27 黒い龍 7
「大した話ではなかっただろう。信じた人間に裏切られた。それだけのことだ」
黒龍はそう言ってそっぽを向いた。皆が黙り込んでいた中、アイナが口を開いた。
「黒龍、それは違うわ」
「何? 何が違うと言うんだ」
「シュウさんの気持ち。あなたを裏切ったわけじゃないと思う」
「裏切っただろう。私を騙して閉じ込めたのだ。私を疎ましく思っていたんだ」
「違う、人間の気持ちはもっと複雑よ。表面だけを見ちゃ駄目」
「うるさい! お前に何がわかる」
黒龍は怖い目をしてアイナを睨んだ。
「アレス、その首飾りを貸して」
「アイナ様? どうするのですか」
「やってみたいことがあるの」
アイナはアレスから渡されたラスタ石の首飾りを胸に当てた。祈るように目を瞑ると、やがてラスタ石が輝き始めた。
「これは……!」
その場にいた者全てが驚いた。アイナの周りに別の風景が見えたのだ。古いボロ小屋の中だ。そして、誰かの声が響いてきた。
『すまん、黒龍。お前を置いて死んでいく俺を許してくれ。岩穴に閉じ込めた俺のことをさぞかし恨んでいるだろうな。だが俺は、お前の力が悪用されるのが恐ろしいんだ。悪い人間に契約され、殺人兵器にされてしまうのが怖いんだ』
「これは、もしかしてシュウの声か」
レイの問いに、黒龍は答えなかったが、目を見開いてじっと聞き入っている様子を見ると、シュウで間違いなさそうだった。
『俺と旅をしている間に、お前はとても人間らしくなった。いろんな感情を表すようになった。最初はぶっきらぼうだったお前がな。一人でいることの寂しさを知ったお前は、俺が死んでしまったらまた、人間と交流を持とうとするだろう。だが、世の中には悪い奴もたくさんいる。お前の力は、そんな奴に渡してはいけない代物だ。だから、封印するしかなかった』
『俺の事を恨め。憎め。そして人間を警戒しろ。俺にはそれしか、お前を殺人兵器にしないで済む方法が見つからないんだ。済まない。本当に済まない』
『これが最後の、お前に渡せる魔力だ。いつか、平和な世の中になって、お前のその寂しさを埋めてくれる人に巡り合えることを願っている。では、シグル山へ行こうか……』
ラスタ石の輝きが止み、辺りの風景もカストール王宮広場に戻った。
「これは、どういうことだ」
黒龍が気色ばんでアイナに尋ねた。
「ラスタ石に最後に魔力を込める時にシュウさんが強く念じた想いよ。私も、以前ラスタ石を媒介にして前世の記憶を取り戻したことがあるの。だから、きっとこの石にはシュウさんの想いが残っているはずだと思ったのよ」
「黒龍。シュウはお前のことを大事に想っていたんだ」
レイが優しく語りかけた。アレスも必死に説得する。
「そうですよ、黒龍。長い間、閉じ込められて一人ぼっちで辛かったと思うけれど、シュウさんの気持ちはわかってあげて欲しい」
「……シュウは、私のことを嫌っていたんじゃなかったのか?」
「当たり前じゃない。あなたのこと、大好きだったのよ」
黒龍の大きな目から涙が流れてきた。
「私だって、シュウのことが大好きだった。シュウは、あの翌日が死期だったんだ。私は、シュウの死に目に逢えなかったのがずっと辛かったんだ…………」
両の目から涙が溢れて止まらなかった。
「あなたは、ずっと傷ついていたのね……」
アイナは黒龍の首に寄り添って撫でてやった。黒龍は目を閉じてされるがままになっていたが、やがて落ち着いた口調でこうつぶやいた。
「……蒼龍、紅龍。私は……もう眠りたい」
「黒龍、それはどういう事だ?」
アレスが驚いて聞いた。
「今なら、眠りにつけそうな気がするのだ。アイナ殿、私をラスタ石に封じてくれないか」
「えっ、ええっ⁉︎ そんなことどうやって?」
「あなたならできそうな気がする。我らは自ら死ぬことができない。永遠に生き続ける辛さをずっと感じていた。だが何故だか今、眠りにつけるという確信があるのだ。シュウの気持ちを知り、満足したのかもしれない」
「そんなまさか……本当に、俺たちそんなことができるのか?」
コウが信じられないという顔をしている。
「わからない。だが、アイナ殿ならきっと。頼む、やってみてくれないか」
レイがアイナの背中にそっと手を添えて言った。
「アイナ、やってみよう」
「……わかった。やってみるわ」
アイナは覚悟を決めた。コウがエルミナ石の鎖を黒龍の首から外すと黒龍は人の形に戻った。そしてアイナの前にひざまづく。
アイナはラスタ石の首飾りを黒龍の額にかざして強く願いを込めた。
(どうか、シュウさんと一緒に黒龍が眠れますように――――)
すると。
まばゆい光が溢れ出し、アイナと黒龍を包んだ。そして黒龍の身体は徐々に薄くなっていく。その光の中に若かった頃のシュウがいて、黒龍に向かって笑顔で手を伸ばしている姿が見えたような気がした。
「シュウ……」
黒龍が微笑み、シュウの手を取る。やがて、二人の姿は光とともにスゥーっと消えていった。
「黒龍!」
コウとアレスが叫んだ。
光が全て消えた時、薄い黄緑色だったラスタ石は暗い緑色に変わっていた。黒龍の黒と混ざり合ったかのようだった。
「無事に、この中で眠りにつくことができたかしら」
「ああ、きっと、シュウの想いに包まれて幸せに眠っているよ」
レイが優しくアイナを抱き締めた。
「この首飾り、どうすればいいと思う?」
「私が常に身につけておこう。この石を悪用されてはいけないから」
「そうね。ハクの首にかかっていたら安心だわ」
「陛下、ありがとうございます。黒龍のことも守っていただけるのですね」
流れる涙をぬぐおうともせず、アレスが言った。コウは、顔をくちゃくちゃにして泣いていた。
「もちろんだ。だが、私ももっと強くならなければいけない。今回のように容易に敵に捕まっていたんじゃ、誰のことも守れない」
「では、アルトゥーラに戻ったら早速特訓ですね」
ダグラスが容赦なく言い放った。だが今回ばかりはレイも大人しく従った。
「ああ。頼む、ダグラス」
ダグラスは口の端を上げてニッと笑うと、いつもの口調で言った。
「では、戻りましょう。アルトゥーラ軍もこちらに向かっているはずですから、合流しなくては」
「そうだな。アレス、コウ、頼むぞ」
「はい、陛下」
アレスにレイとダグラス、コウにアイナとエレンが乗った。シオンと別れの挨拶を交わし、二匹の龍は飛び立った。
シオンは、重臣たちと共に龍たちを見送った後、気合を入れるように大きく一回、パンと手を叩いた。
「よし、それでは会議を始めるぞ。カストールの地震を鎮めるために、蒼龍様を年に一度派遣して下さるとレイ陛下が約束して下さった。カストールを豊かにするため、我々が頑張らなくてはな」
「はい、シオン様!」
カストール王宮広場の隅に、身を隠すようにヴェールに身を包んだ二人組が残っていたことは誰も気づいていなかった。
「あれがアルトゥーラ王の婚約者かあ。面白い娘だな、ロビン」
「ええ、アッシュ様。火の龍を使ってましたね」
「僕、あの娘欲しい」
「取っちゃいますか」
「うん」
二人は、悠々と王宮広場から出て行った。