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5 王たる所以


 エマーソンは、龍の上に立つ者が王子であると一目で確信した。身体の弱いゼン王の側で彼を支えるように立っていた王子。まだ幼い顔立ちだったあの少年が、面影を残したまま逞しい青年へと成長を遂げていた。


 魔力を持つ者ならば分かる。相手の魔力がどのくらいであるのかを。これまでの人生で、エマーソンは相手に脅威を感じたことはなかった。いつも、恐れを抱かせる側だったのだ。


 だがしかし、この青年の持つ魔力はエマーソンが今までに感じたことの無いものであった。推し測ることが出来ない程に、強大。まさに、王が王たる所以(ゆえん)であった。


(ここまでとは……。ゼン王とは全く違うではないか! これが、王族の力だというのか……?)


 エマーソンは膝から力が抜けていくような感覚を必死で(こら)えていた。違う、こんなはずではなかった。このような屈辱を味わうのは、王子のほうだったはずなのに。


「――エマーソン」


 レイに名を呼ばれ、魔力の大きさゆえの威圧感に(こうべ)を垂れてしまいそうな自分を恥じ、ギリリと唇を噛んで耐えた。


「父を殺した黒幕はお前だな」


 認めるわけにはいかない。認めた瞬間、殺されるだろう。それならば、こちらから。


「おのれ……龍さえ我が手にすればいいのだ。お前を殺し、龍を奪い取る……! 弓隊! こいつに矢を浴びせろ!」


 中庭に控えていた兵士達に大声で命じた。そして、腰に差していた剣を抜くとあらん限りの魔力を込め、レイの心臓目掛けて投げつけた。

 いつもなら、エマーソンの強い魔力のこもった剣は真っ直ぐに心臓へ向かって行く。相手が払い除けようとも、決して外すことは無い。心臓を貫くまで追い続けるのだ。


 だが、その目論見はあっさりと崩れ去った。レイの周りにさっと水幕が現れ、渦を巻いて彼の身を守ったからである。エマーソンの投げた剣も兵士の矢も、水に阻まれ地面に向かって滑り落ちていった。

 レイが両手を交差してからバッと左右に広げると、全ての指の先から水弾が中庭にいる兵士に降り注いだ。弓は破壊され、兵士は屋根のある場所へと散り散りに逃げて行った。


 それを見届けたレイはエマーソンに氷のように鋭い視線を向け、何かを詠唱した。すると水刃が飛びエマーソンの服を切り裂いた。


「ぐわぁっ」


 風と共に鋭い刃に襲い掛かられた。腕で防御したため顔は無事だったが、腕も足も胸も、何ヵ所にもわたって切り裂かれている。その威力は絶妙に調整されており、服はスパッと裂けているが身体は表面の皮膚だけ。出血が多い割には致命傷とはならないものであった。


「まだ認めないのか」


(くそっ、小僧にいたぶられている……!)


 身体のあちこちから血を流したエマーソンはその質問には答えず、懐から短剣を取り出すと素早く詠唱して魔力を込め、レイに向けて放った。


(どうせ防がれるとしても、少しでも時間を稼ぐ……!)

 

 そしてすぐさま後ろを向いて部屋から逃げ出そうとした。厩舎まで行けば、自分の魔力を与えた馬がいる。普通の馬の倍は早く走る、自慢の愛馬だ。


(とにかく厩舎まで辿り着く……! そして、周辺に配置した軍と合流するのだ)


 レイはため息をつくと再び水幕を出し、飛んできた短剣を呆気なく地面に落とした。そして水球を放ち、逃げるエマーソンの背後から頭をすっぽりと水で覆った。


(何だこれは……! 苦しい!……息が出来ない!)


 言葉通り、水の球に頭を包まれた状態のエマーソン。呼吸ができず思わず口を開けてしまい、ゴボゴボと水が口の中に入ってくる。余りの苦しさに喉を掻きむしるが、水はどうやっても頭から離れてはくれなかった。


「父を殺したのは、お前だな」


 再び問われ、すでに苦しさの余り気が遠くなりかけていたエマーソンは大きく頷いた。


 すると水球はパチリと弾け、水はザバァと音を立てて流れ落ちた。エマーソンはびしょ濡れの顔で膝をつき、四つん這いになってゴボッと水を吐くとハアッ、ハアッと肩で大きく息をした。


(あまりにも……あまりにも違い過ぎる……龍を使役し水を操るとはここまですごいことなのか……もはや人間ではない……)


 エマーソンは四つん這いのまま顔を上げて、呆けたようにレイを見つめていた。


「もう闘う意志は無いようだな……ファルー」


「は、はいーーっ!」


 急に名前を呼ばれ、身体中から汗を噴き出しながらファルーは返事をした。


「エマーソンを捕らえよ」


 ファルーはチラッとエマーソンを見た。だがエマーソンはファルーをいつものように睨んだり怒鳴り散らしたりすることはなく、ただただ濡れた顔面を蒼白にして震えるのみであった。

 ならば今のうちにと、ファルーはエマーソンに手錠を掛けた。それでもなお、エマーソンは何も言うことができずに震えていた。


(エマーソン様の魔力は国で一番だと思っていたのに、何も反撃できなかった。王族の魔力は恐ろし過ぎる。水責めなどされたらひとたまりもない)


 ファルーは水を操る王子に心底恐れを抱いた。そして、エマーソンに腰巾着のようにぶら下がっていた自分の今後がどのようなものになるのかを考えただけで恐ろしく、汗を拭くのも忘れてエマーソンの側に立ち尽くしていた。


 レイは、さてエマーソンを投獄するのにファルーでは心許ないと思案していたが、懐かしい顔が部屋に入ってきたのを見つけて顔を綻ばせた。


「ダグラス!」


 急いでアレスと共にバルコニーに降り立ったレイは、黒髪の青年将校と固く抱擁し合った。


「レイ! 無事で良かった!」


 黒髪の青年ダグラス・カートはレイと同い年の幼馴染みであり親友であった。幼い頃から共に遊び共に学び、あの事件が起こるまでは常に側にいたのだ。

 二人はお互いの無事と再会を一瞬だけ喜び合ったが、すぐにエマーソンに顔を向けた。

 ダグラスはエマーソンに手錠だけでなく腰と首にも鎖を掛け、詠唱もできないよう猿ぐつわも噛ませると、屈強な兵士五人に牢獄へ連れて行くよう命じた。


「私が付いて行きましょう。私ならば彼が魔術を使ったとしても対応できますから」


「そうだな。頼む、アレス。万が一にもまだ逃げるつもりがあるかもしれん」


 頷くと、アレスは兵士と共にエマーソンを牢獄へと連れて行った。その姿を見送ったあと、ダグラスはレイの肩をバシンと叩き、その力強さにレイは思わずよろめいてしまった。


「まったく、今までどこ行ってたんだ! 心配したんだぞ」


「すまん、心配かけた。話せば長いんだが……私はずっと、犬になっていたんだ」

 

 するとダグラスの片眉がギュッと上がった。


(……あ。完全に、不審がられている。まずい)


「違うんだダグ、冗談言ってるんじゃない、本当のことなんだ」


「本当に本当か? 冗談だったら承知しないぞ」


「本当だって。だから追手にも見つからなかったんだから」


「……まあいい。後で聞こう。それにしてもお前が無事で本当に良かった」

 

 ダグラスは上げていた片眉を下げ柔らかい表情になると、もう一度レイを抱擁した。


「ダグラス……心配してくれてありがとう」


 二人の背丈はほぼ変わらない。五年前、競うように背比べをしていたあの日々から、同じように成長していた。また一瞬、少年に戻って照れ臭そうに笑った二人だが、すぐに顔を引き締め、今後の話を始めた。


「エマーソンのせいで国はガタガタだ。早く立て直したい。そのためにもまずはお前の戴冠式だ。早く正式な王になってもらわなければ」


「そうだな。王にならなきゃ何の権限もない」


「そうだ。だから早く王位継承してもらいたい。ところで、たった十日ほどでよくアルトゥーラ全土を味方につけたな。しかも一滴の血も流さず」


「皆、私が戻ったことを喜んでくれていたからな。各領主たちも誰も抵抗することなく、喜んで領内に入れてくれたよ。だからもう、一気に王宮まで行ってしまおうと思ったんだ」

「エマーソンも準備をする()が無かっただろう。それにしても奴め、だいぶショックを受けていたな」


 クックッとダグラスは思い出し笑いをした。


「王族の魔力の凄さを知らなかったなんて、可哀想に。私は幼い頃から親に教えられて理解していたが」


(龍を持つ王族と貴族とでは絶望する程の力の差がある、と言い聞かされていた。私も自分に魔力が発現した今なら実感できる。レイの魔力はとてつもない)


 二人が話している間に、部屋にも中庭にもたくさんの人が集まっていた。彼らに向かってダグラスは声を張り上げた。


「皆、よく聞いてくれ! 正統な王位継承者であるロスラーン・レイ殿下がご帰還なされた!  これからはレイ殿下がここアルトゥーラ王宮の主人である!」


 兵士も使用人も声を上げ笑顔になり、拍手喝采で喜んでいた。エマーソンの味方など最初から誰もいなかったようだ。


「ダグラス、元の閣僚たちはどうなった? 無事なのか?」


「皆、エマーソンによって投獄された。貴族たちも爵位を剥奪され財産を取り上げられたよ」


「何⁉︎ じゃあダグラスの父上も……」


「ああ、今牢獄の中だ」


「……よしわかった。早く戴冠して不当に投獄された者たちの釈放と名誉回復を図るぞ。ところでダグラス、お前は今何をしているんだ?」


「私は十六から軍に入った。軍内部の規律の乱れは酷いものだったよ。これも立て直し必須だ」


「やることは山積しているな。よし、まずは戴冠式だ。神官を呼べ」


「今からやるつもりか?」


「もちろんだ。少しでも早いほうがいい」


「しかし、何の準備もしていないぞ。他国の首脳も呼べないし」


「準備も、他国の祝いもいらんだろう、私とアレスさえいれば。とにかく王位を継承するのが先だ。落ち着いたら挨拶状でも出せばいい」


「わかった」


 ダグラスはすぐに神官に知らせるため駆け出した。この五年、国が衰退していくのを目の当たりにしていたダグラスは、自分の無力さを情けなく思い、いつかエマーソンに対抗できるようにと魔術と武力の鍛錬を続ける毎日だった。そこにレイが戻ってきて、見事に奴を倒してくれた。正しい心と圧倒的な魔力を持ち、行動力もあるレイが。


(これからは若者が国を動かしていく。なぜなら我々が戴く王は若く、大いなる力があるのだ。今後は、一気に国をいい方向に変えていけそうだな)


 改革の理想に燃えた若者は、ここにもいた。


 




 

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