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32 マリッジブルー?


 アルトゥーラに戻ると、王宮中の皆が泣いて出迎えた。マーサは特に涙が止まらず、息ができないほどしゃくり上げていた。

 母を知らないレイにとって、マーサは母親とも言える存在だ。辛い思いをさせたことを申し訳なく感じながら抱き締めた。


「すまん、マーサ。心配かけたな」


「本当に。無事でようございました」


 これでアイナまで攫われかけたと知ったら、それこそマーサの心臓は止まってしまうだろう。


(もう二度とこんなことの無いように、気を引き締めていかねば)


 レイは改めて王としての責任を感じていた。




 アイナは、自分の部屋にアッシュとロビンを連れて来ていた。二人とも、物珍しそうにキョロキョロと部屋を見回している。長い人生の中で、王宮に入ったのは初めてなのだ。


「あと一週間は、ここで四人一緒に過ごしましょう。その後、ここをアッシュの部屋にするといいわ。結婚式が終わったら、私はハクの部屋に移ることになっているのよ」


「えー、僕、ずっとアイナと一緒がいいな」


「だめですよ、アッシュ様。新婚さんの邪魔をしては」


 ロビンがたしなめ、コウも文句を言った。


「そうだそうだ。俺だって一緒に居たいけど我慢するんだから。ていうか、結婚式のあとは俺とアッシュとロビンがこの部屋で一緒に暮らすんだぜ」


「コウだけ? アレスは?」


「アレスは、普段は神殿にいるのよ。ハクに呼ばれた時だけこちらに来るの」


「ふーん。やっぱり、蒼龍は特別なんだね」


「そうね。建国の時からここにいるんですものね」



 アイナはようやく、落ち着いた気分になった。いつの間にか、王宮が自分にとって『帰る場所』になっていたようだ。旅芸人として各国を渡り歩き、故郷と呼べる場所を持たないアイナにも、ようやくそれができた。それがとても、嬉しかった。


「まだここに来て三ヶ月も経っていないのにね……」


 コウたちのお喋りを聞きながら、アイナは満ち足りた気持ちで微笑んだ。


 いよいよ、来週は結婚式だ。アイナはハクの妃になり、王妃としてお披露目される。そして、それからはずっと、ハクと一緒に眠るのだ。


「あー、アイナ、赤くなってる」


 アッシュがちょっかいを出してきた。


「もうっ、からかわないで」


 アイナは怒ったふりで膨れっ面をし、皆で笑った。




 執務室では、レイがエディにあれこれと指示をしていた。


「執務室の隣に、アイナの部屋を作ってくれ。私の座っている机から見えるように。だから壁はぶち抜いて、アーチ型の入り口を作って……扉は、無しだ」


「アイナ様お一人用のお部屋ですか?」


「そう。プライベートの部屋はもちろん二人一緒だが、昼間私が仕事をしている間、アイナを私の目の届く所に置いておくために作るのだ」


「束縛……」

 

 ボソッと呟くエディをレイがギロッと睨んだ。


「おっと、すみません、言い過ぎました」


 エディは乳兄弟なので、使用人でありながらレイには気安いのだ。


「何とでも言え。アイナはあんなに可愛いうえに歌も踊りも素晴らしく、その上魔力もあって紅龍持ちで霊亀のオマケ付きだぞ? 片時も目を離せる訳無いじゃないか」


「ふふっ、そうですね。どこからか素晴らしい騎士が現れて、アイナ様のハートを盗んでいったりしたら困りますもんね」


「こらっ、エディ! 縁起でもないことを言うな。減俸一ヶ月だ」


「ひでぇ、横暴だー」


 二人きりなので軽口ばかり叩いているが、手は忙しく動かして、部屋の改造プランをスケッチしていた。


「これでどうでしょう」


「うん……まあ、いいだろう。私の執務机との間にこのぐらい広いスペースがあれば、アイナもプライベート感を確保できるだろうし、私もこの距離なら窓から賊が入ってきてもすぐに対処できるしな。エレンが待機する場所もちゃんと作ってくれよ。エレンも過ごしやすいように、広めにな。そうだ、本棚も作って……」


「どんだけ心配なんですか。この調子じゃ、お子様が生まれたら育児も執務室でやりそうですね」


「当たり前だろう! 守る者が増えたら尚更だ」


「わかりました。では一週間以内に急いで仕上げます」


 エディは笑いを堪えながら退室して行った。


「陛下、よろしいですか」


 続いて、ダグラスが入ってきた。


「ああ、ダグラス。式の準備のほうはどうだ?」


「はい、警備はかなり増やして警戒しております。ロビン様も協力して下さるとのことなので、魔術の対策も万全かと」


「私はすっかり心配性になってしまったぞ。アイナが心配で、あと一週間がとてつもなく長く感じる」


「本当にね。こんな弱気な陛下、見たことありません」


「これがマリッジブルーというやつか」


「違うでしょうね。あれは結婚生活を不安に感じるというものでしょう。無事に結婚まで辿り着けるかという不安のことではないんじゃないですか」


「そうだな。私は、結婚生活自体は楽しみ過ぎて待ち遠しいからな」


 にやけているレイを呆れた顔で見ながらダグラスはポツリと言った。

 

「結婚ってそんなにいいものですかね」


「そりゃそうだろう。好きな女性とずっと一緒にいられるのだぞ。そういうお前だって、カート家の跡取りとしていつかは結婚しなければならないじゃないか」


「まあ……そうですね。その時が来たら、適当な相手とお見合いでもしますよ」


「勿論、お見合いでもいいけどな。案外、近くにいい女性はいるものだぞ」


「例えば?」


「うん、例えば……ほら、軍の中でいつも一緒にいる女性とか……」


「軍ですか? 職場恋愛は嫌ですね。家でも疲れそうじゃないですか」


 この話の流れはまずい。修正しなければとレイは焦る。

 

「いやいや、でも、話は合うぞ? お前みたいな格闘オタクで剣マニアな男についてこれるような女性は、軍以外にはなかなかいないだろう」


 その時、ダグラスの脳裏にエレンが浮かんだ。確かに、話は合うし、喋り過ぎない所も、時間にキッチリしている所も好ましい。見た目にあまりこだわりは無い派だが、エレンは背が高く目線がちょうど合うのが話しやすい。


「確かに、そうかもしれませんね」


(おおっ? 上手くいったのか?)


 レイは、ダグラスがエレンを思い浮かべたのでは、と考えた。


「まあ、そのうち考えてみます」


 そう言ってダグラスは退室した。エレンのためになったのかどうかわからないが、何かが一歩進んだのだけは分かった。


(エレン、頑張れよ……)


 エレンの気持ちに気付いていないのはダグラスだけなのだから何とか上手くいって欲しいものだ、とレイは思った。



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