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31 抱擁


「ここがその宿屋か、エレン」


「はい、陛下」


「アイナの気配は感じられないな」


 アイナが閉じ込められている宿屋の前にレイたちは立っていた。空からはいくら探しても緑色の髪の女は見当たらず、アイナの気配も感じられなかった。しかし、地上を探していたエレンが有力な情報を得ていた。


「緑の髪の女が向かった方向の宿屋を全て当たってみたところ、一軒だけ、様子がおかしかったのです」


「様子がおかしいとは?」


 ダグラスが尋ねた。


「声を掛けても誰も出ませんし、ドアもまったく開きません。窓から中を覗くと、人はいるのですが全く動いている様子がないのです」


「他の宿屋はどうだった」


「その他の宿は全て、緑の髪の女などいないと答えました」


「そうか。ではやはりここが怪しいな」


 アレスとコウが全ての窓を開けようと試して戻ってきた。

 

「陛下、どの窓も開きません」


「台所の女の人たちが、調理の手を止めて動かないんだよ。やっぱ変だ」


「霊亀の能力が今ひとつ分からない以上、うかつな手出しはできない。だが、アイナの身が無事であるかも分からないのだから、なんとかして中に入らなければ」


 レイは両手に魔力を込めた。力ずくで行けるかどうか、試すつもりだ。だがその時、レイの耳に何かが聞こえてきた。


「アイナ? アイナの声が聞こえる」


「ええっ?」


 ダグラスたちも皆、耳をすました。だが、何も聞こえない。


「本当に聞こえますか?」


「ああ。アイナが歌っている。それも、とても美しく哀しいメロディを……。アイナは絶対にここだ。ここにいる」


 レイはドアを開けようと必死に体当たりした。


「アイナ! ここにいるのか? アイナ!」


 すると、ピシッと音がして宿屋の周りから何かが弾け飛んだ。その途端ドアが壊れて開き、レイは思い切り中に転げて入っていった。


「陛下!」


 慌ててダグラスが駆け寄ったが、それよりも受け身を取っていたレイが飛び起きるほうが早かった。


「アイナ! どこだ!」


 レイはアイナの魔力の方向へ走って行く。玄関ホールにいた宿屋の主人は、急に目の前に現れた六人を見て驚き、手に持っていた箒を取り落として呆然としていた。


 宿屋の離れにある部屋へレイが入って行こうとすると、レイの気配に気付いたアイナが中から飛び出してきた。


「ハク!」


 アイナはレイの胸に向かって走って来た。


「アイナ!」


 レイはアイナを受け止め、両腕で息ができないほど抱き締めた。アイナも背中に手を回し、二人はしっかりとお互いの存在を確かめ合う。


「無事で良かった……!」


「ごめんなさい、心配かけて……」


「霊亀に攫われていたんじゃないのか」


「ええ、そうよ。でももう大丈夫。アッシュは術を解いてくれたの」


 アイナの後ろから、アッシュを抱いたロビンが静かに現れた。

 すぐさま、ダグラスとエレンは戦闘態勢に入ったが、アイナが急いで止めた。


「待って、ダグラス。もうアッシュは闘う意志はないわ」


「ですが、油断させているだけかも」


「大丈夫です。我々はエルミナ石の腕輪をつけて力を封印しました」


 ロビンが自分の腕とアッシュの手を見えるように掲げた。


「もう少し時間が経つと私は元の姿に戻ってしまいますので、どこか広い所に場所を移していただけませんか」


「じゃあアレス、この二人をナウルの屋敷まで運んでくれ。コウは私とアイナを」


「はい、陛下」


「陛下、私とエレンは宿で事情を聞いてから戻ります」


「そうしてくれ、ダグラス。では、急いで戻るぞ」


 

 コウに乗ったレイは、アイナを後ろから抱き締めたまま顔を上げようとしなかった。身体が小刻みに震えている。


「ハク……泣いているの?」


「アイナがもう戻って来れないんじゃないかって思うと……とても怖かった」


「ごめんなさい……心配かけて……」


 アイナはレイに抱かれたまま、俯いているレイの髪に手を入れて優しく撫でた。

 

「私も……あの宿に囚われたままかと思うと恐ろしかったわ。二度とハクに会えないなんて、考えただけでも辛かった」


「私は無力だ。自分だけでなく、アイナまでやすやすと囚われることになってしまって……情けないよ」


「違うわ、ハク。あなたのせいじゃない。精霊の力に対して人間はどうすることもできないわ。あまりにも大き過ぎる力だもの」


「そうだよ、陛下。気にするなよ。大体、時間を操るなんて反則だぜ。俺たち精霊だって敵いっこない力だもん」


「……コウにまで慰められてしまったな」


 レイは苦笑してもう一度アイナを抱き締めた。


「アッシュは、もうすぐ命が尽きてしまうの。子供の姿のまま、五百二十年も生きているのよ。だから、霊亀の新しい主人を探していたの。悪い心を持った人間が主人とならないように」


「そうだったのか。やり方は強引だが、彼なりに霊亀のことを考えての行動だったんだな」


「ええ。それで、王宮に一緒に行くことを提案したのよ。王宮ならば悪い人間はいないし、どうすればいいのかみんなで知恵を絞れるから」


「そうだな。だがまずは、じっくりと話を聞かなければならないな」


 話をしている間もずっと、レイが背中からアイナを抱き締めたまま頬をぴったりと寄せていたので、アイナは嬉しいやら恥ずかしいやらで心臓が爆発しそうになっていた。


(ハクは平気なのかしら? 私は緊張し過ぎてどうにかなりそう……)


 レイはレイで、アイナを抱いていないと心配な気持ちと、このままキスをしたい気持ちがせめぎ合っていて、それを悟られないように必死になっていたのだけれど。



 やがて一行はナウルの邸宅に到着したが、ナウルや兵士たちはこの事件を何も知らなかったので、呑気な様子で出迎えた。


「陛下、セランの街はいかがでしたか。こんなに遅くまで、あちこち歩かれたんですね。珍しい物でもございましたか」


「いや、ナウル、すまないが庭に面した部屋を用意してくれ。庭に、ちょっと大きな精霊が入ることになる。それと、お茶でも用意してくれるか」


「は、はい、わかりました。では今すぐ、ご用意いたします」


 ロビンは庭に入るやいなや大きな亀の姿になり、ナウルはひどく驚いたが、レイがロビンと話ができるように中庭に面した部屋の引き戸を開け放した。


「き、巨大な亀でございますね……」


 決して小さくはない中庭が埋まってしまう程の甲羅を持った、大きな亀であった。


「陛下、実はこれでもまだ本当の大きさではないらしいですよ」


 アレスが言った。


「来る途中で聞いたのですが、本来なら小高い山くらいの大きさで、木が生えていたり動物が住んだりしていたそうです」


「すごいな……どれだけ長生きしてるんだ」


「俺達なんてまだまだひよっこだなあ、アレス」


「そうですね、コウ。おそらく何万年と生きているのでしょうね」


 ダグラスとエレンも戻って来た。


「陛下、あの宿に彼らが入ったのは今日の午後だそうです。だから宿の者は彼らについて詳しいことは何も知りませんでした」


「そうか、ご苦労。二人ともまずは一休みしてくれ」


 ナウルが用意してくれた温かいお茶と焼き菓子を、アッシュもアイナの横で美味しそうに食べていた。


「アッシュ、アイナから話は聞いた。お前の能力は、触った者の時間を止めることと、一定の範囲内の時間を止めること。それだけか?」


「うん、そうだよ。それ以外はできない。時間を止めるのも、人間で最大一分。場所なら丸一日が限界だ」


「ええっ、百年でも二百年でもって言ってたじゃない」


「あれは脅しだよ。実際、めちゃくちゃ焦ったでしょ?」


「そうよ。ものすごく怖かったわ」


「ごめんなさい。ホントに悪かったよ」


「だがアッシュ、もしも陛下ほどの魔力の持ち主が霊亀を得たとしたらどうなる?」


 ダグラスが尋ねた。


「わからない。どうかな、ロビン?」


「はい。昔、かなり魔力の強い主人を持ったことがありましたが、その時は一週間ほど時間を止めることができました。しかし、その男の魔力は陛下には遥かに及びません。おそらく陛下なら、年単位で止めることが可能かと」


「……恐ろしいな。黒龍の力も凄かったが、霊亀の力も凄まじい」


「だから、ロビンをアイナに渡したかったんだ。それにアイナなら、ロビンが眠りたくなったら黒龍のように眠らせてくれるかもしれないし」


「なぁ、アイナがロビンの主人になったら、アイナも寿命が長くなるんだよな? 俺はアイナとずーっといられるのなら嬉しいけど」


 コウはまんざらでもない様子だった。


「え、そんな、同時に二つの精霊の主人になんてなれるの?」

 

「アイナっちの魔力なら大丈夫。レイ陛下なら三つでもいけるさ」


「ちょっと待て。アイナが若いままで長生きするのは嬉しいが……私は、普通に歳を取って先に死んでしまうよな? だ、だめだ!若く美しいアイナがその後ずっと一人だなんて、悪い虫が寄ってくるではないか。心配過ぎて死んでも死にきれん」


「大丈夫だよ陛下。俺が見張っててやるから」


「いーや。断じて許さん!」


 冗談にして笑ってはいるが、誰も本気には思っていなかった。五百年もの長い時間を一人で生きていくことを、望む者がいるだろうか?


 どうすればいいのか、簡単に結論は出なかった。しかしやはり、アッシュを王宮で預かるのがいいだろうということになり、アッシュも同意した。


「アイナと一緒にいられるならどこでもいいんだ」


 レイは、コウに加えてアッシュまで、アイナを取り合うライバルが増えてしまったことを内心嘆きながら言った。


「では明日、皆で王宮へ戻ろう」


 













 

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