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28 消えたアイナ


 カストールの王都を出発したレイたちは、王都へ続く街道を行軍していたアルトゥーラ軍を見つけて合流した。そしてカストールの王が処罰され賠償もなされると告げると喜びの声が上がった。

 もう戦う必要はないことがわかった兵士たちは一様に安堵の表情を浮かべていた。他国との戦闘は初めての者が多く、皆不安に思っていたのだった。

 捕虜となっていたカストール軍兵士は解放し、アルトゥーラ軍はセランまで戻ることになった。


「各地から集めた軍隊も、それぞれの任地に戻します」


 リヴィア大佐が報告してきた。


「そうだな。もうカストールを警戒する必要はないだろう。今日は酒を振る舞うなどして兵士たちを充分ねぎらってやってくれ」

 

 レイたちはセラン領主ナウルの邸宅で休むことにした。


「ダグラス、明日の朝王宮に向けて出発しよう。今日は、このあとアイナをセランの街に連れ出して買い物でもするかな」


「そうですね。セランは王宮から遠いですから、今後アイナ様を連れて来ることは滅多にないでしょうし」


「エレン、すまないが一緒に来てくれるか」


「はい、もちろんです、陛下」


 本当はアイナと二人で出掛けたいのだが、試着室やお手洗いについていく訳にはいかない。やはり女性の護衛が必要なのだ。


「私も陛下の護衛として一緒に行きます」


 ダグラスがそう言うと、エレンの口元が少し緩んだのをレイは見逃さなかった。




「アイナ、セランの街を見に行かないか」


 客間で休んでいるアイナにレイが声を掛ける。風呂に入らせてもらい、髪を結い直していたアイナは、無邪気に喜んだ。


「ほんと? 一度行ってみたいと思っていたのよ。市場も、美味しい物がたくさんあるんですって」


「よし、じゃあ今から行こう」


 アイナの支度が終わって、アレスとコウも含めた六人は街へ向けて歩き出した。


 セランはアルトゥーラの中でも郊外の街だが、それでもカストールの王都ぐらいの賑わいがあった。市場に行くと、屋台で売っている食べ物の美味しそうな匂いが漂い、身動きが取りづらいほどの人が出ていた。


「ねぇハク、あれ美味しそうだわ」


「そうだな。買ってみよう」


 小麦粉を練って薄く焼いた皮に、味を付けて焼いた肉と彩りの良い野菜を巻いた軽食にアイナは興味を惹かれた。レイはダグラスとエレンの分も買い、四人で食べながら歩くことにした。


「スパイスが効いてて美味しい」


「うん。皮で巻いてあるから食べやすいしな」


「歩きながら食べるの久しぶりだわ」


「マーサが見たら目を三角にして怒るだろうな」


「ふふっ、そうね。……あっ! ハク、あの焼き菓子も食べてみたい」


「どれだ? あの、リンゴの入ったやつか」


 次から次へと食べたがるアイナと、アイナがねだる物を全部買ってしまうハクのおかげで、ダグラスとエレンはお腹いっぱいになってしまった。見かねたエレンが忠告する。


「アイナ様、それ以上食べたら結婚式のドレスが入らなくなってしまいますよ」


 ハッと気がついたアイナ。そういえば、ドレスに合うウエストを保たなければならないのだった。

 

「うっ……。それもそうね。そろそろやめておくわ」


 その時、走ってきた十歳くらいの子供がつまずき、手に持ったコップの飲み物がこぼれてみんなの服にかかってしまった。


「あっ! ごめんなさい。僕ったら」


 少年は黒いサラサラの髪を肩の上で切り揃え、細い切れ長の瞳も黒く、遠い東の国の人形のように可愛らしかった。少年は手拭いを取り出し、濡れた服を懸命に拭き始めた。


「いいよ、気にするな。大した染みじゃない」


「でも……」


「それより、飲み物が無くなっただろう? 新しいのを買ってやろう」


 レイは屋台で飲み物を買い、少年に手渡した。


「ご親切に、ありがとうございます!」


 そう言って、少年はレイと握手をした。ダグラス、エレン、アイナとも。すると――――


 ザワザワ……市場のざわめきが一瞬途切れ、また聞こえ始めた。

 レイは、ハッと気がついて周りを見渡した。市場に変わった様子はない。だが、アイナの姿だけが消えていた。


「アイナ! どこだ?」


「陛下。何かおかしいです」


 ダグラスとエレンも、レイと同じく一瞬記憶が途切れていたようだった。


「アイナ様!」


 エレンが呼びかけたが、返事は無い。ふと気づくとアレスたちの様子もおかしい。目は開いているが意識はここに無いようだった。


「アレス! コウ!」


 レイが軽く頬を叩くと、アレスはハッと気がついた。コウも、ダグラスが叩いて目を覚ました。


「陛下。急にエルミナ石の気配がしました。そして時が止まったような感覚が……」


「俺も。一瞬、記憶が無くなった」


 エルミナ石といえば、魔力を使えなくさせる石だ。


「アイナがいないんだ。……コウ、アイナの魔力の気配は無いか?」


「全く無いよ。近くにいないんだろうか?」


「こんなに突然、五人の目を盗んでアイナを攫うことなんてできるのだろうか。また、魔術か?」


 ダグラスが、目の前にあった露店の主人に聞いた。


「我々と一緒にいた鳶色の髪の女性が何処に行ったか見なかったか?」


「ああ、若い女の子かい? 黒髪のボウズが、『お姉ちゃん気分悪くなっちゃったの? 宿に帰ろう』って言って、背の高い女が抱き抱えて行ったよ」


「女? どんな女だった」


「緑色の髪だったよ。珍しいよなあ、緑って」


「どっちへ行ったかわかるか」


「あっちだよ」


「そうか、助かった。礼を言う」


 エレンが、言われた方向へサッと走って行った。ダグラスは四方に目を配りながら言った。


「陛下。やはり魔術ではないでしょうか」


「ああ。アレス、緑の髪の女に心当たりはあるか?」


「すみません。私はわかりません」


「コウは?」


「うん……。もしかしたら、霊亀かもしれない」


「霊亀?」


「うん。霊亀は時間を司る大きな亀って昔聞いたことがあるんだ。会ったことはないんだけど」


「時間を操る魔術か……くそうっ!」


 レイは拳で壁を思い切り殴った。薄い壁が、ミシミシッと鳴って揺れた。


「コウ様、アイナ様が近くにいなくても動けますか?」


「ティナの矢じりをアイナがペンダントにして持たせてくれてるんだ。毎日、魔力を込めて貰ってるから、しばらくは大丈夫だけど……」


「コウ、私と一緒にいましょう。動けなくなったらいけない」


「じゃあアレス、私とコウを乗せて空からアイナを探そう。ダグラスはエレンと共に地上を探してくれ」


「はい」


 ダグラスも人混みに消えた。レイは、心配と怒りで頭がどうにかなりそうだった。急いで市場から離れてアレスが龍に変化できる場所を探すと、幸い人のいない空き地がすぐに見つかった。


「行くぞ、アレス」


「はい、陛下」


 アイナの魔力の気配を慎重に探しながら、レイはアレスに乗ってセランの上空を飛び続けた。











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