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33 婚姻の儀


「やめろって! くすぐったい!」


「駄目ですよ、コウ様。じっとしていて下さい」


「アイナっち! 助けてくれよ」


「ダメよ、コウ。観念して大人しくしなさい」


「ロビン、 お前は平気なのかよ〜」


「ええ。むしろ、綺麗にしてもらって嬉しいです」


「そんなあ」


 婚姻の儀当日、アイナの部屋は賑やかな声であふれていた。

 アイナの支度はもちろんマーサがやっているが、その他の侍女軍団がコウやロビンにもドレスを着せ、ヘアメイクを施し始めたのだ。

 

「アイナ様の警護をするなら、付き添いとして側に付くのが一番では」


 というダグラスの意見により急遽決定したのである。


「皆さんスタイルが素晴らしいし、飾り甲斐がありますわ〜」


「ロビン様はエレガントに、コウ様はキュートに、そしてエレン様はクールに出来上がりましたわ!アイナ様、いかがでしょうか」


「まあ、素敵! みんなよく似合ってるわ」


 三人はお揃いの薄いラベンダー色のドレスを着ていた。型はそれぞれ違い、ロビンはVネック、コウは首元がつまったホルターネック、そしてエレンはオフショルダーだ。スカートは前は膝丈で後ろが長いフィッシュテールになっていて、背が高く脚の長い三人の魅力を際立たせている。

 

「足がスースーするよ〜」


 普段スカートを履くことのないコウは、ずっとモジモジしている。ロビンに、座って落ち着いたら? と言われてソファに座るも、脚を広げちゃダメだとマーサに怒られる始末だ。

 エレンもいつもと様子が違うので、アイナは声を掛けてみた。


「エレンも落ち着かないの?」


「はい……私もスカートは久しぶりなので……恥ずかしいです。女装した男性に見えてないか心配です」


「何言ってるの、エレン! あなたすっごく綺麗よ! 早くダグラスに見せたいわ」


 するとエレンは顔を真っ赤にしてしまい、火照った頬を鎮めようと外の空気を吸いに廊下へ出て行った。そこへ偶然、ダグラスが歩いてきた。


「おや、誰かと思ったらエレンか」


「あっ……カート大尉」


 思わずスカート姿で敬礼をするエレン。


「よく似合っているな。……綺麗だ」


「あ……ありがとうございます」


 エレンはさらにこれ以上ないくらい顔を赤くした。


「アイナ様の警護、頼んだぞ」


 そう言ってダグラスはエレンの肩をポンと叩いて通り過ぎた。普段、軍服を着ている時はよくある仕草だが、今日のエレンは肩を出した服を着ていたので、直接触る形になってしまい、双方が戸惑った。が、何も言葉を交わさず通り過ぎた。

 ダグラスは立ち去りながら、今し方エレンに触れた自分の手を見つめた。そして彼女の肩がとても華奢だったな、とふと思った。



「アイナ様のお支度もできましたよ」


 マーサの声で皆が集まってきた。


「わあアイナっち、綺麗だよ」


「本当に、よくお似合いです。古代風の衣装なんですね」


「ええ、式のお衣装は昔からのものと決まっておりますのでね。陛下もですよ」


 マーサがアイナの手を引きながら説明してくれた。アイナは真っ白なシフォンのドレスを着ていた。エンパイアラインと呼ばれるもので、胸の下に切り返しがあり、スカートはストンと落ちるストレートなドレスだ。二の腕に袖が付いており、ティアラから流れるベールが肩をさりげなく隠している。


 アイナの頬は上気し、輝いていた。ようやくこの日を迎えることができた、その安堵とこれから始まる式への高揚で胸は高鳴っていた。


「皆様もお支度はよろしいですね? では神殿へ参りましょう」


 神殿に着くと、マーサが言った。


「アイナ様、私はここまででございます」


 そう言ってアイナの手をカート宰相に渡し、カート宰相はそれを恭しく受け取った。


「アイナ様、本日はおめでとうございます。私が陛下の元へお連れ致します」


 そして先導の子供二人――アッシュと、リヴィア大佐の孫娘――が、花籠を持って神殿へと歩みを進めた。付き添いの三人はアイナの後に続いた。


 中へ入ると、とても天井が高く、空気はひんやりとしていて荘厳な雰囲気だった。中央に祭壇へ続く通路が真っ直ぐ伸び、その両脇には何列も座席が並んでいて招待客がギッシリと座っていた。一番奥の祭壇にはアレスの大きな銅像があり、その前にレイが待っているのが見えた。


 アッシュが花を撒きながら歩いて行く。その後ろをカート宰相に手を引かれて、アイナはゆっくりと進み始めた。緊張で足がもつれそうだ。


 途中で、マルシアの小さな声がした。


「アイナお姉さま! お綺麗ですわ!」


 アイナはホッとしてにっこりと微笑み返した。そして、アイナの家族の顔も見えた。


「アイナ!」


「アイナ、おめでとう!」


 懐かしい父や母、兄の顔を見てアイナは緊張がほぐれていくのを感じた。


(父さん母さん、今まで育ててくれてありがとう。私はここでハクと幸せになります)


 そして、ついに祭壇の前に着いた。


 レイは白いゆったりとした服を金色の帯で締め、古代風のさらっとした上衣を羽織っていた。銀色の髪に小さめの金の冠を被り、優しく微笑んでアイナを待っていた。


 祭壇の横にはアレスが立っていた。レイと同じ形の、紺色の衣装に身を包んでいた。頭には銀の冠を被り、銀の杖を持っていた。


 カート宰相はアイナの手をレイにそっと渡した。レイはアイナの手を取り、二人で向かい合った。


「今ここに、ロシュラーン・レイ・アシュラン陛下とアイナ妃の婚姻を、我がアルトゥーラの神である蒼龍の御前に報告する」


 杖を大きく二回突き、神官ゼフィールの声が響き渡った。

 戴冠の儀ではその虚栄心を満足させられなかったゼフィールだが、今日こそ一世一代の見せ場にしようとかなり気合が入っていた。

 アレスが二人の前に進み出て、二人の手に右手を重ねた。そして優しい声で尋ねた。


「ロシュラーン・レイ・アシュランよ。汝はアイナを生涯の伴侶とし、一生涯愛することを誓うか」


「はい。誓います」


 レイはアイナの目を見つめながら答える。


「ではアイナよ。汝はロシュラーン・レイ・アシュランを生涯の伴侶とし、一生涯愛することを誓うか」


「はい。誓います」


 アイナも潤んだ目でレイを見つめ返し、よく通る声で答えた。


「我、蒼龍アレストロンは二人の婚姻を認め、二人に大地と水の守護を与えることを約束する。お互いを愛し、尊敬し、アルトゥーラの民の為に尽くして欲しい」


「はい、私達はお互いを愛し、尊敬し、民の為に全てを捧げることを誓います」


 二人は声を合わせて誓った。


 アレスが優しく微笑み、ゼフィールが再び杖を二回突いて宣言した。


「それでは、今この時より二人を夫婦と定めたことを国内外に宣言する。さあ、蒼龍の前で誓いの接吻(キス)を」


 二人は見つめ合った。アイナのベールをレイがそっと持ち上げ、顔が見えるように後ろに回した。


「アイナ。これからはずっと一緒だ。二人で幸せになろう」


「はい、陛下。よろしくお願いします」


 レイはアイナの唇に優しく口づけた。同時に鐘が鳴り響き、花びらが舞い、噴水から水が噴き上がった。

 人々の拍手と歓声の中、瞳を輝かせた二人は腕を組んで神殿を退出して行った。


「アイナ! おめでとう!」


「アイナお姉さま! おめでとうございます!」


「レイ陛下、おめでとうございます!」


 アイナの家族、マルシア、シオン、そして各国の招待客が祝福してくれていた。神殿の外に出ると、はるか遠くの王宮の門の向こうに、沢山の国民が詰め掛けているのが見えた。二人の姿を見ると、大きな歓声を上げて祝福してくれている。花火も打ち上がり、祝福ムードを盛り上げた。


「皆が祝ってくれているな」


「ええ、ハク。とても素晴らしい日だわ」




 その日は、祝福のパーティーが夜まで続いた。各国の招待客が代わる代わる、二人の元へお祝いを言いにやって来る。


「アイナお姉さま! ウエディングドレスも素敵でしたけど、この青いドレスも美しいですわ!」


 マルシアがエルシアン王と共に来て、開口一番に言った。


 パーティーではレイは濃紺に金糸で縫い取りをした軍服を着ていた。アイナは青いドレスで、ウエディングと違ってスカートはふんわりしたもので、レースやフリルをふんだんに使っていた。オフショルダーで華奢な肩を、キュッと絞ったウエストで細い腰を強調していた。


「マルシアがいつのまにか仲良くしていただいているようですな、アイナ王妃様」


「そんな、私のほうこそマルシア様に良くしていただいておりますわ、エルシアン陛下」


「マルシア王女殿下、いつでもアイナの所に遊びに来て下さい」


「まあ、レイ陛下! ありがとうございます! そんなこと言われたら、毎週でも押しかけてしまいますわ!」


「これマルシア。毎週はさすがにご迷惑じゃ。せめて月に一度くらいにしなさい」


「はーい。そうだわ、我がエルシアンにもぜひ遊びにいらして下さいね」


「ええ、ぜひ。これからも仲良くして下さいね」


 エルシアン王とレイたちが仲良くしているのを見て、周りの国の人々は噂し合った。


「あの大国同士が手を組んだらもう怖いものなしだな」


「新しい王妃は火の龍を持っているというし、アルトゥーラはさらに強大になった。我らも仲良くしておこう」


 その日はお祝いを言いにくる人の列が途切れることはなかったという。




 やがて、夜も更けてきた。マーサがそっとアイナを呼びに来る。


「もう皆さんお酒も入ってそれぞれ楽しんでおりますわ。アイナ様は準備がありますので、こちらへ」


 マーサはレイに合図を送ると、そっとアイナを連れ出した。


 今日から二人が過ごす部屋の隣で風呂が準備されており、侍女達がいつものようにアイナを磨き上げた。そして寝室用ドレスに袖を通すと、優しい香りの香水を軽く吹きかけた。


「アイナ様、おめでとうございます。今夜からは陛下とごゆっくり、お休みなさいませ」


 マーサと侍女は下がって行き、アイナは一人で部屋に残された。

 ふう、と満足のため息をついたアイナは、鏡台の引き出しに入れておいた花の髪飾りを取り出した。


「ハクに、初めてもらった髪飾り……気がつくかな?」


 軽く結った髪にそっと挿してレイを待った。


 しばらくして、レイが部屋をノックして入ってきた。


「ハク……もうパーティーは終わったの?」


「まだやってる。後は宰相とダグラスに任せてきた。早くアイナと二人きりになりたかったんだ」


 レイはそっとアイナを抱き締めた。


「この髪飾り……あの時の?」


「そうよ。一番大切な宝物にしていたの。ハクとまたいつか出会えるようにって願いながら」


「私もそう願って渡したんだ……叶えてくれたんだな、この髪飾りが」


「ええ。ハク、私今とても幸せよ」


「私のほうが幸せだ。こうしてアイナを腕の中で抱き締めていられる。随分と長く待ったけど……その分、これからたくさん愛するから」


 二人はキスをし、固く抱き締め合った。


 遠くでまだ花火の音がしていた。国民も今日は夜通し祝って過ごすのだろう。


 満月が明るく夜を照らしていた。






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