番外編 父親が悪役だった令嬢の場合
私の好きな方が婚約なさいました。
アルトゥーラ王国のロスラーン・レイ殿下。いえ、今は王になられたので陛下とお呼びしなくてはなりませんね。
ですが、私のなかでは未だにあの方は王子のまま。
ですから、ここでは殿下と呼ばせていただきますわ。
私は、アルトゥーラ王国の軍を統率する大将軍、ジスラン・エマーソンの娘、シルビア。
父はいつも私にこう言っていました。
「お前はレイ殿下の婚約者に選ばれねばならんぞ。殿下に気に入られるよう、どんな時も気を抜かぬように」
父に伴われて初めて王宮へ参上した時、私は八歳でした。
二つ歳上のレイ殿下に謁見の間でお目にかかった瞬間、私はこの方こそ運命の人だと確信しました。
なぜなら、殿下は私がいつも思い描いていた理想の結婚相手そのものだったからです。
王族特有の美しき銀色の髪。吸い込まれそうに大きな青い瞳。肌は透き通るように白く、頬は白桃のように可愛らしいピンク色でした。
この方の妃になりたい。それが、私の一番の望みとなりました。
幸い、私の父は国で一、ニを争う権力者。家柄も年齢も相応しい私は、このままいけば確実に殿下の婚約者に選ばれることでしょう。
私は将来の王妃として恥ずかしくない教養を身につけるべく、日々精進してまいりました。
またその一方で、殿下に近づく令嬢がいようものなら全力で排除いたしました。
もちろん、私が手を下さなくとも、私の取り巻きや父の部下が手を尽くしてライバルを排除してくれましたので、私の手を汚すことは一切ありませんでしたわ。
殿下が十五歳になれば、婚約者選びが行われます。それまで、私は気を抜かずこの生活を続けていくつもりでした。
それなのに。
殿下が十三歳、私が十一歳の時でした。あろうことか、我が父がクーデターを起こし、王を弑してしまったのです。
何ということ。私は婚約者になるどころか、殿下の父君を殺した男の娘になってしまいました。
そして父たちは、殿下にも刃を向けたとか。殿下はそのまま行方知れずになり、生死もわからぬ状態です。
私は泣きました。幾日も幾日も。
私は恨みました。私の婚約者を奪った父を。
軍事政権を興した父は周りの国々から認められず、アルトゥーラは孤立してしまいました。そのため、父は私に結婚を命じました。クーデターから五年後のことです。
相手はベローナ王国の王。王妃を亡くし、再婚を希望されているとのことでした。
私は全力で拒否いたしました。だって、ベローナ王はもう六十歳を過ぎているのです。十六歳になったばかりの私にはあまりにもむごい仕打ちだと思いませんか。
しかし、私の意見など父に届くはずもありませんでした。所詮、父にとって私は手駒に過ぎないのです。
婚礼が来月に迫ってきた時、突然あの方が戻ってこられました。
魔力を発現させ、蒼龍を操り、美しい青年に成長なさった殿下が、アルトゥーラに戻ってきたという噂が、地方から聞こえてきたのです。
私は嬉しくて泣きました。殿下が戻れば私とベローナ王との婚姻の約束は反故になることでしょう。そして私は殿下の妻となり、王妃になるのです。
ところが、現実はそうではありませんでした。
父は殿下によって捕らえられ、裁判後に国外追放となりました。家族である私ももちろん一緒に。
一目、殿下にお会いしたいという私の願いは叶うことはありませんでした。
お会いさえすれば、殿下は私のことを思い出して下さるはずなのに。きっと私を救い出して下さるはずなのに。
あれから四年、アルトゥーラから遠い遠い国で、狭い家に軟禁されて私たち一家は過ごしています。
死罪にされなかっただけ有難いと思え、と人々は言います。
でも、殿下にお会いできないまま一生をここで過ごすなんて耐えられない。
そのうえ、殿下が婚約なさったという知らせを聞くことになるなんて。しかも、相手が卑しい平民だなんて。
私は、こんな運命に私を追いやった父を許すことが出来ません。
何もすることの無い父は近頃めっきり老け込み、いつも暖炉の前に置いてある肘掛け椅子でうつらうつら眠っています。
この男さえいなければ、私はまた殿下と幸せになれる。
私は重たい花瓶を持ち上げ、眠っている父の後ろから近づき、思い切り振り下ろしました――
「エマーソン将軍、いや元将軍ですね。彼が、軟禁中に殺されました」
アルトゥーラ王宮の執務室で、ダグラスはレイに報告した。
「娘のシルビアに鈍器で殴られたとのことです」
「シルビアか……。激しい気性の女性だったな」
「はい。彼女は囚人用の病院に収容されました。妄言を叫んでは暴れているようです」
「本人はバレていないと思っていたようだが、多くの令嬢たちを虐めたり脅したりしていた人物だ。国外にいてくれて良かったよ。国内にいたらアイナにも危害を加えていただろう」
「はい。心を入れ替えていたら家族だけでも帰国させてやってもいい、と陛下はおっしゃっていましたが、無理なようですね」
「そうだな。できたとしても遠い先の話になるだろう」
その後、シルビアは二度とアルトゥーラの地に戻ることは無かったという。