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29 時の牢獄


 アイナは、見知らぬ部屋で目が覚めた。


「……ここは? 私どうしてこんな所に? 」


 部屋の中には誰もいない。


「どういうこと? 私、さっきまでハクたちと市場にいて、それから……」


「あ、気がついた? お姉さん」


 黒髪の少年と、ウェーブのかかった緑色の髪を無造作に後ろで縛り黒眼鏡を掛けた背の高い女がドアを開けて入ってきた。


「あなたは確か、市場で会った少年ね? ここはどこなの? 私、どうしてここに」


「ここは僕たちが泊まっている宿だよ。僕、アッシュといいます、よろしく。こっちはロビン」


 女はひょいと頭を下げた。


「あ、私はアイナです。アッシュ、私、どうしてここに? 私と一緒に五人いたはずなんだけど、みんなはどこにいるのかしら」


「さあね。たぶん今頃、必死でアイナを探し回っているんじゃないかなあ?」


 楽しそうに言うアッシュ。それを聞いたアイナは、弾かれたように立ち上がった。


「何ですって? まさかあなた達、私を(さら)ってきたの……? 」


 アッシュは答えず、ニコニコ笑っていた。


(どういうこと? 何故こんな子供が私を? とにかく、戻らなければ)


「ハクのところに帰るわ」


 アッシュの横をすり抜け出て行こうとしたが、ロビンが立ち塞がった。


「どいて」


「すみません、アッシュ様の命令ですので」


 ロビンは全く動こうとせず、アイナにドアノブさえ触らせなかった。


(コウ! 私の所に来て)


 そう呼びかけたが、反応はない。


「紅龍を呼んでも無駄だよ。今この宿は、閉ざされた空間にあるからね。届かないんだ。ロビン、外を見せてやりなよ」


 ロビンは言われた通り今度はドアを開け、アイナを廊下へ促した。不審に思いながらも部屋を出て、玄関の方へ行ってみると、宿の主人らしき男が立っていた。


「すみません! ここはセランのどの辺りですか? 領主さんの邸宅へ行きたいんですが……」


 だが、男は何も答えない。近くまで寄って顔をよく見ると、目は開いたままじっとしていて、掃除をしようとしていたのか箒を持った手がそのまま止まっている。触れてみるとその手はほんのりと温かかった。


(どういうこと? 死んでいる訳ではないわ。でもまばたきすらしていないなんておかしい。何が起こっているの)


 驚いたアイナは他にも人がいないか探してみた。台所に何人かの女が料理を作っているのが見えたが、皆、手が止まっている。一人は鍋で炒め物をし、もう一人は包丁で野菜を切っている途中だ。


(この人達もだわ。炒めている野菜ですら空中で止まっている。宿の外はどうなんだろう)


 玄関から外に出ようと引き戸に手を掛けたが、全く動かない。鍵が掛かっていないのに、開かないのだ。


 ドアの上部につけられた窓越しに外を見ると、人々は行き交い、普通の風景だ。


(この宿の人だけが止まっている……)


 アイナは混乱してしまった。こんな現象は、魔術以外あり得ない。だがいったいどんな魔術なのか、まったくわからなかった。


「ね、わかったでしょ」


 アッシュが後ろから声を掛けてきた。


「ここは、外の世界とは切り離されているんだ。だから紅龍を呼んでも届かないんだよ」


「あなたは……いったい誰なの? 何故、私をこんな所に閉じ込めたの」


 アッシュはニコっと笑って言った。


「とりあえず、部屋に戻ろうか。ゆっくり話をしよう」


 部屋に戻ると、ロビンがお茶の用意をしていた。


「どうぞ」


 だがアイナは手をつけなかった。


「毒なんて入ってないよ。ほら」


 そう言ってアッシュはお茶を飲み、焼き菓子を食べた。


「ありがとう。でもやめておくわ」


「そう? じゃあ僕全部食べちゃおう」


 楽しげに頬張るアッシュに、アイナは尋ねた。


「どうしてこんなことをするの? 私をどうしたいの」


 アッシュは焼き菓子を食べてしまい、指を舐めながら答える。


「アイナに興味があったからさ」


「興味?」


「うん。だからさ、僕らと一緒に旅をしてもらいたくなって。それと、カストールで黒龍の過去見をしていたでしょう。あれをやって欲しいんだ」


「過去見って言われても。あれは、ラスタ石の力よ」


「違うよ。石に力なんかないさ。石に込められた想いを読み取るのは、人間にしかできない能力だよ」


「もし私に過去見ができるとして、あなたは一体何を見ようとしているの」


「これさ」


 アッシュが取り出したのは、小さな貝殻のペンダントだった。


「これに、何か想いが残ってないか見て欲しいんだ」


「これは、あなたの物なの?」


「僕が両親から貰った、たった一つの物なんだ」


 アイナは、部屋を見回してから訊いた。


「あなた、ご両親は……?」


「もうとっくに死んでるよ」


「……ごめんなさい。辛いことを聞いてしまって」


「別に辛くもないさ。五百年も前のことだし」


「え? 五百年?」


 目の前にいるのは、どう見ても十歳の子供だ。五百年とはいったいどういうことなのだろう。


「アイナさん。私は時間を司る霊亀です」


 ロビンが黒眼鏡を外し、話し始めた。その瞳はアレスやコウと同じ、金色だった。


「あなたも精霊なのね」


「はい。黒龍や蒼龍、紅龍よりもずっと長く生きてきたんです。そしていつの間にか、時間を操ることができるようになってました。そして不思議なことに私と契約した人間は何故か皆、長生きになるんです」


「ということは、アッシュ、あなたは……」


「そう。君よりだいぶ歳上だよ。生まれたのは五百ニ十年前だ」


「アッシュ様は十歳の時に魔力が発現したのです。そして、前の主人を亡くしたばかりで次の主人を探していた私と偶然出会い、契約をしてもらいました」


「ひどいよね? 十歳の子供に何の説明もなく契約だよ。おかげで僕は、永遠に年をとらない十歳児として五百年を生きる羽目になった」


「精霊との契約が、人間に影響を及ぼすことがあるの……?」


 ロビンは首を傾げた。


「他の精霊のことはわかりません。ただ、私が契約した人はそうなるとだけしか。アッシュ様には、本当に申し訳ないことをしたと思っております」


「霊亀の魔術ってどんなもの? さっき、私達に何をしたの?」


 そう聞かれてアッシュは嬉しそうに答えた。


「ああ、僕の演技、上手かっただろう? ジュースをこぼすところから計画に入ってたんだ。そして、全員と握手をした」


「そうだわ。あなたと握手、したわ」


「僕はね、触った人の時間を止めることが出来るんだ。あの時は王や護衛を三十秒、アイナと龍たちは一分、止めたんだ。たった三十秒って思うだろう?

 人はね、時間が止まって再び動き出した時、何が起こったか一瞬わからない。わからないから動くことができない。

 つまり、時間を止めたのはたった三十秒でも、二分くらいの

足留めは充分できるのさ」


「この宿は、丸ごと時間を止めて外界の時の流れから隔離しています。違う時間に存在しているので、術を解かないと外に出ることはできません」


「ね? 最強でしょ? この魔術。だからアイナ、僕たちと一緒に行こうよ。どんな攻撃されたって、時間を止めれば僕らには効かないんだ。世界中、安全に旅をすることができるよ」

 

 アイナの手を取り、楽しげに誘うように話すアッシュ。

 

「いいえ、ハクのところに戻るわ! 私はハクともうすぐ結婚するのよ。早くここから出して!」


 その言葉を聞くとアッシュの顔は歪んだ。怒りよりも悲しみのほうが大きいようだった。

 

「……なんだよ、結婚なんてしなくても生きていけるじゃん! 僕と行ってくれないなら、もうここから出さないからな!」


 アッシュはそう言い放つと乱暴にドアを閉めて部屋から出て行った。


「外に出るのかしら?」


 アイナも外に出ようと腰を浮かしかけたが、ロビンが止めた。


「いえ、宿の何処かにいると思います。私たちが宿を出るのにも、術は解かないといけませんから」


「ねえロビン。私をみんなのところへ帰して。これは、アッシュの気まぐれなんでしょう?」


 ロビンは首を横に振った。


「アッシュ様はあなたと一緒にいたいのです。私は、アッシュ様が欲しいと言うモノは全て手に入れてきました。それが、アッシュ様をこの長い旅へ(いざな)ってしまったせめてもの罪滅ぼしですから。

 時間を止めれば、手に入らないものはありません。アイナさんが諦めて私達と一緒に旅をする気になるまで、百年でも二百年でもここで待ちます」


「そんな……そんなことしたら、外にいるハクたちは」


「先にお亡くなりになるでしょうね。人間の寿命は四、五十年ですから」


 アイナは全身から血の気が引いていくような感覚に襲われた。


(そんな! 私がここにいる間にハクが年を取って死んでしまうってこと? そんなの嫌! もう二度とハクに会えないなんて、そんなの絶対に嫌だわ!)


「……ここから出るにはアッシュに術を解いてもらわないと駄目なのね?」


「はい、そうです。でも、あなたが私たちと旅をする気になってくれなければ無理ですよ。アッシュ様、お寂しいんです。子供のままだから結婚もできず、ずっと私と二人きりで生きてきましたから。

 カストールで偶然あなたを見て、過去見の能力を知り興味を持ったんです。お願いですからしばらくの間一緒にいて下さい」


「しばらくって……どれくらいのことなの」


「せめて十年くらいは」


「……冗談じゃないわ。私は今すぐ帰りたいのよ」


「交渉決裂ですね。ではここで百年ほど過ごすことにしましょう。この中にいれば、あなたも歳を取りませんから」


 そう言うとロビンも部屋の外へ出て行き、鍵をかけてしまった。


「嘘でしょう。お願い、出して――――」


 だが、返事は聞こえてこなかった。







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