24 黒い龍 4
アイナたちが歩いて移動し始めて三時間ほど経つ。王都へ続く街道に所々立てられている標識には、王都からの距離が書かれていた。
「この距離だと、やはり到着は夜になりそうです」
「ハクは無事かしら。昨日のうちに王都には着いているでしょう? 今日、何か酷いことされていたら……」
アイナは目を瞑り、頭をブルブルと振って、頭に浮かんだ嫌な想像を追いやった。
「確かにそうだよな。やっぱり、飛んで行こうよ」
「しかし、人が少ないとは言え、日中飛ぶのは目立ち過ぎます。危険です」
エレンがコウを諫めていると、羊の群れを連れた若い男が通りがかり、三人を見て驚いた様子で足を止め声を掛けてきた。
「アイナ! アイナじゃないか?」
「え、えっ? ピートなの?」
「そうそう! あー、やっぱりアイナだ。随分と綺麗になったなあ」
「ピート、久しぶりね。三年前お父様が亡くなったので一座を辞めたんだったわね。ビートの故郷ってカストールだったの?」
「そうなんだよ。カストールは畑があんまりないだろう、だからこうして山羊や羊を飼ってるんだ。良かったらウチに寄ってかないか? チーズくらいはご馳走するよ」
「ありがとうピート。でも私たちすごく急いでいるのよ。なるべく早く、王都に行かなきゃいけないの」
「王都へ? 馬にも乗らずにかい?」
「そうなの。だからもう行かなきゃ。ごめんね、ピート。またゆっくり遊びに来るわ」
早口で話したあとすぐに出発しようとするアイナをピートは引き止めた。
「ちょい待って。歩いて行くんじゃあ時間かかり過ぎるよ。シオンさんに頼んでくるからここで待ってて」
そう言うやいなや、ピートは羊をその場に残し一軒の家に向かって走って行った。
そしてすぐに、その家から一人の男を連れて戻ってきた。その男は三十過ぎくらいであろうか。すらっとした筋肉質の体型だった。茶色い髪と髭に覆われた顔は柔和で、人懐こい笑顔が感じのいい男だった。
「ちょうどシオンさんの家の前で良かった。シオンさん、こちら俺の昔の仲間、アイナだ。アイナ、こちらシオンさん。運び屋をやってる。早い馬を持っててさ、王都までなら二時間で行けるよ」
シオンと呼ばれた男はひょこっと頭を下げた。
「えっ、本当に? それはすごくありがたいわ。ねえ、エレン?」
振り返るとエレンはかなり警戒しているようだった。
「アイナ様、この人はかなりの魔力持ちです。目を凝らしてよく見て下さい」
「えっ」
確かに、よく見ると身体のあちこちから魔力が溢れ出ている。薄い皮膚のように纏う訓練をしていないのだろう。
「あー、そんなに警戒しないでくれよ。俺は魔力を持ってるだけで何も悪いことはしない、一般市民だ」
シオンは、両手をバンザイさせて言った。
「王都に急ぎで行きたいんだろう? 歩けば夜中、普通の馬なら夕方に着くところを、二時間かからずに連れて行けるぜ。その代わり、お代はちょっとばかし弾んでもらうけどな」
「二時間で行ける馬ってどういうことでしょうか」
エレンはまだ警戒を解いていない。
「ああ、見たほうが早いか。来い、ザック、リリー」
シオンが呼ぶと、目の前に砂煙がぶわっと立ち上った。そして、その中から翼の生えた馬が二頭現れた。
「すごい……ペガサスね⁈ 」
「こいつらなら、空を飛んで二時間以内に到着できる」
「シオンさんはこの子たちと契約しているんですね」
「ああ、そうだ」
「エレン、乗せてもらいましょう。やっぱり夜に着くのでは遅すぎるもの」
「……わかりました。そうですね、そのほうがいい」
「よーし、決まった。じゃあ二人ずつ分かれて乗るぞ」
シオンとエレンがザックに、アイナとコウがリリーに乗った。
「ありがとうピート。助かったわ。また今度、お礼をしに来るわ」
「礼なんかいいよ。トーヤさんによろしくな」
ペガサスはふわりと浮き上がると、空を駆け上がった。
「しっかり掴まってろよ。早いから振り落とされるぞ」
ペガサスはまるで地面があるかのように、空を駆け
て行く。
「ところで、何でそんなに王都へ急いでるんだい」
「私の大切な人が捕われているのよ」
「もしかして、黒い龍に乗せられてた人かい?」
「えっ、シオンさん知ってるの?」
「昨日の昼頃、黒い龍が俺の前に降りて来たんだ。そして、『お前魔力を持ってるだろう。この石に魔力を注げ』って言われてさ。怖いから言う通りにしたんだよ。その時、背中に銀髪の綺麗な若者と、もう一匹青い龍を乗せてた」
アイナの背中を冷たい汗が伝った。
「ハクとアレスだわ」
「石に魔力を入れてやったら、黒い龍は王都に向かって飛んで行ったよ。あの若者はアルトゥーラの王なのかい?」
アイナは黙り込んだ。軽々しく、王の身分を明かすことはできない。
「おっと、そりゃそうだな。断言する訳にはいかないか。まあ俺も訳あって、王族の特徴は知ってるんでね。アルトゥーラの王族は珍しい銀色の髪をしているからさ、そうじゃないかなと思っただけさ」
「シオンさんはどうして王族のことをよく知ってるの?」
「昔はカストール王宮に出入りしてたからな」
出入り、ということは王宮で働いていたのだろうかとアイナは考えた。
「そうなのね。シオンさん、カストール王ってどんな人?」
シオンは険しい顔になった。
「今の王はダメだな、全く。国民が飢えに苦しんでるってのに自分のことしか考えてない。
先々代の王まではまともだったんだ。カストールにしかない石を売り、その金で食糧を買う。その食糧を民に配給してた。でも先代の王は違った。食糧を貯め込み、自分達だけに回すようになった。王宮を贅沢な調度品で飾り、上等な服を何着も作り、パーティ三昧。
その王は去年死んだが、後を継いだ息子のバルディスはそれに輪を掛けてひどい」
シオンは一気にまくし立てた。
「王に注意する人はいないのかしら」
「そんな事をしたら首が飛ぶからな。側近はイエスマンばかりだよ」
「イヤな奴だな! なんでそんな奴が王なんだよ」
コウも腹を立てているのか、強い口調で言った。
「……先代の王は、正式な王ではなかったからな。王太子だった兄を殺して王になったんだ」
「ひどい……! どうして、殺人を犯してまで王になりたがる人は後を絶たないのかしら」
「ああ、そうか。アルトゥーラも数年前にクーデターに遭っていたよな。でも今は、王が戻って来てまた国が良くなっているだろう? カストールも、正統な王に戻さねばな……」
それきり、シオンは黙って何かを考えているようだった。
やがて、山ばかりだった風景が変わり、眼前に開けた土地が見えてきた。家の数も多くなった。
「ここが王都だ。アルトゥーラに比べたらちっぽけなもんだがな。さて、どこで降りる? 王宮まで行くんだろう?」
「シオンさん、やっぱり王宮の警備は厳しい?」
「そりゃあな。まがりなりにも王宮だからなぁ……ん? なんだ、あの人だかりは……?」
王宮の門を入ってすぐの所に広場がある。そこに、市民たちがぞろぞろと入って行き、何かを取り囲むように円を描いて立っている。
その中心にいるのは……青い龍と、銀髪の青年――
「ハク! ハクとアレスだわ!」
「シオンさん、王宮の入り口付近に降りて下さい。そこからは市民に紛れて侵入します。急いで!」
エレンがテキパキと指示を出した。
「わかった。急降下するから捕まってろよ!」
ペガサスは真っ直ぐに下に向かって駆けて行き、地面にぶつかるかと身構えた。だがもちろんぶつかることなく着地し、四人が背から降りると一瞬で姿を消した。
「ありがとうございます、シオンさん。本当に助かりました」
アイナたちはシオンに料金を渡すと急いで人混みに紛れて入って行った。
「俺もこの辺にいるから! 帰りも乗りたければ声掛けてくれよ! ……ってもう、聞こえねーか」