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役立たず聖女の初仕事・1


 いずみは隣に立つ旦那様ことアーレス・バンフィールドを横目で眺め、ひそかにときめく胸を押さえた。


(王子様かと思ったよね。あのとき)


 国王陛下により、夜会に連れ出されたときだ。

 用意されたドレスは、ペールオレンジのふわふわしたドレスで、オレンジと白のグラデーションは足先のほうに向かうほど白っぽくなっていた。それ単体で見たらすごく素敵で、二十六歳の乙女としては否応なしに胸が躍った。 

 だけど、それは着るまでの話。実際それを身に着けた自分を見た瞬間、ドキドキは失望へと変わった。


(分かってたけどね? こんな華やかな色、和顔には似合わないよね)


 だけど、王から贈られたドレスを着ないわけにもいかず、着付けるメイドさんたちも必死だ。違和感を何とかしようとどんどん化粧も厚くされて、ただでさえ小さな眼と口が、浮いてるみたいになった。


「これでいかがでしょう。お綺麗ですわ」


 ついに匙を投げたと言った風に、メイドさんが化粧する手を止めた。


「……ありがとう」


 気に入らない、なんて言えるわけがない。

 いずみは役立たずとはいえ一応聖女で、彼女たちには逆らえない存在だ。文句をつけたもんなら、青くなって謝罪をするだろう。

 せめてセシリーがいてくれたら、といずみは思う。

 セシリーは掃除係だが、花を生けるセンスが最高にいい。

 彼女だったら、せめて顔周りを彩る可愛い花くらいは選んでくれただろう。

 だが、実際には彼女はおらず、いずみはこれまた似合わない大ぶりの花を、髪飾りとして付けられた。

 顔が地味だから、あまり派手なものをつけられると顔が沈んじゃうんだけど、それにメイドさんたちは思い至らないらしい。


 そして出てみた夜会はやっぱり散々だった。

 会場に集まる人々の失望を一身に浴び、紳士的にエスコートしてくれる超絶イケメンの王様の隣にいるのは、針のむしろ以外の何物でもなく、夫の候補者となるふたりの男性は、ひとりは困惑をあらわにし、もうひとりは欲をあらわにしている。


 だが彼だけは違った。


「お初にお目にかかります。聖女イズミ殿。アーレス・バンフィールドと申します」


 体の大きな騎士服の男性だった。立ったままならはるか高みから見下ろされただろうに、彼は膝まづいて、節くれだったごつい手でいずみの手をとった。

 なぜか少し怒りをにじませて、求婚に似たセリフを口にする。


「私を選んでくださるならば、あなたを守る盾として、この身を尽くすことを誓いましょう」


 横にいる本物の王様よりも、ずっと紳士然としていた。なにより、そらさずまっすぐ向けられた深い海のような濃青の瞳には誠実さが感じられた。


 この世界に召喚されて半年。いずみが触れてきた視線は失望の色に染まったものばかりだった。

 ミヤ様という最強の聖女の存在が、いずみに影を落とし続けていた。

 それでも、調べれば調べるほど、ミヤ様が聖女と呼ばれるにふさわしいのを実感するばかりで、ミヤ様のようにならなくちゃと、必死に勉強や訓練をした半年。なのに結局何も身につかないまま過ぎてしまった半年。

 厄介払いかと思えば、誰に嫁がされても文句は言えない。

 自分の気持ちなど、主張してはいけないのだと、思っていた。


 だけどこの時、いずみは久しぶりに自分の中に強い欲求が生まれたのを感じたのだ。


(この人がいい。結婚するなら、この人のもとに行きたい)


 これまで、無意識に感情を抑圧していたのかもしれない。そう思ったとたんに、涙がぶわっと湧き上がってきた。


 そして別室にと連れ出してくれた彼に、言ってしまったのだ。


「私をもらってくださいますか」……と。


 聖女の願いを騎士団長がはねつけられるわけはなく、いずみは晴れてアーレス・バンフィールドの妻になることになったのだ。


(まあ、私は晴れて……だけど。アーレス様にはどうだったのかなぁ)


 これまで僻地で辺境警備にあたっていたアーレスは、縁談と同時に爵位をいただき、王都にほど近い領地を得たのだそうだ。そこは馬で二時間ほどで行ける土地らしい。

 ただ、そこに住んだら王都に通うのが大変なので、タウンハウスも買ったのだという。

 半端ない出費だ。それがすべて自分のせいだと思うと、いずみはいたたまれない思いがする。


(それに、こんな逞しくて格好いい人が、旦那様になってくれるなんて私は幸運だけど)


 アーレス・バンフィールドはとても大きな人だった。身長は四十センチは上だろう。腕もいずみのそれより三倍くらい太い。彼女が知る、どの男性よりも逞しい体をもっていた。


 やがて、馬を引いた侍従がやって来た。アーレスは手綱を受け取ると、「屋敷はそう遠くないから」と朗らかに笑った。


(もしかして、馬でいくのかな? 私、乗馬ってしたことが無いんだけど)


 出来ないことは早めに伝えようと思って話すと、「おとなしくしていれば落とされることはない」と軽く流された。

 そして次の瞬間、いずみは、アーレスに腰を掴まれ、ひょいと馬の鞍の上に抱え上げられたのだ。


「え、わっ」


「じっとしてるんだ。大丈夫、この馬はおとなしい」


 鞍に横座りさせられたいずみは、おずおずと毛並みを触った。


(馬の背って意外と高いんだ。それになんかあったかい。やっぱり生き物なんだなぁ)


 時折馬の鼻息が大きく聞こえるので、機嫌を損ねてはいないかとビビってしまう。

 いずみが黙って硬直していると、「ちょっと揺れるぞ」と、アーレス様が後ろに飛び乗ってきた。


「きゃ」


「大丈夫。俺に捕まるといい」


 お腹に手をまわされ、ぐいと引き寄せられた。そのせいで彼に横向きに抱きしめられたような状態になる。

 落ちないように回された両腕は筋肉で盛り上がっている。


(ま、まるで、ペンギンの卵にでもなったみたい)


 すっぽりと彼の腕の中に納まってしまい、いずみのドキドキは止まらない。

 どちらかといえば内向的なうえ、職場的にも女性が多かったいずみは、男性経験がない。ましてこんな逞しい男の人に抱きしめられることなんて、人生初だ。


(この世界じゃすでに年増と言われる年齢のようなのに、この程度のことで今更恥ずかしがっているの、馬鹿みたいじゃないのかな)


 常識が分からないだけに、不安は尽きない。

 まだ出会ったばかりだし、彼は不承不承で自分を娶っただけで、愛情も何もないだろう。

 それでも……。


(彼には嫌われたくない……なんて思うのは、おかしいかな)


 悩んでいるうちに、無意識に彼の胸に頭をもたせてしまっていた。慌てて離れようとすると、軽く頭をおさえられる。


「別にいい。寄りかかっていなさい。初めて乗るのなら怖いのだろう」


(アーレス様イケメン……!)


 一気に顔に熱が集まっていく。

 そのうちに、馬が走り出し、吹き付ける風がいずみの頬を優しく撫でていく。

 ドレスの裾は、空気を含んではためいた。


「わー、花嫁さんだ」


 すぐに、街の子どもたちが集まってきて、いかにもな白のドレスを着たいずみを指さしてくる。


(……花嫁さんか。日本では全然縁遠い言葉だったのに。図らずも異世界で結婚するなんてなぁ)


 いずみとしては、全然実感が沸かない。

 これまで、好きな人はいたけれど思いが実ることはなく、気が付けば処女のまま二十六歳。

 一時は誰とでもいいから処女を捨てたい、なんて思ったこともある。


 オスカーから結婚するように言われたときは、それも人生かななんて思っていた。

 ものすごく激しい恋なんて、もう十代じゃないんだからできるわけがない。お見合いに行くつもりで、オスカー様が選んだ人のところに嫁げばいいって。

 なのにアーレス様が膝まづいてくれた瞬間、いずみの心臓は大きく脈打ち、信じられないほどときめいた。

 こんな逞しい男の人が跪くなんて、この世界じゃ当たり前なのかもしれないけど、日本じゃ絶対ないし、他の候補者たちもしなかった。彼はあの時、いずみに敬意をちゃんと払ってくれた。


 そう気づいた瞬間に、いずみの心臓の音は全身に広がって、体中が熱くなった。

 これが恋かと言えば、長いこと恋愛から遠ざかっていたいずみには分からないが、人生で一番ときめいた瞬間だったことは間違いない。

 だから、そんな素敵な人と一緒に馬に乗っている今の状況は、望外の喜びだったりするわけで。


「あはは……凄く冷やかされますね」


「だな」


 普段通りのトーンの返答に、少しだけ寂しくも感じる。


(アーレス様は別に嬉しくはないんだろうなぁ)


「……なんだ?」


「いいえ、何でも」


 こういうときにうまい話ができれば、アーレスの気持ちを惹きつけることができるのかもしれないけれど、それができるくらいなら、いずみがいまだに処女でいるはずがない。


 それに……といずみは思い起こす。

 “君も多少なりとも不満はあるかもしれないが……”と彼は言った。

 つまり、彼自身は、この結婚には不満なのだ。王命だからいずみを娶ったのだろう。


 “妻としての務めを無理強いする気はない”とも言った。

 ミヤ様とは違う不細工な聖女を抱く気にはならないということだろう。悲しいけれど仕方ない。


 アーレスが終始同情的だったことは何となく感じていた。

 その年まで独身だったのだから、もしかしたら女性は苦手なのかもしれない。だとすれば、形だけの妻でいて、実際は召使のような生活ができれば御の字だろう。


(うん。吹っ切れた。こんな格好いい人の傍にいられるだけで、幸せだと思わなくっちゃ)


 傍にいるだけで、安心とドキドキを同時に感じる。

 これは恋だと、内心実感しながらも、いずみはその思いを封印することにした。


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