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9 結婚の約束


 アレスは夜空を滑るように進んで行く。気持ちのいい風に吹かれながら、やっぱり私は夢を見ているのではないか、とアイナは不安に思っていた。あまりにも幸せ過ぎて不安になる夢。


「アイナの匂いがする」


 ふいにレイが後ろから両腕を回し、背中に覆い被さるようにもたれて頬を近づけてきた。アイナの身体はレイの腕の中にすっぽりと収まっている。

 

「懐かしい匂いだ」


 身体ごと密着されて後ろから頬ずりされ、アイナの胸の鼓動が一段と早くなった。顔だって、燃えるように熱い。これが夢ならきっと、寝ている間に心臓が止まってしまうだろう。


(何か……何か喋って気を紛らわせないと)


「……ハク、アルトゥーラはだいぶ活気が戻ってるのよね?」


「ああ。ようやく体制も整ったし、周りに信頼できる者も揃った。アレスが頑張ってくれているから天候も落ち着いている。今はすべて上手く回り始めたところだ」


「良かった。もう大丈夫ね」


「……そうなんだ。だからやっと、私も自分のことを考えられるようになった」


「そういえば、ハク。話って……何?」


「待って、アイナ。そろそろ下に降りよう」


 眼下に小高い丘が現れ、アレスはスピードを緩やかにしてそっと降り立った。

 レイはアイナを抱き上げてアレスから降りると、丘の一番高いところまで運んでからそっと下ろした。そして二人は横に並んで、星の瞬く空と同じく星のように光る家々の灯りを眺めた。その灯りにはそれぞれ温かな家族が住んでいることだろう。


「綺麗……丘の上からだとペスカの町が見渡せるのね」


「ここは、昼間は観光客が景色を見にやってくる、ペスカの名所なんだ」


「そうなのね。私たちは観光地なんて回らないから……ハクは、そのこと知ってるよね」


「ああ。公演が終わればすぐに次の町へ。ゆっくり滞在することなんてなかったな」


 レイは懐かしそうに目を細めた。


「この四年の間、夜になるとアイナとの暮らしを思い出していたんだ。犬の姿で自由に走り回って、いろんな国を旅して、たくさんの温かい人に囲まれて。そしてアイナといつも一緒にいたことを」


「私も、ハクと過ごした楽しかった頃をいつも思い出しているわ。子供らしくじゃれあって、いろんな話をして……。大人になってしまった今はもう、あの頃には戻れないとわかっているけれど」


「大人になって寂しいこともある。でも、新たに喜びが始まることもあるんだ。……アイナ」


 レイはアイナの手を取り、二人は向き合う形になった。


「アイナの温もりがないと上手く眠れないんだ。毎晩、ベッドに入るとアイナのことばかり考えている。だからお願いだ。私と一緒に、アルトゥーラに来てくれないか」


「えっ……アルトゥーラに?」


「そう。私は、アイナが好きだ。アイナと一生、寄り添い合って眠りたい。だから、私と結婚して欲しい」


 そう言うとレイは目の前にスッとひざまづいた。


「アルトゥーラ王ロスラーン・レイ・アシュランは、貴女だけを生涯愛することを誓います。どうか、私の妃になって下さい」


 手の甲に口づけをしてじっと見つめるレイ。レイを見つめるアイナの薄緑の目から涙が溢れてきた。

 毎日毎晩、忘れたことはなかった。もう一度会いたくて、でも叶わぬことだと諦めていた。こうして再会できただけでも幸せなのに、まさかプロポーズされるなんて。夢見た以上の喜びに胸が震える。

 けれど、嬉しい反面、冷静に考える自分もいた。だって、あまりにも住む世界が違うのだから。王様と平民。しかも故郷を持たない旅の一座の踊り子の自分。


「私とハクでは……身分が違い過ぎるわ」


 即答できず、ようやく言葉を絞り出すアイナ。だがレイはきっぱりと告げる。


「身分なんか関係ない。私の妃を選ぶのに、誰にも文句など言わせない」

 

 いつのまにか人型に戻って側で見ていたアレスも、優しく微笑んで言葉を添えた。


「そうですよ、アイナ様。陛下が心から愛する方と結婚なさるのが我々アルトゥーラ国民の望みなのです」


「……本当に私でいいの?」


「アイナがいいんだ。アイナは、私じゃダメか?」

 

 アイナはポロポロと涙を零しながら、ダメじゃないわ、と呟いた。


「ハク……私も、ずっと眠れない夜を過ごしてきたの。背中にハクの温もりがないとだめなの。もしも本当に私なんかがハクの側にいてもいいのなら……私もハクと一緒にいたい。私もハクが好き」


「……本当に? アイナ」


 レイはサッと立ち上がり、アイナを力強く抱き締めた。


「ありがとう。大好きだ、アイナ。もう離れない」


「私も大好きよ、ハク……」


 アイナは嬉しくて幸せで、それ以上の言葉が出てこなかった。するとレイは抱き締めたアイナの背中や腰を軽く触って、おどけた調子で言う。


「ん? アイナ、一緒に風呂に入っていた頃より随分女らしくなったな」


「やっ……やだ、ハクの馬鹿!」


 真っ赤になって胸を叩いてくるアイナを笑いながら抱きしめたレイは、ふと真面目な顔に戻ると黙ってアイナを見つめた。二人の視線が絡み合い、そっとレイの顔が近づいてくる。甘い予感にアイナはそっと目を閉じる。そして二人は初めてのキスを交わした。ぎこちなく、軽く触れるだけの優しいキス。

 ゆっくりと顔を離しアイナが喜びに潤んだ瞳で見上げると、レイは微笑んだ。美しいその唇がさっきまで自分の唇に重なっていたのだと考えると、アイナの頬はますます熱を帯びていく。夜で良かった、と思った。だって、みっともないくらい真っ赤になっているだろうから。


「人間に戻って初めてのキスだな」


「ふふっ、そうね……。ハクが犬だった時は毎日のようにしていたのに」

 

 二人は微笑み合って、もう一度口づけた。軽く、啄むようなキスを重ね、やがて強く求め合うキスへと変わっていく。四年の月日を埋めるように唇を重ね、二人は幸せを噛み締めていた。

 やがて、そっと離れたレイが嬉しそうに言った。


「じゃあアイナ、これからアルトゥーラへ行こう」


「えっ? 今から?」


「もちろん。善は急げだ」


「でも、父さんや母さんに説明しなくちゃ……」


「大丈夫。そのために、うちの有能な側近を連れてきたんだ。私がプロポーズしている間に、父上・母上に話を通してくれる手筈になっている」


「みんな、理解してくれるかしら。アルトゥーラの王様が、うちで飼ってた犬のハクだってこと」


 レイはみんなの驚きを想像したのか、楽しそうに笑った。

 

「大丈夫、ダグラスに任せておけば問題ない。さあ、ご両親に結婚の挨拶を済ませてアルトゥーラに戻るぞ。アレス!」


「はい、陛下」


 アレスは再び龍の姿に戻り、二人を乗せて宿に向かって星空の中を飛んで行った。




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