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26 黒い龍 6


 兵士たちに出て行くよう促され、集まっていた群衆はゾロゾロと王宮広場を後にし始めた。


 アレスとコウは、エルミナ石を掛けられたまま横たわっている黒龍の元へ近付いて行った。


「久しぶりだな、黒龍」


「紅龍。お前もいたのか」


「ああ。俺はアイナと契約してるんだ。でさ、今、すげー幸せだよ」


「……そうか」


 アレスはそっと黒龍に近づき、魔力の供給源であるラスタ石の付いた首飾りを外した。

 

「これで魔力は得られない。もうあの魔術は使えないだろう」


「私をどうするつもりだ。お前が昨日入っていたエルミナ石の牢に入れるか」


「そんなことはしたくない。黒龍、どうしてそんなに人間を嫌うようになったんだ。教えてくれ」


 黒龍は長い間黙っていた。レイとアイナもやってきて、黒龍の言葉を待った。


「大した話ではない」


 目を閉じてそう言いながら、これまでのことを語り始めた。



 ―――私が洞窟の外に出たのは、まだ人間が言葉を持たない時代だった。最初にやってきた人間がたまたま強い魔力を持っていたのだが、言葉がないせいか、契約などしなくても好きなだけ取ることができた。

 それからは魔力の多い人間を見つける度に近づいて魔力を取り、好きな時に好きな所へ、自由気ままに過ごしていた。


 やがて、人間は言葉を話すようになった。そして色々な物に名前をつけ始めた。その頃から魔力を人間の許可なく取ることができなくなってきたのだ。

 魔力を貰った者に名前をつけられてしまうと、その者と契約が結ばれる。そいつの言うことを聞かなければならなくなる。何故だかわからないが、そういう仕組みだ。お前たちも知っているだろう?

 私は契約なんてしたくなかった。人間に縛られるのは嫌だったからだ。


 だから、死者から魔力を集めることにした。人間は、全く魔力が無いように見える者でも、実は微かに持っている。そして、死ぬ時には、魂が身体から離れると同時に魔力も空に還っていく。それを狙って、魔力を集めた。塵も積もれば、ってやつだ。

 私には人間の死期を感知する能力があったから、死にそうな人のところへ行って待っていれば良かった。簡単なことだ。

 やがて、私は人間から死神と呼ばれるようになった。黒龍が空に現れると人が死ぬ。黒龍は死の使いとして恐れられるようになった。

 それは私にとっても好都合だった。名前などつけられると困るから、人間には避けられているぐらいがちょうどいい。寂しくなんかなかった。


  そんなある日、私はうっかり砂漠で魔力を使い果たし、動けなくなってしまった。何日も何日も、そこでじっとしていたが、一人の旅人が通りかかってこう言った。


「お前、魔力が足りなくて動けないのか? 俺の魔力、分けてやろうか?」


「いらぬ。人間と契約なんぞしたくない」


「だって、こんな砂漠で動けないんじゃ、干からびちまうぜ。遠慮すんなって」


「要らぬと言ってるだろう! 私は人間に使われたくないのだ。分かったらあっちへ行け」


 そいつは、離れて行った。だが、しばらくすると戻ってきて、大きな石のついた首飾りを投げて寄越した。


「ほら、こいつを首にかけとけ」


「なんだこれは」


「魔力を閉じ込めておけるラスタ石の首飾りだ。俺の魔力を入れておいた。首にかけると、魔力が伝わってくるぞ」


 確かに、手に持っただけでそこから魔力が流れ込んでくるようだ。おかげで、人型になることが出来た。


「おおっ、すげーイケメンじゃん。浅黒い肌に黒髪、金の瞳か」


 私は人型になった自分の首に、この首飾りをかけた。


「すごいな、この石は。契約しなくても魔力が貰えるのか」


「キリア山からしか採れない石なんだが、魔力を出し入れできるって呪術師の間で評判なんだ。魔力のない金持ちに売りつけたりしてる」


 男はニヤッと笑った。


「お前、契約したくないんだろ? だったら、この石で魔力を分けてやるよ。一緒に旅しようぜ」


「……いいのか? 死神と呼ばれている私が一緒でも」


「お前が殺している訳ではないだろ。死んだ者から魔力を取ってるだけなんだよな」


 私は、不覚にも涙を浮かべてしまった。自分のことをわかってもらえたのが嬉しかったのだ。


 男は、名をシュウと言った。ボサボサの髪にボロボロの服、石の腕輪や首飾りをジャラジャラつけて、いかにも呪術師という怪しい風体だ。


「呪術師、兼、医師だな。いろんな村を回って、怪我やちょっとした病気を魔力の手当てで治している。報酬は、食い物と宿だな。貧しい人から金は取らない。金が無くなったら、金持ちに石を売ってるんだ」


 シュウはまた、ニヤッと笑った。シュウの周りにはよく見ると小さくて羽の生えた人型の精霊が二匹、飛び回っていた。


「こいつらは?」


「ああ、俺が契約しているマイとメイだ。こいつらも旅の途中で拾った。怪我を治す力があるから助かってるんだ」


 マイとメイは私のところへ飛んできて、さえずり回った。


「黒龍さん、シュウと契約しないの?」


「名前つけてもらわないの? シュウはいい人だよ」


「魔力、いっぱい持ってるしね」


「嫌なこと、させないしね」


 二人は顔を見合わせて笑っていた。


「……まだ、信用できん」


 シュウは、豪快に笑った。


「まあ、お前は契約なんてしなくてもいいさ。好きな時にどっか飛んで行っていい。魔力が無くなったら帰ってこい。さっきみたいに、使い切っちまって動けなくなる前にな」


 こうして、私はシュウと、マイ、メイと共に旅をすることになった。あちこち飛び回るのももう飽きていたし、人型になっていれば死神と指を差されることもなかった。

 助手として手伝っていると、人間から感謝されることもある。それはこそばゆく、今まで感じたことのない気持ちだった。


 ある時、病気の子供の家を訪れた時だ。シュウは必死で魔力を注ぎ込み、手当てをしていた。だが私には、この子の死期が見えていた。シュウがあまりにも一生懸命だったのでつい、口を滑らせた。


「無駄だ。この子は明日の朝には死ぬ」


 すると、その場にいた家族は悲鳴をあげ、泣き叫んだ。

 シュウは怒りの形相で振り向き、私を思い切り殴った。


「馬鹿な事を言うな! 人間にはな、最後の最後まで奇跡を起こす力があるんだよ!」


 そう言って、また手当てに戻った。私は釈然としなかったが、家族の嘆きを見ていられなくなり、その家から出て近くの丘の上で一晩中様子を見ていた。


 翌朝、シュウが疲れた面持ちで家から出てきた。丘の上で待っていた私のところへ来ると、ドサリと地面に寝転がった。


「助けられなかった」


 仰向けになり手で顔を押さえていたが泣いているようだった。私は彼にかける言葉が見つからず、ただ黙って側にいるだけしかできなかった。


 しばらくしてシュウは起き上がり、私の顔を見つめた。


「なあ黒龍よ。お前は悪気はなかったと思うが、今後は死期が見えても言わないでくれ。確かにお前の言う通り、あの子は今朝亡くなった。だがな、本当に奇跡が起こることもあるんだ。家族も、俺も、それを信じてやってる。だから、黙っていて欲しいんだ」


「わかった」


 言われなくても、私が一番後悔していた。あれほどまでに嘆き悲しむ人を見るのは辛い。


「私には家族はいない。だから、家族が死んで悲しむ気持ちがわからなかった。だけど、今日、少しわかった気がする。もしシュウが死んでしまったら、私も悲しいと想像できたから」


 そう言うと、シュウは泣いた後の赤い目を細めて笑い、私の頭を撫でてくれた。

 その時私の中に初めての温かい気持ちが湧き、思わずこう言っていた。


「シュウ、私はシュウと契約したい。シュウに名前をつけてもらいたいんだ」


 シュウはしばらく考えていた。


「黒龍よ。お前と契約したら、俺も人の死期が見えるようになるのか」


「ああ、たぶん」


「他には、どんなことができる?」


「闇を操ること」


 私は手のひらの上に丸い闇を浮かべて見せた。そして、地面を這っていた小さな蛇にその闇を被せた。すると蛇は動かなくなった。


「死んだのか⁈」


「いや、今はまだ魂と切り離されているだけだ。この状態で七日経つと、身体は死に、魂は消滅する」


 シュウは、青い顔をしていた。私が手のひらを閉じて闇を消し、しばらくすると、蛇はまた動き始めた。


「お前……この力を人間に使ったことは?」


「ない」


「そうか……」


 シュウは、黙って私の頭をまた撫でた。今度はさっきより強く、髪をぐしゃぐしゃになるほどに。


「な、なんだ!」


「いや、お前、偉いなと思って」


「なんだ、どういうことだ」


「いや〜、別に」


 シュウは思い切り伸びをした。そして、こう言った。


「黒龍、俺はお前と契約はしない」


「なんでだ? 私のことが嫌いか?」


「違う、お前のことは好きだ。だが私は医師なんだ。人の病気を治すのに、死期が見えてしまうのはどうにも辛すぎる」


「そうか、そうだな……」


「だから今まで通りでいこう。契約なんかしなくても、俺とお前は『相棒』だからな」



 こうして、私とシュウは契約をしないまま、ずっと一緒に旅をした。話し相手のいる旅は、一人旅よりも楽しく思えた。永遠に旅していたいと思っていた。


 だが人間には寿命がある。ついに、シュウの死期が見える時が来てしまった。


「黒龍よ。俺の死期が見えているのか」


 病に倒れ、すっかり顔色の悪くなったシュウが聞いてきた。だが私は答えられなかった。


「そうか。そうだろうな」


 シュウは目をつむった。


「なあ。行きたいところがあるんだが、連れて行ってくれないか」


「いいぞ。どこだ?」


「シグル山の頂だ」


 そこは険しい山岳地帯で、住む人もあまりいないところだった。シグル山はとりわけ高く、今のシュウでは確かに登れそうもなかった。


 山頂に着くとシュウは岩の裂け目を辿っていき、ある場所で立ち止まってしゃがんだ。


「ここだ」


 その岩の裂け目は人が入れるくらいに開いており、頭を突っ込んで下を覗きこむと、中は大きな空洞になっていた。


「ちょっと入ってみてくれ」


「わかった」


 足から飛び降りて中に入ると、思ったよりも広い空間が開けていた。長い年月をかけてくりぬかれた天然の空洞だった。上を向くと、青空が小さな丸い円になって見え、シュウの顔が覗いていた。


「シュウ、ここがどうしたんだ?」


 だがシュウは答えず、穴に石を詰めて蓋をしてしまった。


「シュウ? なんだよ、これ?」


 私は龍に戻り、飛んで穴から出ようとした。だが、龍には戻れたものの飛ぶことができなかった。


「なんでだ? 魔力なら今朝、石に込めてもらったからまだ充分あるはずだ」


 だが、身体から力が抜けていく。どうやら、この空洞の中では魔術を使えないようだった。


「なんでだよ。なんで、こんなところに閉じ込めるんだ。シュウ、答えろよ。シュウ!」


 私は叫び続けたが、シュウから返事が返ってくることはなかった。




 あれからどのくらい時が経ったのだろう。絶望、怒り、憎しみ。様々な感情が渦巻き、私をさいなんだ。


「人間など、二度と信じるものか」


 私は心に誓った。ここを出たら、世界中を闇に包んで消してやる。人間はこの世界に必要ない。いつか、出られる日が来たら――――










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