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4 王都にて


 男は王宮の執務室にある大きくて立派なマホガニーの机に乗せた右手の人差し指をせわしなく動かして、カツカツと苛立った音を響かせていた。


「まだ捕まえられんのか」


「はっ。何しろ相手は空を飛びますので、目撃情報を得て軍を差し向けた時には既に次の場所へ……」


 ファルー中尉はハンカチで汗を押さえながら答えたが、いくら拭いても後頭部まで広がった額から冷や汗が止まらず困り果てていた。


「王都に向かう五つの要衝のうち二つは既に相手方だ。このままではすぐに王都に侵入されてしまう。残る三つに王宮軍を分散して向かわせろ。絶対に王都に入れてはならん」


「しかしそれでは王都の守りが……」


「馬鹿者、王都には一番の精鋭部隊を残しておくのだ」


「ははっ」


 ファルー中尉は汗を拭きながら慌てて部屋を出て行った。


 男の名はジスラン・エマーソン。五年前のクーデターの首謀者であり、現在は軍事政権において自ら大総統を名乗っている。

 エマーソンは下級兵士からの叩き上げであり、自身の力で将軍にまでのし上がった。幼少期に魔力が発現したからである。

 魔力とは遺伝によるもので、現在の貴族たちはみな、強弱の差はあれど、遠い昔からの魔力持ちの家系だ。


 しかし、ごく稀に平民でも魔力を持つ者が現れる。その中でもエマーソンは特に強い魔力を持っており、軍隊に入ると異例のスピードで出世していった。乱世に生まれていれば、この男の戦いの才は遺憾無く発揮できたであろう。

 だが、アルトゥーラ王国は元より大国であり、豊かであり、平和であった。戦争など、この二百年以上なかったのである。


 エマーソンは戦いたかった。アルトゥーラをもっと強大な国にするために、他国を侵略して大陸全てに領土を拡げるべきだと主張した。しかし、ノイマール・ゼン王は首を縦に振らなかった。


「エマーソンよ、私は他国を侵略などしない」


 いつもそう言ってエマーソンの提出した軍事侵攻計画を議題に上げることさえしない。


(くそうっ、臆病者め。身体が弱くて魔力が弱いから、そんなに弱腰なのだ。今の国力ならばこの大陸の国々をすべて支配下に治めることも可能だというのに、なんともったいない)


 ゼン王の息子であるレイ王子と娘のシルビアを結婚させて外戚になり、裏から操ろうと考えた時もあった。だがゼン王と違って王子は健康で、なおかつ才気煥発であった。エマーソンの思い通りに操ることができるとは到底思えなかった。

 

(どうする。このまま将軍として王に仕えて終わるか。だが私の魔力は子供には遺伝していない。今は将軍一家としてちやほやされているが、私が死ねば我が一族はただの平民に逆戻りだ。貴族たちは、大した魔力がなくてもそこに生まれただけで高い地位が約束されているというのに……)


 そんな折、各地で雨が少なくなり、土地が痩せてきているという報告が上がってきた。ゼン王の体調が思わしくなく、蒼龍が大地の守護をするための魔力を与えられなくなっているのだ。


(王の魔力は私よりも弱い。王子がまだ魔力を発現させていない今、この国で一番強い魔力を持つのは私だろう。王子が成人する前に王がくたばれば……私が龍の加護を得ることができるのではないか)


 王子が十八になりその魔力を発現させる前に、王を殺して龍を奪う。

 エマーソンはいつしか、そうやって王族に成り代わるという考えに取り憑かれるようになった。


 そしてついに、決行したのである。


 もちろん、自分の手を汚したりはしなかった。口の固い部下に実行させ、バルコニーに出た王を矢で狙い、同時に部屋に侵入して王子もろとも命を奪う。そして事件後すぐにその部下を逮捕して、魔術で喉を潰し何も喋れないようにしてから『クーデターを起こした犯人』として裁判無しで即処刑した。


 だが、誤算があった。実行に移した部下が王子を仕留め損なっていたこと。そして、龍と王族との契約が、王族の血筋に基づいていたことである。そのため、ゼン王を殺しても龍を自分の物にすることができなかった。

 

(くそう、何てことだ……。王子が生きている限り契約は消滅しない。早く探し出して殺さねば)


 王は死に、王子は行方不明。とりあえず政治の空白を作るわけにはいかない。エマーソンは軍事政権を立ち上げ、軍のトップである自分が大総統として指揮を取ることにした。このことに異議を唱える者はいなかった。元の閣僚たちは全て投獄し、軍幹部だけで周りを固めたからである。

 王子が成人するまであと五年。その間に捕まえて殺し、龍を手に入れること、それさえできれば自分の王朝を作ることができるだろう。

 

(私が王になれば、子や孫に貴族の地位を与えることができる。我が一族を末代まで繁栄させるためにも、絶対に王の座を手に入れるのだ)

 

 あれから五年。エマーソンはずっと王子を探し続けてきた。銀色の髪の少年などすぐに見つかると高を括っていたけれど、何年経っても見つけることはできなかった。

 その間に地震が起こり、ひどい干魃が起こり、アルトゥーラはどんどん疲弊していった。エマーソンの魔力がいくら余っていようともそれを蒼龍に与えることはできず、蒼龍は弱っていくばかり。


(なぜこんなことに……契約が結べさえすれば蒼龍に我が魔力を与え、雨を降らせることができるのに。せっかく大総統という地位を手に入れても、国が貧しくては意味がない。なんとしても我らの金だけは確保して、足りない分はどんどん国民から搾り取らねば)


 毎年のように税金を上げ続け、反抗する者は武力で押さえ付けた。増税に逆らう領主は投獄し、軍幹部を送り込んで領民を締め付けた。

 エマーソンは武力には長けていたが、国家運営に関しては全くの素人だった。周りを固めるエマーソンの部下達もまた、エマーソンにおべっかを使い国民のことなど何も考えず保身に走る、自己中心的な者達であった。

 こうしてアルトゥーラは愚かなトップのせいで衰退の一途を辿っていったのである。



 だが突然、行方不明の王子が蒼龍と共にアルトゥーラの地に帰ってきたという報せが入った。行く先々で雨を降らせ、国民に歓喜の声で迎え入れられているという。


(……くそう。このままでは王子は国民に担がれ政権を取り戻そうとするだろう。そうはさせん。まだ魔力が発現したばかりであれば、上手くコントロールできないだろう。今のうちに息の根を止め、今度こそ龍を我が物にする)


 ひよっ子になどこの私が負ける訳がない、とエマーソンは本気で考えていた。ゼン王の魔力の少なさから推測すると王族の力など恐るるに足らず。必ずや王子を迎え撃ち、龍を奪い取ってやろうと決意を固めていた。

 だが、まだ早い。まだこちらの体制が整っていないのだから、王都に入れるわけにはいかないのだ。


(王都に入る前に奴を潰す。要衝の守りを固め、奴を足止めさせたのち、私が出陣して叩きのめすのだ)


 その時、廊下を走る騒々しい足音が聞こえた。そしてバタンという大きな音と共にドアが開かれる。


「大総統、大変です! 龍が、龍が王宮に現れました!!」


「何? まさか、もうここまで来たというのか?」

 

 ファルー中尉が汗びっしょりの額で部屋に飛び込み、そしてエマーソンの背後の窓を指差して叫んだ。


「そうです、大総統! そ、そこに……そこに、浮かんで……!」


 振り向いたエマーソンは慌ててバルコニーに出た。すると蒼龍が目の前に浮かんでおり、その背中に銀髪の美しい若者が立ってこちらを見下ろしていた。


 


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