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頭を打ったら不思議な世界へ・1

 ここは東京のテレビスタジオ。収録の時間が迫り、料理研究家・(わたり)亜由美(あゆみ)はイライラしていた。


椎名(しいな)ちゃん、なによこれ! こんなんでテレビ映えすると思ってんの?」


 叱られているのは、椎名いずみ、二十六歳。

 助手である彼女の仕事内容は、亜由美の料理紹介がつつがなくスムーズに進行するようサポートすることだ。

『ここから十分煮て〜出来上がったのがこちらです!』というくだりで出る十分後の鍋や、盛り付けを終えた料理などを準備したりするアレである。

 亜由美はいずみの盛り付けた皿を前に、不満をあらわにしている。


「駄目でしたか?」


 料理は、サバとセロリの炒め物だ。白い皿の上に、茶色ベースの炒め物が載せられている。サバは動脈硬化の予防によく、高血圧の人におすすめのメニューだ。


「全体的に茶色いじゃない。お皿はただ白にするより、この料理だったらいっそ黒ベースの和物のほうが映えるでしょう? それに盛っただけってのがセンスないのよ。ここにインゲンを添えれば、見た目も華やかになるでしょう?」


 亜由美が持ってきたのは、黒地に朱肉でバッテンが描かれているインパクトの強い模様の皿だ。

 いずみは一瞬、眉を顰める。


(べつにセロリがあるから緑がないわけじゃないし、こんな派手な皿じゃ、料理が負けてしまうじゃない)


 だが、亜由美が盛り付けなおすと、黒地のおかげでただの茶色の塊と化していた料理は引き締まり、いんげんの鮮やかな緑が添えられたことで、炒められたセロリでは出せなかった華やかさが生まれた。

 胸の奥にモヤモヤした感情が湧き上がったが、いずみは堪えて笑顔を作る。


「さすが先生! すっごく綺麗になりましたね!」


 そのヘラヘラした態度が余計に腹が立つというように、亜由美は怒号を上げ始めた。


「そんなんだからダメなんだよ。椎名ちゃんはセンスがない! もういい! 今度から英美理(えみり)ちゃんに頼むから。使えない助手なんていらないわよ!」


 スタッフも大勢いる中で使えない宣言をされて、さすがのいずみも顔がこわばった。


「す、すみません」


 謝罪を口にし、周りが気にしないように笑顔を向ける。けれど、心はどん底まで突き落とされたままだ。


 やがて生放送が始まる。

 カメラを前にすると、テレビ慣れしている亜由美は表情が生き生きとする。

 ばっさばさのつけまつげに、派手なお化粧。彼女は三十代で子供もいるが、生活臭をあまり感じさせない。二十代の独身だって言われても、納得できるくらいに若々しい。


「今日は、とっても健康にいいメニューですよう」


 はつらつと語る亜由美に比べて、いずみには華やかさというものがない。

 身長は日本女性の二十六から二十九歳の平均身長そのものの、一五八センチ。体重も四十八キロと完全なるMサイズ女である。

 日本人らしいうりざね顔。パーツのひとつひとつは平坦で、化粧はいつもナチュラルメイクで、存在感があまりない。

 今みたいに、亜由美の助手としてテレビに出ることは多いが、友人の感想は「え? 出てた?」だ。

 いずみが亜由美の助手になって、かれこれ四年が経つ。

 料理の下準備は毎回しているし、亜由美名義で発行する料理本の原稿を書いているのだっていずみだ。レシピ考案だって手伝っている。言ってしまえば、いずみのレシピのほうが人気はある。

 だが、いずみは目立たない。地味で、気の利いた会話もできない。だから、テレビに呼ばれるのは亜由美の方だし、いつだって彼女からはダメ出しを食らう。

 料理研究家に必要なのは、料理の才能よりも栄養バランスの組み立て能力よりも、センスなのだ。

 出来上がったものを、他にふたつとない魅力のある料理だと伝える会話力と、おいしそうに見せる盛り付けセンス。

 それがあるだけで、同じものを作っても、評価は全然違う。


(でも、センスって生まれ持ったものじゃない? どうやって鍛えたらいいのよ。それともなにか、センスもないのに料理研究家なんてやるなってか)


 いずみは内心落ち込んだまま、テレビカメラに向かって笑顔を作る亜由美を見つめていた。

 その胸の内には、いけないと思っても仄暗い想いが浮かんでくる。


(もし私があそこに立てたら……)


 亜由美のレシピは、いずみが最初に考えたレシピをアレンジしたものが多い。紹介内容だけで考えれば、自分があっちに立っていたっておかしくはないのだ。


(先生がいなければ、もしかしたらそこにいたのは……私かもしれない……)


 そこまで考えて、我に返る。そしてモニターに映る彼女を見つめて、首を振る。

 もしかしたら……なんていうのは、傲慢な考えだ。

 もし亜由美がいなくても、いずみに才能があるなら今そこに立てているはずなのだから。

 テレビに映るか映らないか分からないような陰で、サポートしかできないのは、それだけの力しか自分にないからだ。


「ではこちらが出来上がったものです」


 亜由美が先ほど盛りつけ直したお皿が、テレビ画面いっぱいに映される。


(今日の撮影はこれで終わりだ。今度は速やかに片付けなくちゃ……)


 いずみは嫌な考えを押し出すように頭を振って、立ち上がった。――そのときだ。


「あ、危ないっ」

「え?」


 叫び声と同時に、スタジオの端から悲鳴が聞こえる。ぱっと上を向いた瞬間、ライトが自分に向かって落ちてくるのが見えた。――見えているのに、足がすくんでいずみは動けなかった。

 重い衝撃を感じるのとともに、光が視界いっぱいに広がり、あたりからはなにも見えなくなった。

 泥の中に沈んでいくような感覚。いずみは目を閉じてこれまでの人生を思い起こした。


(……ああ私、死ぬのかなぁ。四半世紀しか生きてないけど、もう終わり? 思えばろくなことがなかったな。好きな人ができても、告白ひとつ出来なかった。仕事もこんな状態で。いつかは花開くって信じていたけど、こんなところで終わっちゃうんだ。……だったら、もっと言いたいこと、言えばよかった。傷つくのが怖くて、笑ってごまかしてばかりだったけど、私の気持ち、もっとちゃんと言えば……)



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