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新世界が聞こえる  作者: ニシムラ圭
1章
5/5

やっぱり悪いヤツ

「よォサルモネ。騙された気分はどうだ」

「ッ! 俺を騙したのか?! 本当はオズの弟子だって事も知ってたのか? 」

「ハハッ! 当たり前だろ。この国の何処にお前を知らねぇヤツがいるんだ」


 嘲るように笑うガロ。見たこともないような表情で歯を剥き出しにして笑う。


「卑怯だぞ」

「悪いが俺は卑怯者で通ってるんだ」

「ホーク、悪いが邪魔しないでもらいたい」

「それは無理な話だな」


 ガロは白い手袋を外してポトリ、と地面に落とした。


冥界の番犬(ガルム)


そう唱え両手に力を込めたガロの身体は大きくなり忽ちシルバーの硬い毛で覆われた巨大な狼犬の姿に変わった。


「オオカミ?! 」

「このドーピング野郎……」



「なんとでも言え」


グルル、と低い獣の声で唸り鋭い牙が引き攣った口元から覗く。

二メートルはありそうな巨体の狼犬、サルモネなどあっという間に食い殺されてしまうのは明白だった。

 一瞬、たった一瞬サルモネが怯んだ瞬間、ガロは大きな身体にも関わらず、風すら置いていくスピードでサルモネの壁になっていたクラウンの横を突っ切りサルモネの肩に飛びつき噛んだ。肩に穴が空くほど大きな歯が食い込む痛みは声にすら出でない。


「サルモネ! 」


 そのままブンッとサルモネの身体を頭を振った力だけで放り投げた。解放されたサルモネの傷口から微かな血の飛沫が床に散らばる。

クラウンはサルモネを目で追いながらドンッと鈍い音を立てて床に崩れていくのを見ていた。


「うッ! 」

「サルモネ生きてるか! 」

「……あ、い」


 ゼェゼェ言いながら返事をしたサルモネは仰向けの身体をゆっくり起こした。


「サルモネ! そのまま反対に逃げろ! そっちが出口だ! 」

「でも! 」

「いいから! 無駄死にすんな! 」


 ご丁寧に出口に投げ飛ばしてくれたおかげでサルモネの命が繋がった。


「クラウン、よそ見してる場合か? 」


 ジタバタと覚束無い動作で立ち上がり駆け出していくサルモネを見送って、飛び掛ってきたガロの首を思いっきり蹴った。

身体を覆う大量のごわついた毛のせいで手応えは半分だったが、ガロは勢いよく地面に打ち付けられていた。


「ホラ、立てよ」

「ッグ……」

「これからじゃないか。もっと楽しもうぜ」


 クイッと指で挑発するとガロは鷹が獲物を捕らえる時と同じような鋭い眼光をクラウンに向けた。

起き上がったガロは牙を剥き出しクラウンに襲いかかった。ひょいと後ろへ避けていくクラウンを追い詰めていく。ガチガチと噛み合う歯もクラウンを壁に追いやった、がクラウンはガロを思い切り踏みつけてガロの後方に立った。


「人間を捨ててまで得た力がそれか」


 禁忌を犯してまで得た力は、全てを投げ打ってまで得た力は。

蔑むようなクラウンの目は酷くガロの心を揺さぶった。



「ッ! はぁっはぁッ! 」


 急いで、急いでオズの元へ行かなければ! その一心でボロボロの身体で必死に駆けた。真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐに。

ガロ以外に敵らしい人間はいない。それどころか人すらいない。

長い階段を登り、頂上の扉に手を掛けた。


「ッ外だ」


 扉を開けた勢いで地面に転がると、穏やかな空気に身体が包まれた。草木が生い茂る、ただの森の中だ。


「はぁ、はぁ……うッ、結構強く投げられたからな……」


 暖かい春の陽気に浸っている場合ではない。サルモネは浅く息をしながら滲む視界を拭い去ることが出来なかった。


 揺さぶるような規則正しい律動と、腹部の圧迫感でサルモネは目が覚めた。


「……う」


短く硬い黒い毛が身体の動きに合わせてしなる。


「うわッ! 」


何かの上にうつ伏せになって乗っていることに気がついたサルモネは驚いてソレから転げ落ちた。


「……」


黒豹だ。転げ落ちて情けない格好をしているサルモネをジッと見つめ、ゆっくりと距離を詰めた。


「……」


 静かだ、呼吸音さえも聞こえない。冷静に動物的な動きには見えない黒豹はまるで人間に操られているかのように意思のある瞳でサルモネを見つめた。


「ご無事ですか」

「……へ? 」


 サワサワッと首筋を撫でられたような寒い感覚がサルモネを襲った。


「今、喋ッ……」


四足の魔獣族ネコ科ヒョウ属。人語を話すなんて聞いたことがない。


「ここを真っ直ぐ行けば出口です」

「……え? 」


 黒い豹。災いの運び屋、不幸が起こる。

その見透かすような、全てを掌握しているような瞳からギラギラと真っ直ぐな視線が嫌という程刺さる。


「人語を話す魔獣は初めてですか」

「……え? 」


 本当に見透かされているんじゃないか。そう思わせるほどピッタリなタイミングで黒豹が言葉を落とす。

 黒い毛並みに浮かんだ黄色い瞳が憂いを帯びたように揺れた。


「確かに、あまり人間には認知されていませんからね」


 まるで人間が話しているような流暢な言葉の構築。落ち着いた大人のような低く優しい声は目を瞑ってしまえば、いとも簡単に人型が浮かぶ。

サルモネは言葉を取り上げられたように「あー」「うー」しか声に出ない。驚きのあまり上手く話すことが出来なかった。


「私はカラス」

「黒豹のカラス? 」


 思わず喉元から引っかかっていた言葉が飛び出した。一番に聞きたかったことだ。


「えぇ」


黒豹は凛とした声で返事をした。


「い、一区で何か起こるんですか! あの、何か悪い事が……」

「必ずしも起こるとは言えません」


 不幸は必ず起こるわけでもなく、黒豹の意思でもなければ黒豹が元凶ではないのだという。


「私が不幸を運ぶのではありません、世界の意思に私は干渉出来ませんから。

世界を動かす力があるのなら、私は神と相違ない存在となり得てしまいます」


 不幸の運び屋の異名を持つ黒豹は不幸を呼び寄せるわけでもなく、呼び寄せられるわけでもない。


「今まで起こったことは意味の無いものではありません。私たちの目指す世界に必要なことです」

「? 」

「間違って進み続けたこの世界に修正を加えるために」


 間違って進み続けた世界、その意味が分からなかった。それを正す修正、の意味も。

今まで起きた『不幸』すらも分からない。

 黒豹が生い茂る緑を踏み潰しながら静かに歩いてきた。


「少し失礼します」


 黒豹は丁寧に口元をサルモネの腕に近づけると大きな口をそっと開いた。大きな口で器用に抓るように噛み付いた。


「痛ッ! 」


 手を慌てて引っ込めると、サルモネの手は赤く色付いていた。数本の歯形が手の甲の薄い皮膚にくっきりついていた。


「手荒なことをしてすみません」


 ツキツキと鼓動をなぞるように痛む手の甲を押さえた。


「貴方が望むのなら、一度だけ手助けしましょう」


 黒豹は薄くザラついた舌で噛み跡をなぞった。じわりと熱く、魔力が集まっていることはサルモネにも分かった。


「これは……」


 手の甲に再び視線を落とすと赤い痣は尾の長い鳥が羽ばたくような姿に変わっていた。

鳥の痣にドクドクと生きているかのように微かな鼓動を感じる。


「また会いましょう」


 そう言葉を残して森の奥に黒豹は消えた。



 ゔぁぁぁ!! と人間とも獣とも言えない雄叫びが響いた。

 クラウンの硬い足がガロの腹部にめり込み、クラウンの足元に転がる。いたぶるように何度も何度も、一度もクラウンに傷をつけることが出来ないガロは無駄に魔力がすり減っていく。


「クソッ……! クソ! 」

「カンパニーの幹部がこんな弱くちゃ、ぶっ潰されんのも時間の問題だな」


 ひと回りほど身体が縮み、起き上がったガロの能天にクラウンは踵を思い切り落とした。

「グェ」と喉が鳴り、再び地面に伏してとうとう身体を起こすことが出来なくなった。

段々と人型に戻っていくガロは血濡れの顔を隠したまま爪で何度も何度も石作りの地面を引っ掻いた。

悔しくて悔しくて堪らない。涙の代わりに爪が剥がれるまで引っ掻き続けた。


「お前、サルモネを逃がしてどうしたいんだ」


 クラウンは冷たくガロを見下ろし、そう聞いたが言葉は返ってこなかった。


「俺と同じ牢に入れた事もそうだ。それに人払いもして、負けることを知っていながらも俺と単独でやり合おうなんて」

「……お前こそ、どうしてわざわざヘマしたフリをした」

「俺は普通にドジったんだよ。精神干渉上手いヤツが幹部にいたモンだ」


 ゼェゼェと息をするガロは喋ることもままならず、憎まれ口ひとつも血反吐に代わってしまう。


「……うッ……」

「コイツら全員逃がしたら、お前はどうなる? 」

「好きに、しろ……」


クラウンはふむ、と口元に手を当てるとガロの首根っこを掴んで担ぎあげた。


「ッにすんだ! 」

「コイツら逃がしたところで行くところが無いだろうな。まぁ、この有様じゃ商売にならねぇだろうしお前の首一つで勘弁しといてやるよ」


 牢屋に閉じ込められた人間たちを出してやったところで行く宛てもない。カンパニーの情報を持って逃げた自分を血眼になって探す間は商売にならないだろうと踏んだ。



クラウンは死にかけのガロを背負いながら、小さくため息を吐いて踵を返した。


「……ッたくよぉ」



「サルモネ! 」


 傷だらけのサルモネが森の出口に現れた。

今にも森に入らんとしていたオズとドッグドッグはボロボロのサルモネを見て慌てて駆け寄った。


「サルモネ! サルモネ、ケガ?! 」

「大丈夫です、大丈夫ですから。

それよりもクラウンさんがまだ中に」

「カンパニーの地下倉庫ですか? 」


サルモネは頷くとドッグドッグは直ぐに「行きましょう」と息巻いた。

しかし、オズは素知らぬ顔をして首を横に振ったのだ。


「サルモネが無事に戻ってきたことだし、僕らはここで降りる」


 スン、とそっぽ向いたオズに空気が凍てついた。沈黙を破ったのはサルモネの反抗的な声で、責め立てるような言葉は静かな森によく響いた。


「はぁ?! オズは本気で言ってるんですか! 」

「本気だよ」

「サルモネくん、大丈夫です。彼が薄情なのは今に始まったことでは」


 食ってかかろうとしたサルモネを腕で制止したドッグドッグは見上げるようにオズを見つめると「分かりました。ここから僕一人で行きます。その代わりにコモ様への報告をお願いします」と言った。

しかし、オズはそれにも首を横に振った。


「……わかりました」


とうとうため息をついたドッグドッグは背を向けた。


「ドッグドッグさん、俺も行きます! 」

「サルモネ、君怪我してるんだよ」


 オズはサルモネの腕を掴み、強く引いた。その反動で立って必死だったサルモネはいとも簡単に倒れ込んだ。


「……あれ」

「サルモネくん! 大丈夫ですか」

「もう、立ってるのもやっとなんじゃないか」


 青い空とオズとドッグドッグの顔がいっぺんに見える。

たった一度、ガロに噛まれて吹き飛ばされたばかりじゃないか。


「オズ」

「ほら、帰るよ」

「俺、めちゃくちゃ弱くないですか」

「? 」


 驕っていた気がする。

人より少し出来るからと、簡単にひとつふたつ魔法が使えるようになったからと。

「凄い! 」の言葉に胡座をかいていた。


「そりゃ、まだ魔法士にすらなってないし」


 サルモネは目をギュッと瞑って首を横に振った。

牢屋に閉じ込められた人達を自分が弱いばかりに見捨ててしまった。クラウンに助けられないと命ひとつ守れない悔しさが込み上げた。


「……何ですか、この大勢の足音」

「え? 」


 ドッグドッグは耳をピクピクと動かして森の方に顔を向けた。

オズもサルモネにもしばらくすると声と足音が聞こえてきた。


「まさか、カンパニーの増援? 」


 男、女。数え切れない声と足音にオズはサルモネを無理やり起こしてコートに隠した。


「……いや、違います。知ってる声が、混じって……」


ザザザッ、木々を掻き分けて現れたのは気を失ったガロを担いだクラウンだった。


「何してんだ、お前ら」

「クラウン! 無事でしたか! 」


先陣のクラウンに続き大勢の人間が飛び出してきた。

ボロボロの衣服の有象無象はオズたちを見つけると怯えた表情に変わった。


「大丈夫だ。コイツらは仲間だ」


 そう言うと「わぁぁぁ!!!! 」と歓喜の声が上がり、泣き崩れるものや力が抜けてへたり込むものもいた。


「おい、サルモネ。全員このとおり救出したぞ! 文句あるか」

「クラウンさ……! 」


 コートから這い出たサルモネは勢い余って地面に転がった。もう力が残っておらず、そのままサルモネも気を失った。


「……はぁ、面倒事引っ張りこんできてくれたね」

「クラウン、相当マズイですよこれ」

「わかってるよ。覚悟の上だ」



「なんでコイツ連れてきたの? 」


 オズの家の床で手当てをされるガロの頬をオズは靴先でつついた。


「ちょっと、なんてことするんですか! 」

「コイツ、カンパニーの幹部でしょ? 」


 自分の手当てをする前に、ガロを手当てをするサルモネにも納得がいかないオズはムッとしながらソファに腰かけた。


「それは、僕もオズさんに同意です」


ドッグドッグはタバコをふかすクラウンに視線を向けると、クラウンは窓の外を見るばかりで何も答えなかった。


「ガロは、やっぱり悪いヤツじゃないと思うんです」

「はぁ……」

「俺の事、逃がしてくれたし……」


 包帯をグルグル巻きながらポツリと呟くとクラウンは「あぁ」とその言葉を肯定した。


「悪いヤツではあるが、カンパニーに染まるほど程悪どいワケじゃない」

「珍しいですね。クラウンが肩を持つなんて」

「まぁ置いていったところでソイツはカンパニーに始末されるだけだ。それなら無駄死にさせるよりいいと思っただけ」


 フッと笑うと濃い紫煙が窓の外に飛んでいく。


「彼、どうしましょうか……。救出した人達のように機関に身柄を引き渡すわけにはいきませんし」

「オズの家に置いておくのが一番だろ」

「絶ッ対に嫌だ」


 顔も割れて、ヘマをしたガロはカンパニーに追われる身になる。面倒事になるのは目に見えていた。

それに、ガロが何をするか分からない手前サルモネの近くに置いては置けないのだ。


「確かに、それが一番波風が立たないと思います」

「警団に身柄を引き渡すのが一番だと思うんだけど」

「ガロ、捕まるんですか? 」

「捕まる……どころじゃすみませんね。貴族暗殺にも関与している可能性があるからには極刑は免れないかと」


 極刑。その言葉にサルモネは震えた。


「カンパニーも顔の割れた彼一人に罪を擦り付けるつもりでしょうから」

「酷い……」

「コイツがやってる事も相当酷いけどね」


 サルモネはガロの顔を見下ろすとくしゃりと顔をひしゃげた。このまま見捨てたら、後悔する気がする。サルモネはキュッと唇を結ぶと、着崩されたシャツから覗く肌に黒い何かを見つけた。


「……これ、なんでしょう」


 白いシャツをはだけさせると黒い烙印が鎖骨より少し下に刻まれていた。


「……これは! 」

「それは、奴隷の焼印だ」

「奴隷?! 」


 皮膚の変色部分がキツネの顔の輪郭を象ったマークを表していた。



 





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