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36 別れ


 エルシアンから戻ったアイナとレイは、お土産をたくさん持ってアレスたちと共にアッシュの部屋を訪れた。


「アッシュ!具合はどう?」


 ベッドに寝ていたアッシュはアイナたちを見ると笑って起き上がろうとした。


「寝たままでいいぞ、アッシュ」


「陛下、ありがとう。今日は結構気分がいいんだ」


 ロビンが手を貸してアッシュはなんとか座ることができた。


「アッシュ、これお土産よ。こういうお菓子、好きだったでしょ」


「ほんとだ。ありがとう。後で食べるよ」


 そう言って大事そうに枕元に置いた。


「ねえアイナ。僕、みんながエルシアンに行ってる間にロビンと話をしたんだ」


「話……?」


「うん。僕が死んだ後のこと」


「やめて、アッシュ! そんなこと言わないで」


「駄目だよ、聞いて、アイナ。これは避けて通れないんだ」


「でも……」


「アッシュの言う通りだ、アイナ。今聞いておくべきだ」


「レイ……わかったわ。アッシュ、話して」


「うん。僕さ、今が五百年の中で一番幸せなんだ」


 アッシュはロビンの顔を見て微笑んだ。


「ずっとロビンと二人きりでいても楽しかったよ。でも、この二カ月はそれ以上に楽しい時間だった。みんなと家族みたいに暮らして、結婚式にまで参加させてもらって。一緒に花籠を持ったフローネと、ちょっぴり恋もしたりして」


 アッシュはフフッと笑った。


「最後の最後にこんな経験をさせてくれてありがとう。それが言いたかったんだ」


「アッシュ……。私もみんなも、あなたのことが大好きよ」


「僕もだよ。みんなのことが大好きなんだ。それでね、ロビンのことなんだけど……ロビン、あとはお願い」


 ロビンは頷き、アッシュをベッドに寝かせてから話し始めた。


「私は、アッシュ様亡き後、新しい主人を作るつもりはありません」


「ロビン……それでどうするんだよ? ここから出て行くのか?」


 コウが慌てて聞いた。


「いえ。私の力が人間にとって脅威なのは分かっています。ですから、精霊の世界に帰ろうと……思います」


「そんなことができるのですか?」


「やったことは無いのですが、アイナ様ならおそらくできるでしょう。アレス、私はアッシュ様をとても大切に思っています。ですから今後、他の方に仕える気はないのです」


 アイナはレイの手をギュッと握った。


「私にできるかしら」


「ええ。きっとできます。もう一人のあなたが、そう言っています」


「ティナね? そう……彼女ができると言うのなら、きっと大丈夫なんだわ。わかった。やるわ、ロビン」


「ありがとう、アイナ……僕これで安心だよ」


「アッシュ! だめよ、まだ逝かないで」


「父さんと母さんが迎えに来てくれてるんだ」


 アッシュは空を見つめ、幸せそうに微笑んでいる。そしてロビンに顔を向け、にっこりと笑った。


「ロビン、大好きだよ。今まで本当にありがとう……」


 そのまま、アッシュは眠ったように見えた。とても柔らかい表情をしていたからだ。だが、彼の呼吸が静かに止まったことは皆分かっていた。


「アッシュ様……」


 ロビンはアッシュの顔を撫でながら静かに泣いていた。部屋にいた者も皆、声を出さずに涙を流した。


 しばらく泣いていたロビンだが、ふっと顔を上げてアイナを見た。


「アイナ様。少し、アレスとコウと三人で話をさせて下さい」


「……わかったわ。席を外すわね」


 アイナとレイが部屋を出て行った後、ロビンは二人に向き直って話し始めた。


「時間があまりないから手短に言います。私達精霊は、いずれ人間達と同じ世界に生きられなくなります」


「えっ? どういうことですか?」


「私は時間を司る精霊です。断片的ですが未来を視ることができるのです。今、小さい精霊達は見えなくなっているでしょう? 人間が精霊を必要としなくなってきているのです」


「それじゃあ俺たちは、いつか消えるってことか?」


「はい。精霊が消え、魔力が必要なくなった未来の世界で、人間は強い力を持っていきます。大きな火を作り出し、川の流れを変え、空を飛ぶ巨大な乗り物すら作れるようになるのです」


「では私もいずれアルトゥーラには必要なくなり、消えてしまうと……」


「おそらく、まだかなり遠い先でしょう。でも私たちも、この世界で永遠の命ではないことを覚えておいて下さい」


「だから今、精霊の世界へ戻ろうとしているんだな」


「はい。いずれこの世界から消える運命なら、アッシュ様と共に行きたいのです。だから、あなた方も自分の行く末を一度考えてみて下さい。私が言いたかったのはそれだけです」


「わかりました。ありがとう、ロビン」


「では私は行きます。早くしないと元の姿に戻ってしまう」


「なあロビン、ロビンもラスタ石に入るのか?」


「いえ、あの首飾りは黒龍とシュウの物です。私は、自然に……大気に溶けるでしょう。空へ登っていくアッシュ様を見届けてから精霊の世界に戻ります」


「俺たちも、消えたら精霊の世界に帰れるのかな」


「わかりません。特にアレスは、血の契約もありますから。もしこの世界に残りたいなら、黒龍の様に何かに封印される方法もあると思います」


「そうか……ありがとう、ロビン」


「はい、短い間ですがありがとうございました」


 そうしてロビンはレイたちを呼びに廊下へ出て行った。




 ロビンに呼ばれ、アイナとレイはアッシュの部屋に戻った。ダグラスとエレンも一緒だ。


「アイナ様、もうすぐアッシュ様の魔力が切れて私は元の姿に戻ってしまいます。今すぐ、お願いしてもいいですか?」


「ええ。私にはやり方がわからないのだけど、きっとティナが知っているわ。だからティナに任せてみようと思っているの」


 ロビンはレイのほうに向き直った。


「レイ陛下。一度はアイナ様を奪おうとしたご無礼をお許し下さい。それなのにこんなに優しく温かく接して下さったこと、感謝しております。アッシュ様が安らかに逝けて本当に良かった」


「ロビン、お前たち二人がいなくなると寂しくなるな。ずっと一緒にいたかった」


 レイはロビンと握手をしながら言った。


「陛下、ありがとうございます。私は消えてしまってもきっと皆さんを見守っていますから」


「ロビン……」


 アイナも涙ぐんでロビンの手を取った。


「アイナ様、それではお願いいたします」


 ロビンはそう言ってアッシュの眠るベッドの横にひざまづいた。


 アイナは両手を胸の前で組み、祈るポーズを取った。そしてティナに呼びかけた。


(ティナ、お願い、出てきて。ロビンの願いを叶えて……!)


 するとアイナの身体が光りだし、その光がロビンを包み込んだ。


「ティナ!」


 コウが叫んだ。アイナの後ろに、懐かしいティナの姿が浮かんでいた。


 ティナは天を仰ぎ、何かを祈っていた。するとロビンの姿が徐々に消え始め、同時に空中にロビンの姿が現れた。金色の光の中でうっすらと身体が透けて見える。


「ロビン……!」


 いつの間にかアッシュも光の輪の中にいた。ロビンはアッシュの手を取り、二人は幸せそうに微笑んでお互いを見つめ、そして一緒に消えていった。


 光が消えた時、アッシュは変わらずベッドに横たわっていたが、ロビンの身体はそこに無かった。精霊としての姿をこの世界から消し、彼女の魂は元の場所へ還っていったのだろう。


「ロビンが、ありがとうって……」


 アイナが涙をこらえながら告げた。レイはアイナを抱き締め、慰めるように頭をポンポンと叩いた。


「よくやった、アイナ。辛かっただろう」


「アイナ様、ありがとうございました。ロビンはアッシュ様と一緒に行けたのですね」


「ええ。幸せそうだったわ……」


「アッシュの葬儀は、神殿で執り行うつもりだ。王宮の者たちにも参列してもらおう。アッシュは、皆に可愛がられていたからな」


「陛下、ありがとうございます。皆さんに見送られてアッシュも喜ぶでしょう」


 アレスとコウも、静かに涙を流していた。



 翌日、小さな棺が神殿に運び込まれ、ひっそりと葬儀が行われた。王宮の者は皆、悲しみに包まれていた。

 中でもリヴィア大佐の孫娘フローネの嘆きは大きかった。婚姻の儀でアッシュと共に花籠を持って先導を務めたフローネは、その後も王宮に遊びに来てはアッシュと仲良くしていたのだ。十歳の初恋が突然終わってしまった悲しみは周りの者の涙を誘った。


 アッシュの亡骸は王宮から少し離れた王族専用墓地に埋葬された。墓碑には、アッシュの名前とロビンの名前が並んで刻まれていた。


「もう、会えないのね」


「そうだな。だが、心の中ではいつでも会えるさ。二人のことは決して忘れない」


「そうね。絶対に忘れないわ……」






 

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