34 初めての朝
朝日が窓から差し込み、鳥のさえずりが聞こえる中、アイナは目を覚ました。大きなベッド、側に感じる温もり。深く深く、眠れた気がする。横を見ると、うつ伏せで顔だけをアイナに向けて眠っているレイの姿があった。無防備な、少年のような寝顔。犬だった頃の面影もあるような気がする。
(綺麗……こんなに近くで寝顔を見るのは初めてね)
レイを起こさぬよう静かに身体を起こし、ベッドに座ったまましばらく寝顔を見ていた。レイが呼吸する度に背中が上下する。安心して眠っているのね、と満ち足りた気持ちで微笑み、裸の肩にそっと触れた。
触れた途端フッと目を開けたレイは、眩しそうに目を細めながらアイナを見上げた。
「私の横にアイナがいる……これは、夢かな?」
「ふふっ……。夢かもしれないわね」
「ならば夢かどうか、確かめてみないと」
そう言うと素早く身体を起こしたレイに、アイナはあっという間に押し倒された。
「きゃっ」
「夢ならこんなに温かくないはずだ」
そう言いながら顔中にキスの雨を降らせる。
「ハク、くすぐったいわ……!」
アイナがクスクス笑う。レイは動きを止め、アイナをじっと見つめた。
「夢じゃなかった。アイナが、こうして私の側にいる。同じベッドで寝ているんだ」
そして、ゆっくりと顔を近づけキスをしようとしたその時、ドアがノックされマーサの声が聞こえた。
「陛下、アイナ様、朝食のご用意ができました」
二人は顔を見合わせて声を出さずに笑い、軽いキスをして起き上がった。
この広い部屋はたくさんのドアがありいろんな部屋に繋がっている。廊下、バスルーム、ダイニング、衣装部屋、執務室、そして将来の子供部屋。
ダイニングには小さめのダイニングテーブルが置かれていた。元は大きなテーブルだったのだが、それではアイナとの距離が遠過ぎるというレイの希望で、顔がよく見えるくらいの小さな物に替えたのだ。
「初めて、二人きりで食事をするのね。なんだか新鮮な気持ち」
近い距離で向かい合っての朝食を二人は楽しんだ。いつもと同じ朝食でも、二人で食べるととても美味しく感じられるから不思議だ。これからは毎日、こうして二人でいられるのだ。
朝食の後は軽く散歩でもしようと中庭へ向かった。花の月と言われるだけあって、王宮の庭も花盛りだ。特に今の季節は薔薇が見事に咲いている。赤や黄色や白、美しい薔薇のアーチをくぐりながら二人はゆったりと今日の予定を話し合った。
「この後、私は執務室で仕事だ。アイナは、執務室の中にスペースを作ったからそこに……」
そこまで言った後、レイはふとエディの『束縛』という言葉が頭をよぎった。仕事の間も見ていたいだなんて、鬱陶しく思われないだろうか? しかし、アイナは予想外に喜んでくれた。
「ハクのお仕事しているところが見られるのは嬉しいわ! 前から見てみたいと思っていたの。きっと、すごく凛々しいんだろうなって」
「そ……そうか? なら、良かった」
レイはホッと胸を撫で下ろした。
「そうだ、午後からは各国からの招待客たちが順次帰国するから、見送らなければならない。アイナの王妃としての初仕事だ。よろしく頼むぞ」
「はい、陛下」
アイナはにっこり微笑んで答えた。その笑顔にレイは胸を撃ち抜かれた気分だ。
(アイナに陛下と呼ばれるのが、とても新鮮で嬉しい……)
レイの気持ちを知ってか知らずか、アイナは話を続ける。
「これからは、公務の時は陛下って呼ぶわね。プライベートでは……」
「ん? プライベートはハクのままでいいぞ」
「でも……いずれ子供が生まれたら、ハクって呼んでたらおかしいわよね。だって、『ハク』は本当の名前じゃないんだもの。だから、これからはレイって……呼んでもいい?」
頬を染めて言うアイナが愛しくて、レイはキュッと口を引き結んだまま見つめる。
(ハクって呼ぶのも可愛いかったが、照れながらレイって呼ぶのもまた可愛い過ぎる! 反則だ)
「じゃ、じゃあ、ちょっと呼んでみてくれ」
「はい。ハ……、レイ」
「もう一度」
「レイ」
「もう一回だけ」
「……レイ、大好きよ」
その言葉に、膝から力が抜けたレイはくったりとアイナにもたれかかった。
「レイ、大丈夫? どうしたの? 顔、真っ赤よ?」
「もうダメだ、アイナ……私も大好きだ」
中庭で抱き合ったまま立ち尽くしている二人を、少し引いたところからダグラスとエレンが見ていた。
「まったく、あんな腑抜けになってしまうとは」
「いいじゃないですか。新婚一日目ですよ」
「私は絶対にあんなことにはならん」
「そうですか? 意外に、好きな人には甘くなるタイプだったりしないんですか」
「好きな人……」
ダグラスは言葉を切り、しばらくエレンを見つめた。
「な、何ですか」
エレンが少し頬を染めてダグラスを見た。
「いや、好きな人ほどいじめたくなるタイプだと思う」
ニヤっと笑ってダグラスは言った。
「次の休み、刀剣屋をあちこち回ろうと思っているのだが、一緒に行くか?」
「え、えっ⁉︎ いいんですか?」
「行きたくなければ断ってもいいが」
「行きます! 行かせていただきます!」
エレンがさらに顔を赤くしているのを見てダグラスは満足そうに頷いた。