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21 黒い龍 1


  

 深夜にセランに到着したレイたちは、しばらく上空にとどまって街の様子をうかがっていた。


「夜だからわかりづらいが、軍の駐屯地は真っ暗だな。明かりが何もついていない。やはり、皆倒れているのか」


「そうですね。それと、カストール軍はセラン内には侵入していますが、今のところはまだ国境に近い所にとどまっているようです」


「領主の所へ行って詳しく聞いてみよう」


 三人はセラン領主の邸宅へ向かった。邸内は篝火がたかれ、護衛の兵士が門の両端に立っている。

 ダグラスが話をつけ、三人は中へと通された。


「陛下! こんなにも早くお越しいただき、なんと申し上げてよいか……」


 着替える間もなく広間に駆けつけた領主のナウルは、寝間着のまま感謝の言葉を述べた。


「よい、ナウル。こんな時だ、そう構えないでくれ。まず、今の状況を教えて欲しい」


「はっ。まず、一昨日、国境から近い所にある駐屯地に黒い龍が現れました」





――ナウルによると、その黒い龍は降りてきたかと思うと人型に変化した。そして兵士らに向かってこう言ったという。


「アルトゥーラの王に伝えよ。我ら龍族を下僕として繋ぎ止めることは許さぬと。蒼龍を解放せよ。さもなくば国中の民が死ぬことになる」


 そう言って手のひらに黒い珠を浮かび上がらせた。それはどんどん大きくなり、手を上に伸ばして頭上高く掲げるとさらに大きく広がっていき、ついには駐屯地全体を包み込んだ。


 途端に兵士たちはバタバタ倒れ、意識を失っていった。三人だけ、龍の目の前にいた者だけが倒れなかった。


「お前達は伝令として生かしておく。王に伝えよ。七日以内に一人で来い。この兵士たちを死なせたくなかったらな」


 男は再び龍の姿に戻り、国境付近に控えているカストール軍陣営へと戻って行った。

 龍が戻ると、カストール軍は移動し始め、国境内に侵入して来た。そしてセラン郊外に宿営し、居座る様子を見せた。


 倒れずに残った三人のうち一人は、仲間を助けようと闇の中へ入っていったが、数歩も歩くことが出来ずに倒れてしまった。

 震え上がった二人は領主の元へ走り、事の次第を伝えたのである。





「早馬の使者からは、私一人で来いなどということは聞かされていないぞ」


「はい。まずは軍の増援にて対処しようかと思いました。七日で死ぬなどということが信じられませんし、王の御身を危険にさらしてしまうことですので」


「……信じられないとは思うが、真実だ。蒼龍が証言している。闇の中で生きていられるのは七日だと」


「まことでございますか⁈ では彼らは……」


「あと五日の命ということだ」


「そんな……」


 駐屯地に配置されている兵士は、ほとんどがここセランの出身である。セランの未来を支える若者たちと言ってよい。


「ダグラス。この術を破るにはどうしたらいいのだろうか」

「魔力の供給を経つしかないでしょう。広範囲に闇を広げるとなると、魔力を与える人間が必ず側にいます」


「ナウル。黒龍の背に誰か乗っていなかったか」


「いえ。龍しかいなかったそうです」


「おかしいですね。少々の術ならいざ知らず、これだけの規模の術なのに供給源の人間が側にいないとは。……考えられるとしたら一つ。ラスタ石ではないでしょうか」


 コウを磔にしていたラスタ石の矢じり。ティナの魔力を込めたあの石と同じものを魔力の供給源にしているのではとダグラスは考えた。

 

「なるほどな。あの石なら、離れていても術が使えるだろう」


「石を破壊すればいいかもしれません。遠くに弓隊を配置しましょう」


「ま、まさか陛下。本当に行かれるのですか?」


 ナウルが慌てた口調で言った。


「もちろんだ。まず兵士を救わねばならん。私なら大丈夫だ。アレスもいる」


「私は念のため、カストール軍に潜入しておきます。カストール王の居場所も探りたいですし」


「頼んだぞ、ダグラス。明日の朝一番に動こう」






 翌朝、まだ明けきらぬうちにレイとアレスは駐屯地へやって来た。夜の闇に太陽の光が差し込み始め、辺りの景色が見え出しているというのに、駐屯地だけはまるで黒い椀を被せたような闇の中だ。


「確かに、駐屯地ごと闇に包まれているな。地面に倒れている兵士も見える。こんなものを国中に広げられたらたまったもんじゃない」


 その時、敵の宿営地から黒い龍が飛んでくるのが見えた。


「来たな」


 近くまでくると黒龍は人型に変化した。浅黒い肌に黒い髪、金色の瞳。首には大きな石の首飾りがかかっていた。そして鋭い目つきでレイを見据え、低い声で尋ねた。


「お前がアルトゥーラ王か」


 アレスは、思わず一歩前に出て叫んだ。


「黒龍! 私だ、蒼龍だ! なぜこんな事をする?」


 黒龍は薄い唇を微かに持ち上げ、アレスを見つめた。


「久しいな、蒼龍。お前を置いて洞窟から出た後、どのくらい月日が経ったのだろうか。我が弟分よ」


「黒龍、私を解放するなどと言っていたようだが、勝手なことを言わないでくれ! 私は、喜んでこの方と一緒にいるのだ」


「なんだと?」


 アレスの言葉を受け、レイも一歩進み出てアレスの横に並ぶ。

 

「黒龍、私はアルトゥーラ王、ロスラーン・レイだ。我が国は建国以来ずっとアレスと共にある。アレスは我らの下僕などではない。守護神であり、仲間であり、私にとっては最高の相棒なんだ」


「相棒だと? ふざけたことを言うな」


 突然、黒龍の顔が険しくなった。駐屯地を包む闇がビリビリと震え、彼の感情に共鳴しているようだ。


「お前ら人間は我らを利用するだけして、あとは知らんふりだろう。相棒なんて、嘘っぱちだ。いいか、蒼龍。人間なんて信じていたら最後に裏切られる。契約など捨てて、こちらへ来い!」


「ならば聞くが黒龍、なぜお前はカストール王と契約しているんだ? なぜカストール王の味方になっている」


「ふん、仲間になどなっていない。魔力だけはこの石で貰っているが、契約はしていない。アルトゥーラ王よ、お前を捕らえればカストール王は国を奪えるし、私も蒼龍を解放してやれる。双方の利害が一致しただけだ」


「カストール王は私を殺すつもりなのか」


「さあな。そんなことは私には何の興味もない」


「やめてくれ、黒龍! お前たちの私欲のためにこの兵士たちを危険に晒しているのか? 何の罪も無い兵士たちを」


 アレスの口調には燃えるような怒りが込められていた。


「まあ待て、蒼龍。もちろん、兵士たちを殺すつもりなど全く無い。王をおびき寄せるためのエサに過ぎないからな」


「どうすれば兵士たちを解放する?」


 レイが尋ねた。


「一緒に、カストール王の所へ来てもらおう」


「兵士の解放が先だ」


「ではこちらへ来い。私の1メートル手前で止まれ。兵士を解放した途端に攻撃されると困るから、拘束する」


 レイとアレスが近づき、止まった所で黒龍は自陣の兵士に二人の手を背中に回し鎖で縛らせた。


(何だこの鎖は。石がついている。嫌な予感がする)


 ただの鎖なら魔術で引きちぎることができる。だがこの石は、何かがある。石に触れたところから身体の力が抜けていくようだ。


「では、兵士を解放しよう」


 黒龍が指をパチンと鳴らすと、駐屯地を覆っていた闇は弾けて消え去った。兵士たちはさしこんできた朝日に当たり、生気が戻ってきた。中には体をピクリと動かし始めた者もいる。


「これでいいだろう。さて……アルトゥーラ王、気分はどうかな」


「くっ……力が抜ける」


「陛下、私もです。身体が……」


 そう言うとアレスは倒れ、龍の姿に戻った。


「アレス!大丈夫か⁉︎」


「魔力が切れただけだ。お前こそ、人の心配をしている場合じゃないぞ」


 黒龍はレイの髪を掴むと顔を上げさせ、眠り薬を嗅がせた。暗殺を防ぐため毒や薬に日頃から耐性を持たせているレイだが、あまりに強い眠り薬だったため、やがて意識を手放してしまった。


「王をお守りしろ! 首に掛けている石を破壊するのだ!」

 

 遠くから、待機していたセラン軍の弓隊が矢を放ってきた。が、黒龍が手をさっと振ると空中に薄い闇のカーテンが現れ、矢を全て落としてしまった。


「そんな物は私には効かん。もう一度闇に飲まれたいのか? 命が惜しければ大人しくしていろ。この二人はバルディスの所へ連れて行く」


 黒龍は龍型に変化し、背中に二人を乗せて空高く飛び立った。


「王!」


 なすすべなく王を奪われてしまった衝撃に、座り込む兵士たち。


 その頃、黒龍の飛んで行く方向を見定め、カストール軍から一人の兵士が馬に乗って後を追いかけて行った。



 








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