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7 花の髪飾り


 トーヤ一座がペスカに滞在して十日が経った。公演は無事終了し、明日には次の町へ向けてまた馬車の旅が始まる。

 アイナはいつものように衣装や小道具の片付けをしながら、行商人の男が来るかどうかをソワソワして待っていた。


(ハクはその後どうなったんだろう。無事に王都に入れたのかな。話の続きが知りたい)


 後ろからふらりと現れた剣舞リーダーのカイが、アイナに声を掛けてきた。

 

「アイナ、剣舞に加わりたいんだって?」


「あ、うん、そうなの。難しいから今までやっていなかったんだけど、そろそろチャレンジしようと思って」


「わかった。じゃあ片付けが終わったらおいで。サナに少し教えてもらうといい」


「わかった。ありがとう、カイ」


 カイはニコっと笑うとテントの片付けに戻って行った。サナは剣舞の女性チームのリーダーで、今はカイと結婚して育児休暇中だ。でもそろそろ復帰しようとしているから、アイナを教えるのはいい練習になると思ったのだろう。

 

 昔のアイナなら、憧れのカイに笑いかけられたなら天にも上る気持ちで舞い上がってしまうところだが、今は何も感じない。まったくの平常心だ。


(もう、失恋を引きずってはいないわ。大丈夫。その代わり……また報われない人を好きになってしまったけど)

 

 あの夜のことは大切な思い出として心にしまっておこう。二度と会えないことを嘆くより、今の自分にできることを一つずつ増やしていき、いずれは一座を代表する立派な踊り子になる。もしかしたらその評判がハクの耳に入るかも。それを目標にして毎日を頑張っていくつもりだ。


「あ、来た」


 行商人が大きな荷物を背負って中庭に入って来るのが見えたので、アイナは片付けの手を止めて急いで走り寄って行った。


「おじさん!」


「おお、アイナちゃん、こんにちは。エマさんはいるかね?」


「ええ、すぐに呼んでくるわ。そしたら、こないだの続き、教えてちょうだい」


「こないだ? 何だったっけな。ああ、そうか、アルトゥーラの話か」


「そう。王子様が無事王都に入れたかどうか」


「わかったわかった。じゃあここに商品を広げておくからね。エマさんを呼んできておくれ」


 裏で洗濯物を取り込んでいたエマをアイナは急いで呼びに行った。そしてほらほら、とエマの背中を押して行商人のところへ連れて行く。


「どうしたのよアイナ。何をそんなに急いでるの」


「いいから早く早く」


「変な子ねえ」


 広げられた旅の間の食糧や馬車の部品などの品々をエマがじっくり見ている間に、行商人はアルトゥーラの話をしてくれた。


「王子様は無事に王都に入ってね、王様になったってさ」


「ほんと⁉︎」


「ああ。死人をまったく出さずに政権を取り戻したんだってさ。そりゃあ、龍に乗って天候も操るような人なんだし、そもそもが王になるべきお方だったんだものなあ」


「よかったあ……。アルトゥーラは、これで元通りになるかな?」


「うーん、まだ、雨がどんどん降って作物が採れるようになるまでは元通りとはいかんだろうなあ。でも元々豊かな土地だったんだ。数年で回復するだろ」


「悪い人達は捕まった?」


「ああ、悪い将軍は捕まってすぐに裁判で裁かれてね。家族もろとも国外追放が決まったってよ。軍も解体されて新たに作り直すんだとさ。

 アルトゥーラの国民は大変だが希望に満ちているらしいよ。これからは必ず暮らしが良くなるってね。

 ワシが知ってるのはこれくらいだよ、アイナちゃん」


「ううん、充分よ。ありがとう、おじさん」


(良かった、全て上手くいってるみたい。ハクは無事に王様になれたのね)


 アイナは機嫌良く戻って手早く片付けを終えると、剣舞の練習のためにサナのところへ向かった。






「ああ、疲れた」


 アイナはどっと寝床に倒れ込んだ。みんなはいつもの打ち上げを始めているけれど、疲れ果てて食欲もないので先に休むと言って部屋に戻ったのだ。


「剣舞ってホント難しいなあ。ちゃんとできるようになるのかしら」


 サナは、初めてにしては筋がいいと褒めてくれた。これなら三か月頑張れば公演に出られるようになるし、いずれはリーダーになれるだろう、と。


(今まで父さん母さんの一座だからって甘えて過ごしてきたから、これからはちゃんと芸を磨いていかなくちゃ。私の力でお客さんを呼べるくらいに)


 一座が評判になれば、いつかまたアルトゥーラの祭りに呼ばれることがあるかもしれない。そうしたら、ハクの姿を遠くからでも見ることができるだろう。


(すっかり違う世界の人になっちゃったもんね、ハク……。王様と旅芸人一座の踊り子だもの。身分が違い過ぎて、きっともう、直接会うことはできないんだろうな)


 アイナは枕元に置いてある花の髪飾りを手に取ってじっと見つめた。


(あの日のことは夢かもしれないって時々思う。犬のハクが王子様に変身するなんてね……だけど、あの時のハクの笑顔、月明かりの下できらめく銀の髪、青い瞳……全部覚えてる。一生、忘れたりしない。もう二度と会えなくてもこの髪飾りがある限り、ハクとの思い出は現実のものだったって感じられる。ずっとずっと、大切に持っていよう)


 アイナは髪飾りを布にくるんで大事に箱に収め、布団に潜り込んだ。ハクの温もりのない冷たいベッドには、まだ慣れることができていない。


(ハクがいたら、すぐに安心して眠ることができていたのに。一人のベッドは落ち着かないな……)


 荷物の片付けや剣舞の練習をして身体を一日中動かしたのでひどく疲れていた。普通ならすぐに夢の中なのだが、ハクの不在が未だに胸をざわつかせ、なかなか眠ることができない。


(夜になると……布団に入るとハクがいないことを思い出してしまうから。夜なんてこなければいいのに)

 

 何度も何度も寝返りをうち、ため息をつきながら、時間をかけてようやく眠りに落ちていくアイナだった。




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