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42 祝福


「まだなのか?もう五時間も経ってるぞ」


「まだまだですよ。まだ産まれませんから、お仕事を先にお済ませ下さいませ」





 清水の月が終わろうという朝、アイナに出産の兆候があった。

 マーサや侍医が駆け付け、早速準備していた出産用の部屋に移された。


 レイも一緒に入ろうとしたのだが、ダグラスに止められた。


「陛下。今日は午前中アルテミラ国の大使との謁見がございます。午後からも地方領主との会議があり、この二つだけは外せません」


「何を言う。その間に子供が産まれてしまったら、その瞬間に立ち会えないじゃないか」


「侍医によると、初めてのお産は時間がかかるもの。先に仕事を終わらせても支障ないでしょう。もしもお産が早く進行するようならマーサから知らせが入ります」


「う……わかった。じゃあさっさと終わらせよう」


 こうして、午前の謁見は粛々とこなしたが昼になってもまだ産まれそうになかった。それでマーサと冒頭の会話を交わしていたのである。


「アイナ、大丈夫か? 苦しくないか」


「陣痛の時は痛いけど、合間は痛くないのよ。まだちょっと間隔が空いているので産まれるのはまだ先ね」


「会議が終わったらまた来るから、それまで頑張るんだぞ。応援してるから」


「わかったわ、ありがとうレイ。……あっ、イタタ……また来たわ」


「ア、アイナ! 痛いのか⁉︎」


 うろたえるレイにマーサは平然として背中を押した。


「陛下、私がついておりますから大丈夫です。アイナ様の腰をさすって差し上げますのでちょっとどいて下さいませ」


 追い出されてしょんぼりしているレイにダグラスが追い討ちをかける。


「陛下、会議の時間です」


「……わかった、今行く。コウ、絶対すぐに知らせてくれよ」

「もちろん、風になってすぐ飛んで行くから安心して」



 会議はいろいろと活発な意見が出され、三時間ほどかかった。その間、コウが呼びに来ることはなかったので、終わるとすぐにレイはアイナの元に走った。


「マーサ! どうなってる」


「少し時間がかかっておりますね。早い人ならもう産まれる頃ですが、何せ初めてのお産ですから。もう少しかかるかもしれません」


 兆候が現れてからもう十時間を超えている。レイは心配のあまり廊下をウロウロとするばかりであった。

 




 そして真夜中、星の月へと日付が変わる頃、レイはマーサに呼ばれた。


「陛下、そろそろお産が進みます。お手を握って励ましてあげて下さい」


 中に入ると苦しげなアイナの姿が見えた。


「アイナ!」


 アイナの手を取ると、ものすごい力で握り返してきた。


「んっ……!」


 アイナの苦しそうな声が漏れる。


(アイナ、頑張れ。我が子よ、無事に産まれてこい……! 母上、どうかアイナと赤ん坊をお守り下さい!)


 いよいよという頃、アイナの大きな叫びが響いた。そして。


「ほやぁ、ほやぁ……」


 儚げな泣き声が聞こえてきた。アイナの手から力が抜ける。レイは生まれたばかりの我が子を、なんて尊いのだろうと見つめていた。アイナが必死に頑張っただけではなく、きっとこの子も生まれてくるために精一杯頑張ったのだ。


「おめでとうございます! 王子殿下、ご誕生でございます!」


 侍医が涙声で話し、マーサも喜びの声を上げた。

 

「無事に産まれたの……?」


 グッタリとしながらも輝いた瞳でレイに尋ねるアイナ。

 

「ああ、そうだ、アイナ。可愛らしい男の子だ。アイナに似たグリーンの瞳だぞ。ありがとう。長い時間よく頑張ってくれた……」


 レイはいつの間にか泣いていた。涙で顔をくしゃくしゃにしながらアイナの顔をそっと撫でた。


「アイナ様、元気な王子様ですよ」


 マーサが赤ちゃんを布でくるみ、アイナの胸にそっと置いてくれた。銀色の髪に覆われ、手をギュッと握って目を瞑っている。


「なんて可愛いの……生まれてきてくれてありがとう……」


 アイナの目にも涙が光っていた。


「さあ陛下、名残惜しいとは存じますが、これからアイナ様はいろいろとやらなければいけないことがございます。外でお待ち下さい」


 マーサにあっさりと廊下に出されると、皆が寄って来た。


「アイナは? 赤ちゃんの声がしたけど、無事に産まれたの? どっちに似てるの?」


 コウが矢継ぎ早に質問する。皆もワクワクした顔でレイの言葉を待っている。


「男の子が生まれたぞ! 元気な男の子だ。顔はまだどちら似かわからないが、髪は銀色で目はグリーンだ」


「良かった! おめでとう!」


 コウはアレスやエレンと抱き合って喜んだ。


「おめでとうございます、陛下!」


 使用人たちも口々にお祝いの言葉を述べ、祝砲を打ち上げる係は持ち場へ飛んで行った。


「良かったな、レイ」


「ダグラス、ありがとう」


 ダグラスがうっかり敬語を忘れるのは珍しい。実は今日一日ずっと心配していて、無事に生まれたことにホッとしてつい元の口調が出てしまったのだ。

 


 星の月一日に生まれた王子は、レオノール・シン・アシュランと名付けられた。

 父親によく似た美しい顔立ちと母親から受け継いだ優しい瞳の王子は、アルトゥーラ国内のみならず、周辺各国から大いなる祝福を受けた。

 





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