40 嬉しい知らせ
収穫感謝祭と共に紅葉の月は終わり、続く霜の月は慌ただしく過ぎていった。そして早くも今年最後の月、雪の月となった。新しい年がもうすぐやってくる。
しかしレイは冴えない気分だった。なぜなら、アイナの体調が近頃思わしくなく、ダイニングでの食事も一緒に取れないようになったからだ。
執務室にも出て来ないようになり、マーサやエレン、コウが側に付いて専用の寝室に伏せっていることが多い。
「マーサ、アイナは大丈夫なのか? 何の病気なんだ」
そう尋ねても、誰からもはっきりした返事が返って来ない。
「大丈夫ですから、そう心配なさらないで下さい」
「しかし、侍医がしょっちゅう顔を出しているではないか。病気じゃないならどうして――」
「はい、陛下。大丈夫ですよ。もう少し、お待ち下さいませ」
そう言ってパタンとドアを閉められてしまった。
「ダグラス、どう思う?」
「まあ、普通気がつきそうなものですけど……」
「気がつく? 何に?」
「鈍いのか、全く知らないのか……たぶん、知らないんだな。犬の期間が長かったから」
意味深に何かを呟くばかりで、やはり何も教えてくれない。
「ダグラス、頼む、教えてくれ!」
「アイナ様から直接お聞きになったほうがいいと思いますよ。来週くらいにはわかるでしょうから、今のうちに仕事をサクサク済ませておきましょう」
「ええ――」
レイは、自分だけアイナの病状が理解出来ていないということはわかった。しかもどうやら心配な病気ではないらしいので、とりあえず溜まった仕事を片付けて、来週アイナと過ごす時間を確保することに決めた。
「わかった、ダグラス。どんどん持ってきてくれ」
「はい、どうぞ」
ダグラスはここぞとばかりドッサリと書類の山を机の上に積み上げた。
そして雪の月も半ばとなった頃、執務室で仕事を終えたレイにマーサが声を掛けた。
「陛下、アイナ様がお部屋でお待ちでいらっしゃいます」
その言葉にパッと顔を輝かせるレイ。
「今日は気分が良いのか? わかった、今行く」
急いで立ち上がると、アイナの元へ向かった。
部屋に入ると、アイナはゆったりした室内用ドレスにガウンを羽織りベッドに座っていた。髪はサイドで緩く束ね、少し痩せたように思えるが顔色は悪くなかった。
「アイナ。大丈夫なのか? どこが悪いんだ?」
レイがアイナの横に座って心配そうに聞くと、アイナはレイの手を取り微笑んで言った。
「レイ。私たちの赤ちゃんができたの」
「え……?」
「私のお腹の中に、赤ちゃんがいるのよ。つわりが始まったので、しばらく出てこられなかったの。でもだいぶ落ち着いてきたわ」
レイは目を見開いて、アイナのお腹を見た。
「私と、アイナの赤ちゃんがここに?」
アイナはコクンと頷いた。レイの頭の中にいろんな感情が湧き出して、グルグルしていた。アイナが元気で良かったという安堵、そして子供ができたという驚き、未来への希望、喜び……。
「アイナ! ありがとう!」
それ以外に何の言葉も出てこなかった。ただただアイナが愛おしく、レイはアイナをぎゅっと抱き締めた。
「あっ、こんなに強く抱いたら赤ちゃんが潰れてしまうか?」
慌てて離れようとするレイをアイナが腕を取って引き留めた。
「そんなことないわ、大丈夫よ。喜んでくれて嬉しい」
アイナは幸せそうに笑っている。レイも笑って、……いや泣き笑いをしている。
「良かった……アイナが病気じゃなくて。誰に聞いても、何も教えてくれなかったんだ」
「ごめんなさい、レイ。まだはっきりわからなかったのよ。でもようやく、お医者様の許可がもらえたので、レイに話すことができるようになったの」
「そうだったんだな。ダグラスも気付いてたのに意地悪な奴だ」
「私の口から言いたかったから、みんなには口止めしていたの。ホントにごめんなさい」
レイはアイナを見つめ、そっと額に口づけた。
「なんだか不思議だ。私が父親になるなんて」
「私もよ。初めてのことなんだもの、これから二人でゆっくり、親になる勉強をしていきましょう」
「そうだな。ところで、いつ頃生まれる予定なんだろう?」
「夏よ。清水の月の終わり頃じゃないかってお医者様が」
「清水の月生まれか。それなら私と同じだ」
「同じ誕生日になるかもしれないわね」
「王子かな、王女かな」
「それは生まれてからのお楽しみね。両方の名前を考えておきましょう」
レイは嬉しさを感じながら同時に小さな不安も抱えていた。
レイの母は、レイを産む時に亡くなっているのだ。だからレイは母の思い出が無い。顔も、肖像画でしか知らないのだ。
お産には危険がつきものだ。母子のどちらか、または両方が亡くなってしまう場合も多い。
(どうかアイナも子供も無事でお産が済みますように)
レイは心の底から願っていた。




