言っても、本当に形式だけね」


 なにせ国王からの命令だ。

 どんなに嫌でも断ることはできないのだろう。だが、こうして初夜をひとりきりで過ごさせるところを見ると、本当の妻にする気はないらしい。

 アーレスの優しさの根底にあるのは、きっと同情と国王への忠誠心。

 分かっていたことなのに、ここでもやっぱり自分は必要とされないのかと思うと切なかった。


「やめやめ! 腐ってても仕方ないもん」


 いずみは大きなベッドにダイブする。いい勢いでクッションが沈み込み、ベッドに抱きこまれるような感覚になる。王城のベッドもクッションがよかったけれど、この屋敷もなかなかだ。


 やがて、隣の部屋から物音がした。

 隣はアーレスの部屋だというが、まだ寝てないのだろう。


(それにしてもドスンドスンうるさいな。まるで運動でもしているみたい。今何時だかわかってます?)


「……ぷっ」


 いずみは思わず笑ってしまった。そして思う。

 王城のシンとした空間に比べたら、うるさいくらいの方が嬉しい。

 少なくとも、ひとりじゃないって思えるから。




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