43 相談
アイナにとってアルトゥーラで二度目の雪の月がやってきた。シンは四ヶ月になり、首がすわって抱っこがしやすくなった。
「シン、ほーら、いないいないばあー」
「キャッキャ」
「アイナ、ほら笑ったぞ」
「シンはお父様がだいしゅきねえ。いつもあそんでくれるからでしゅよねえ」
「アイナ、赤ちゃん言葉になってるぞ」
レイがからかうように言った。
「だって、こんなに小さくて可愛い子に、大人用の言葉なんて使えないわ。どうしてもこんなふうになっちゃうの」
「そうだな、実は私もだ。誰もいない時はこっそり赤ちゃん言葉で話し掛けてるんだ」
「いいわよね、今だけだもの」
すっかり親バカになっている二人である。そこへ、コウとアレスがやって来た。
「シン殿下、コウが来ましたよー」
コウがおどけてシンに近寄っていくと、シンがべそをかき始めた。
「ふえ……」
「わあ、ごめんなさい。泣かせるつもりはなかったの」
コウが慌てて謝った。
「大丈夫よ、コウ。ちょうど授乳の時間だから泣いちゃったのよ。ちょっと、向こうであげてくるわね」
「ああ、良かったあ、焦っちゃった」
アイナが出て行くと、アレスとコウは真面目な顔になってレイに向かい合った。
「陛下、ご相談があります」
「うん? どうしたんだ、あらたまって」
「はい、実は……。アイナ様に、コウと血の契約を結んでいただけないか、というご相談なのです」
「血の契約というと、私と……いやガイアス王とアレスが結んだ契約か」
「はい。コウはアイナ様お一人との契約なので、いつかは出て行かなければなりません。しかしアイナ様の血筋に繋がる者との契約となれば、ずっとここにいることができるのです」
「陛下、私、アレスとずっと一緒にいたいんです。お願いします」
二人は頭を下げ、レイの言葉を待った。
「こら二人とも、頭なんか下げなくていい。私はもちろん賛成だ。きっとアイナだって同じだろう。ただ、どうやって血の契約を結んだらいいのかわからないんだが」
「大丈夫です。私が契約の文言を覚えております」
「それと、アイナの身体に影響はないのか?」
「かなりの魔力を使わせてしまうことにはなります。だから、お身体の調子が良いことに加えて公務の日程が空いている時でないと難しいと思います」
「この契約が成ったら、シンはアレスとコウ、二人の龍を持つことになるんだな」
「はい。私たち二人、力を合わせてシン様をお守りいたします」
「ありがとう、アレス、コウ。私からもお願いする」
「ありがとうございます、陛下」
アイナは授乳を終え、すっかり満足して眠り始めたシンをベッドに寝かせてから三人のところへやって来た。
「寝ちゃったわ。最近は夜もたっぷり寝てくれるし、だいぶ楽になったの」
「ちょうど良かった。アイナ、話があるんだ」
「なあに? レイ」
レイはさっきの話をアイナに話して聞かせた。
「コウ、やっぱりアレスのこと好きになったのね」
アイナがにっこり笑ってコウのわき腹をつつく。
「えへ」
つつかれたコウは真っ赤になって照れた。
「アレス、コウ。私、契約をするわ。あなたたちがいつまでもこの王宮にいてくれたら、どんなに嬉しいか。シンにとっても、きっと心強いことでしょう」
「ありがとう、アイナ!」
コウはアイナに抱きついた。
「いつ頃契約を結ぶことにしようか。アイナの体調が一番だ。公務は、まだあと半年は入れていないから」
「そうね、シンへの授乳が少なくなってくる頃がいいかしら。授乳は結構体力がいるのよ。だから……蝶の月くらいでどう?」
「あと三ヶ月か。うん、気候も暖かくなるしいいだろう。アレス、コウ、それでいいか?」
「はい、陛下、アイナ様。ありがとうございます」
二人の龍は幸せそうに見つめ合った。
子供の成長は早い。蝶の月になるとシンは寝返り、お座りをマスターし、腕の力で進む『ずり這い』も始めた。
「ハイハイし始めたら、執務机まで邪魔しに行っちゃうかもしれないわ」
執務室奥のアイナ用スペースは、すっかり育児用の場所に変わった。
レイは仕事の合間にはシンの所へ来て、あれこれ世話を焼いた。
「こんな可愛い時期を見逃すなんてもったいない」
そう言って、国外への訪問はシンが一緒に移動できる歳になるまで延期するほどであった。
シンは近頃離乳食を食べるようになり、授乳は少なくなってきた。アイナの体力も回復してきているので、そろそろコウとの契約をすることになった。
「アレス、どんな文言を言えばいいのかしら」
「はい、実は、ガイアス王時代からさらに遡る、古代の言葉での契約なのです。今の言葉とは全く違っていて、まさに呪文のようなものですから、丸暗記していただけたらと思います」
そう言ってアレスはその文言を書いた紙をアイナに渡した。
「ウン サイデス アル レーニャ…………うっ、これはなかなか難しいわね。すごく長いし。でもこうやって書き起こしてくれているから覚えやすいわ。来週までには覚えておくわね」
「ありがとうございます」
「では来週だな。アレス、場所はどこでもいいのか?」
「できましたら、アイナ様とコウが契約を結んだラムダスの森で行うのが良いと思います」
「そうか。じゃあシンも連れて、ピクニックがてら行くことにしよう。カート中尉も一緒に行ってくれ」
「はい、陛下」
エレンが恥ずかしそうに返事をした。ダグラスと結婚してカート姓に変わったエレンを、レイはわざとこう呼んでいるのだ。
「もう、レイったらいつまでエレンをからかってるの。結婚してからもう二週間も経ったわよ」
「ははっ、すまん。エレンがいつまでも顔を赤くするからつい」
「レイはダグラスが側にいないから寂しいのよね。中佐になって忙しくなったから」
「う……まあな。口うるさいけど、いないと物足りないんだ」
「陛下のお気持ち、家で報告しておきます」
「あっ、エレン! 言わないでくれ! あいつのニヤリとした顔が目に浮かぶ」
レイが必死になっているのが可笑しくて、皆が笑った。