37 秋
季節はいつの間にか過ぎ、紅葉の月を迎えていた。アルトゥーラは周辺各国と次々と友好関係を結び、平和と安定の道のりを着々と進んでいた。
「祭を開こうと思うんだ」
ある日レイが朝食の席でアイナに話した。
「父が生きていた頃は毎年この紅葉の月三十日に収穫感謝祭を催していたから、それを復活させたいと思っている」
「素敵ね! アルトゥーラ全土でやるの?」
祭りと聞いてアイナは目を輝かせた。
「もちろん、各領地でもそれぞれ地方祭をやるし、ここ王都では中央祭として大きな催しをやって観光客を呼び入れるつもりだ。トーヤ一座にももちろん来てもらおう」
「嬉しい! 楽しみだわ」
「そこでだ」
レイは真剣な顔になってアイナを見た。
「アイナの歌は本当に素晴らしい。きっと、アイナのファンだった人々はもう一度聞きたいと思っているはずだ。だからこの機会に国民の前で披露するという案があるのだが、アイナの気持ちはどうだろう?」
「まあ、本当に? 私で良ければ、やってみたいわ。大きな場所で思いきり声を出して歌いたいと思っていたの」
「そうか、良かった! じゃあダグラスにも伝えておく。そもそもこの案はダグラスが出してくれたからな」
「そうなの? じゃあなおさら頑張らないといけないわね」
「そうとも。失敗したらダグの片眉がピクっと上がるぞ」
「わぁ、怖い」
二人はクスクスと笑い合った。
遠くでダグラスがくしゃみをした。
「風邪ですか? 大丈夫ですか」
側に控えていたエレンが問いかける。
「誰かいらん噂してるな」
ダグラスはそう言ってレイたちの部屋の方向を睨みつけた。
朝食後、レイは執務室へ向かった。アイナも一緒に入り、執務室の奥にある自分用のスペースに行く。
「じゃあレイ、お仕事頑張ってね。また昼食時にね」
「ああ、またな」
アイナのスペースにはソファとテーブルのセット、小さめのデスク、揺り椅子と本棚が置かれていた。レイがダグラスたちと話をしている声が聞こえない程度の距離は空いているので、コウが遊びに来てお喋りしても大丈夫だ。
「前は、アッシュやロビンも来て賑やかにしていたわね……」
まだ、ふと寂しくはなるが、王宮は日常を取り戻していた。その時、ノックの音がして廊下に通じるドアからコウとエレンが入って来た。
「おはよう! アイナ」
「コウ、来たのね。エレンも」
「おはようございます、アイナ様。ドアの前でコウ様と一緒になりました」
「二人ともおはよう。ねえ聞いた? お祭りがあるって」
「祭? いつあるの?」
「今月の三十日ですって」
「カート大尉から伺っております。かなり大きな祭を開くそうですね」
「婚姻の儀の時以来だから、国中が活気づくよね。楽しみだ……です」
「コウ、まだ言葉が直らないわね」
「うん、頑張ってるんだけどね。ついつい出てしまうです」
「ホントはそのままのコウが好きなんだけど。公務が増えたからしょうがないわね」
「アレスにしょっちゅう注意されてるんだけどね、難しいな……のです」
「ふふっ、コウったら」
三人は楽しそうに笑った。
コウは、アッシュたちがいなくなってからは一人の部屋で寝るのを寂しがった。それで、アレスが神殿を出てコウと一緒に暮らすようになったのだ。
「アレスと暮らすようになってから、コウはなんだか女の子らしくなってきたわよね」
「ええ、本当に。仕草とか、表情が可愛らしくなってきた気がします」
「な、何言ってるんだ……のよ? そんなこと、あるわけないでしょう。普通です、普通!」
コウは少し頬を赤らめた。
「でもアレスは本当に優しいし、紳士的だからね。アレスの側にずっといたら、きっと好きになっちゃうわ」
「もう、アイナ! からかわないでください!」
「ごめんごめん、コウ。あなたがとっても可愛いからつい、ね。ところで、その祭で私、歌を歌うことになったのよ」
「本当? すごいな……ですね。楽しみです!」
「アイナ様、引き受けて下さったんですね。ありがとうございます。カート大尉もホッとされていることでしょう」
「ダグラスをがっかりさせないように頑張らないといけないわ。お手柔らかにって伝えておいてね、エレン」
今度はエレンが頬を赤くする番だった。
「は、はい。伝えておきます」
ダグラスとエレンが刀剣屋デートをしているという噂は聞いていた。それでこっそりエレンに聞いてみたところ、噂は本当だとわかったのである。
レイもとても喜んでいて、結婚を急かしたりしているらしい。
「早く結婚すればいい。結婚はいいぞ?」
しかしフンと鼻を鳴らしただけで話を終わりにさせられた、と嘆いていた。
(あまり周りがうるさくしないほうがいいわよね。自然に、二人のタイミングで……)
アイナもこの二人が結婚すれば嬉しいが、今はそっと見守っていくほうがいいだろうと思っていた。
(でもいつか、二人が結婚したら、初告白とか初デートの話とか、根掘り葉掘り聞かせてもらおうっと! ダグラスが意外と甘々だったりするかもね)
ニコニコと自分を見ているアイナを見て、エレンは不思議そうな顔をしていた。