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16 紅い龍 4


 コウが王宮に来て一週間が過ぎた。蒼龍に加えて紅龍までもアルトゥーラ王国に加わってくれた、さすがはレイ陛下の選んだ婚約者だ、と王宮の者は皆喜んでいる。


「せっかくなので、コウ様もアイナ様と一緒に授業を受けましょう。言葉遣いや読み書きも学べますからね」


 マーサの提案を最初は面倒くさがっていたコウだが、始まってみると意外と真面目に授業を受けている。磔にされる前と今とでは時代が違い、いろいろと生活様式も変わっている。それを学びたい気持ちが出てきたのだ。アイナも、一人で学ぶより二人のほうが楽しいと喜んでいる。


「私は学校に通ったことがないから、お友達と机を並べたことがないの」


 レイだけはちょっと不満げだった。コウがアイナに四六時中引っついていて、ただでさえ少なかった二人きりになれる時間が、全く無くなってしまったからだ。


「あと一カ月の我慢だ。結婚式さえ終われば、ずっと一緒にいられる。それまでの辛抱だ」


 そう自分に言い聞かせてはいるけれど。


 今日も休憩時間にアイナの部屋を訪れたが、やはりコウが側にいて読み書きの宿題をアイナに手伝ってもらったりしていたので、レイはろくに話もできなかった。


(くっ……。コウに文句を言いたいところだが、アイナも楽しそうにしているし。我慢、我慢)


 そこへダグラスがやって来た。


「陛下。ご報告があります」


「わかった、今行く。じゃあまたな、アイナ」


「ハク、お仕事頑張ってね」


「陛下、頑張って――」


 コウがアイナの頭越しにニヤニヤしながら手を振った。

 

「あいつ、絶対わざとだな」


「でしょうね。コウ様はアイナ様のことが大好きですからね。陛下に取られたくないんじゃないですか」


「コウが女性型で良かったよ。男性型だったら嫉妬で死にそうだ」


 ダグラスが笑いを噛み殺していたのでレイはムッとしながら執務室へ向かった。







「先週お預かりした石の矢じりの件ですが」


 執務室に入るとすぐに、ダグラスはレイに報告した。


「結構時間がかかったな」


「申し訳ありません。石の種類を見極めるのに手間取りまして」


「まあいい。で、どうだったんだ? 悪いものではなさそうか」


 ダグラスは地図を拡げ、アルトゥーラの東部に広がるラムダスの森を指差した。


「この石は古代サンバル王国で産出されていたラスタ石です。サンバルは千五百年ほど前にこの付近に存在していた国ですが滅亡し、現在は我が国の領土となっています」


「キリア山を神聖な地としていた昔の国だな」


「はい。キリア山から採掘されるラスタ石には魔力を封じる力があると信じられており、これを用いた腕輪や首飾りなどが遺跡から出土されています。この石は既に取り尽くされ、現在は出回っていません」


「ということは、コウはサンバル王国時代に封印されたのだろうな」


「おそらく」


「コウは封印された時のことを覚えてないから、詳しいことは何もわからない。それに、あの矢じりを触った途端にアイナから魔力が発現したという謎もまったくわからん」


「遺伝によりもたらされる魔力は18歳になると現れますが、アイナ様のご家系には魔力のある者はおりません。突然変異の場合は幼少期に発現するはずで、19歳を過ぎてからというのは聞いたことがありません」


「つまり、アイナの魔力は矢じりからもたらされたと考えるのが妥当か」


「そうですね。サンバルの古文書などを調べれば何かわかるかもしれません。アルトゥーラ王宮図書館に、保管してあった筈です」


「そうだな、頼んだぞ。コウにも、もう一度聞いてみなければな」



 

 翌日、レイはアレスを伴ってアイナの部屋を訪れた。


「今は授業の合間のお茶の時間だから、コウも部屋にいるだろう」


 ドアをノックし、返事を待った。が、反応がない。


「アイナ? コウ?……私だ、入るぞ」


 中に入ったが、人影はない。テーブルの上には飲みかけのティーカップがそのままになっていた。

 バルコニーへ出る窓が開いており、カーテンが風に揺れている。


「……アイナ!」


 レイはバルコニーへ走り出ようとしたが、アレスが呼び止めた。


「陛下!ここに書き置きがあります」


 アレスは、アイナの机の上にメモを見つけていた。


「この汚い字はコウですね。――ちょっと、アイナ、借りる。と書いてあります」


「アイナは何か書いているか?」


「――マーサごめんなさい、残りの授業をお休みさせてください。コウとラムダスの森に行ってきます。夕食までには帰るので心配しないでください――」


「コウとラムダスの森へ? 急にどうしたんだろう」


「アイナを借りる、と書いてあるので、コウが連れ出したのでしょうね」


「……アレス、追いかけるぞ」


「承知しました」


 アレスはバルコニーから飛び出し、龍の姿に変化(へんげ)した。


 レイはアレスの背に乗り、東に向かった。


☆☆☆☆☆


 時は遡って、レイとアレスが部屋を訪れる少し前のこと。


 お茶の時間になったので、カップに紅茶を注ぎながらアイナはコウに聞いてみた。


「ねえコウ。この頃元気が無いようだけど、どうしたの?」


 コウは長椅子に寝そべってクッションをもてあそんでいたが意を決したようにキチンと座り直し、アイナの目を真っ直ぐに見た。


「アイナっちには隠し事できないな。俺さ、封印された時のこと覚えてないだろう? それがなんだかさ、気持ち悪くって。この頃、胸がザワザワするんだ」


「そうよね。思い出せないのって不安になるわね」


「夜になるといつも、あの森が頭に浮かぶんだ。だからさ、俺、もう一度あそこに行ってみたいんだよ。できればすぐにでも。だけど、龍の姿で飛んで行くには……」


「私が一緒にいないと駄目なのよね」


 わかっている、とアイナは頷いた。


 レイは魔力が大きく強いので、アレスと離れていても力を及ぼすことができる。しかしアイナの場合そこまで強くはないので、側にいないとコウに充分な魔力を与えることができないのだ。


「じゃあ、善は急げね。今から行くわよ」


「いいのか? 本当に?」


「マーサにはあとで一緒に怒られましょう」


 そう言うと、二人はメモを残してバルコニーから飛んで出て行った。


 ラムダスの森に着くと、あの日と同じように湖は美しく輝いていた。コウが封印されていた大木も、前と変わらずそこにあった。


 コウとアイナはどっしりとした木の幹に手を当ててみる。


「俺、ここに磔にされていたんだよなあ」


「そうよ。本当に、死んでると思ったわ」


 何か手掛かりになるものは無いかと木の周りを探していた時、アイナは周りに比べて小高くなっている場所を見つけた。

 盛り土をしたような地面に木漏れ日が当たり、そこから広がるように花がたくさん咲いている。


「遠い昔に誰かを埋葬したのかも……」


 そう言ってアイナが膝を折りそこの地面を触った瞬間、頭の中に何かが飛び込んでくるような衝撃を受けた。


「あ……!」


 アイナが叫び、地面に倒れ込んだ。


「アイナっち!」


 慌ててコウが抱き起こそうとしたが、その時コウも目眩が起こり、アイナを抱えたまま気を失ってしまった。




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