３９ 祭の夜
空がオレンジから紫色に染まっていく。日が暮れていきステージ脇では篝火が焚かれ、夜の闇と混じり合って幻想的な雰囲気が醸し出されてきた。
いよいよ最後のプログラム、トーヤ一座の『千夜物語』が始まった。
客席は王族専用も貴族専用もビッシリと埋まり、一般人用も満席だ。このプログラムは無料なので、通路にも人がいっぱい座っている。座れない人は立ち見で、かなり後ろのほうまで並んでいた。小さい子供を肩車している人も多い。
『千夜物語』は仲の悪い隣国同士の王子、王女が身分を知らずに恋仲になり、周りの反対を押し切って駆け落ちする。だがその先には苦難が待ち受け、最後には王子が命を落としてしまう。その王子を想いながら王女は哀しみの歌を歌うのだ。
アイナにとって得意の演目であるこの物語は、身体に馴染み切っている。舞台が始まった途端にアイナは王女が憑依したような素晴らしい演技を見せた。舞台の上にいるのはアルトゥーラ王妃ではなく、悲劇の王女であった。
人々は皆この芝居に没頭し、笑ったり、ハラハラドキドキしたりした。そしてクライマックスではアイナの歌に心を揺さぶられ、皆静かに涙を流していた。
芝居が終わると拍手喝采が起き、歓喜の声がいつまでも鳴り止まなかった。何度もカーテンコールが起こり、その度にアイナたちは舞台に出て行って挨拶をした。
踊り子なんて絶対に認めないと言っていた王女たちも、泣きながら立ち上がって拍手をしていた。
「アイナお姉様！ 素晴らしかったわ！ ありがとうございます！」
マルシアは泣きながら割れんばかりの拍手と共に叫んだ。つられて他の王女たちも、拍手だけではなく叫び始める。
「アイナ様！ 素敵ですわ！」
それを見たマルシアはうんうんと納得の笑みを浮かべた。
「ああマルシア、あなたの言っていたことがわかったわ。こんな素晴らしいお芝居初めてよ。最後の歌といったらもう！」
「そうでしょう？ だから言ったじゃない！ ちなみに、私はアイナお姉様のサインも持っているのよ」
「ええ！ 羨ましいわ！」
「それに、陛下とお姉様の絵も、絵師に描かせて部屋に飾ってあるの」
「凄い！ いいわねえ。今度見せて下さらない？」
「いいわよ。いつでもいらっしゃいな」
バームスは、今まであまり他国の王女と仲良くしていなかったマルシアがこんなに楽しげにお喋りしているのを見て、これもアイナ様のおかげだと内心で手を合わせてお礼を言っていた。
「アイナ、すごく良かったぞ！ 客も皆泣いていた！
私も泣いたぞ」
「レイ、ありがとう！ たくさん練習したから声もよく出たと思うわ。間違えなくて良かった」
レイはアイナをギュッと抱き締めた。
「私の王妃は本当に素晴らしい女性だ。心から誇りに思うぞ」
「ありがとう。嬉しいわ、レイ」
レイの腕の中でアイナはホッとして全身の力が抜けた。やはりこの一か月近く、この祭のことで緊張していたのが一気にほぐれたのだ。
「今夜は私がマッサージしてやるからな。ぐっすり眠るといい」
アイナは幸せだった。身分違いの叶わぬ恋を心に秘めたまま芝居をしていた頃を思い出し、その恋が実った今がどんなに幸せかを実感したのだ。
「レイ、大好きよ……」
小さな声で呟くと、意識が遠のいていった。
「ん？ ……アイナ、眠ったのか」
レイはアイナを抱き上げると、ダグラスに目配せをした。
「ダグラス、あとは頼んだぞ。私はアイナを部屋に連れていく」
「はい。もうこのあとはフィナーレの花火だけですから。ごゆっくり」
レイは花火の音でアイナが目を覚まさぬよう、急いで部屋まで戻った。
部屋に入り、アイナをベッドに寝かせると、ちょうど花火が上がり始めた。窓を閉めていても音が聞こえ、アイナはふっと目を開けた。
「レイ。花火……？」
「ああ、やはり目が覚めてしまったか」
「私ったら、レイにもたれたまま寝ちゃったのね」
「可愛い寝顔だったぞ」
アイナは微笑んだ。
「花火、見るか？」
「ええ、見たいわ」
レイはまたアイナを抱き上げて窓辺に移動した。
「バルコニーには出られないから、ここで見よう」
父がバルコニーで花火を見ようとして撃たれたことは、レイにとってトラウマになっていた。そのため、花火をバルコニーで見るのは今でも避けている。
「ここからでも充分に綺麗よ」
「そうだな。でもアイナのほうがもっと綺麗だ」
「レイ……」
二人は花火の光に照らされて唇を重ねた。
