38 祭の朝
ついに祭の日がやってきた。天気はこれ以上ないほどの快晴。朝からポンポンと号砲が鳴り、祭の始まりを楽しげに告げていた。
街の広場は露店が沢山出て大賑わいだった。広場の中心では大道芸人がパフォーマンスを繰り広げ、観光客から拍手喝采を浴びている。
王宮内の広場にはステージと客席が作られ、各地から招待された人気一座が歌や芝居を披露していた。
「なんて楽しいイベントなのかしら!」
王族用の客席の一番前に陣取ったエルシアン王女マルシアはプログラムの一覧表を握り締めて、脇に控えているバームスに興奮して喋り続けていた。
「いろんな歌やお芝居が一日で見られるなんて! 新たに素敵な劇団や役者さんも見つけたわ。ちゃんとチェックしておいたから今後追っかけていかなくてはね! そして何より、大トリがアイナお姉様なのよ! しかもトーヤ一座と共に『千夜物語』を演じて下さるなんてもう、最高過ぎるわ! 今日はこの席から絶対に離れないから、バームス、いろいろ頼むわよ」
「はい、マルシア様」
バームスはマルシアが機嫌良くしてくれているのが何よりもありがたかった。そのためなら朝から並んで席を確保したり、食事やお手洗いの際にスムーズに馬車を手配して宿まで運んだり、その間席を確保し続けることくらい何でもなかった。
マルシアの周りには各国の王女たちが並んで座っていた。皆、アルトゥーラ国王の妃をじっくり見てやろうとやって来たのである。
「ねえマルシア様、なぜそんなにアイナ妃を褒めるんですの? ただの平民の踊り子でしょう?」
「そうですわ。卑しい平民ふぜいがあの素敵なレイ陛下の心を射止めたなんて、私、今でもまだ納得できていませんの」
「王族はやはり高貴な血を保つべきですわ。それには他国の王女と結婚するのが一番ですのに」
王女たちは口々に文句を言っていた。彼女たちにとっては憧れのアルトゥーラ王を平民の踊り子に奪われたというのが許し難いことなのである。
「それに、こうして芸人に混ざって芸を披露するということ自体、王族には有り得ないことですもの。私、絶対に認めませんからね」
マルシアは、そんな王女たちを軽蔑したような顔で見回した。
「あなた方、そんなこと言ってられるのも今のうちよ。アイナお姉様の歌とお芝居を見たら、そんな気持ちは吹っ飛んでしまうわよ。それに、人を身分だけで卑しいだのなんだの言ってる人間のほうがずっと卑しいってこと、わからないのかしら。平民だって素晴らしい人はちゃんと認めるべきだわ」
王女たちは苦々しい顔をして黙り込んだ。
(レイ陛下の婚約が噂された時、一番文句を言って騒いでたのはマルシアじゃないの)
内心では皆、そう思っていたのだ。
一方、レイやアイナは変装して街に繰り出し、祭を楽しんでいた。もちろん、アレスにコウ、ダグラス、エレンも一緒だ。レイとアイナの周りを四人で囲むようにして歩いている。
「賑やかねえ、レイ」
「そうだな。以前の活気が完全に戻ってきた実感がある。これもアレスのおかげだ」
「私だけの力ではありません、陛下。コウが来てから半年以上になりますが、地脈の制御が大分楽になりました。コウの力が大きいのです」
「おれ……私は地下のマグマのコントロールができるので。アレスの手伝いをしています」
「そうか、コウも頑張ってくれてるんだな。ありがとう」
コウは照れたように笑い、その後アレスの顔を見上げてまた笑った。
「良かったですね、コウ。陛下に褒められましたよ」
「うん。アレスのおかげです」
六人は、賑わっている屋台に席を取り、軽く昼食を取ることにした。そして食事をしながら周りの声に耳を傾けていた。国民の生の声を聞いてみたかったのだ。
「今日はかなりの売上げが見込めそうだ」
「暮らしが以前より良くなったなあ」
「お祭り楽しいね、お母さん」
「観光客が来てくれておかげ様でうちの宿は満室だよ」
いろいろな声が聞こえて、レイとダグラスは満足そうに頷きながら聞いていた。
「今日のアイナ王妃の出し物は必見だぞ」
「トーヤ一座はアルトゥーラでの公演は久しぶりだからな」
「他国での評判が凄かったから、楽しみなのよ。その時間には店を閉めて駆けつけるつもり」
アイナの演技を楽しみにしている声もたくさん聞こえ、アイナは思わずレイの肘をキュッと掴んだ。
「ん? どうした?」
「緊張してきちゃった。上手くやれるかしら」
「大丈夫さ。昨日のリハーサルも、ブランクがあったにも関わらず完璧だってトーヤも褒めてくれてたじゃないか」
「う、うん。でもこんな期待の声を生で聞いちゃったら、プレッシャーが……」
「大丈夫、大丈夫。私も袖から見ててやるからな。思い切っていけ」
レイはアイナの頭をポンポンと叩いた。
「アイナ様、もう祭は九割方成功しています。最後の最後に失敗したって誰も責めませんよ」
「ホント? ダグラス。良かったあ」
「なんだ、アイナ。ダグラスの言葉のほうが効果あるみたいだなあ」
皆は笑い合ってその店を後にした。