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15 紅い龍 3


 ――それは遠い昔のことです。私は暗闇にただ存在する『意識』の塊でした。


 やがて手足が、そして尻尾が認識できるようになり、自分の姿がわかってきました。


 近くには私と同じ手足、尻尾を持つものがいました。紅い龍と黒い龍です。


 洞窟の中にいた私達はなぜだか動くことはできず、長い間じっとその場にとどまっていました。


 やがて『人間』が現れ、黒い龍に魔力を与え出て行きました。どうやら、私たち龍は魔力が無ければ動くことができないようでした。続いて紅い龍も人間と共に出て行き、それきり、どちらとも会っていません。


 そして千年前にガイアス王が洞窟の奥に現れ、私に魔力を与えてくれました。

 魔力を得た私は身体を動かせるようになり、初めて洞窟の外に出ました。その時、世界はこんなに美しいものだと知ったのです。


 それまでの私は、ただ無為に時間を過ごすだけの存在でした。飢えも渇きも感じないし死ぬことも無い、だが生きている実感も無い。何のために生まれてきたのかもわからない私に、王は名前をつけて下さった。そしてそれから私の世界は広がっていったのです。


 私と契約を結んだ王は水の魔法が使えるようになり、あっという間に諸国を統一しました。

 アルトゥーラを建国する際に、王は新たに私と血の契約も結んで下さいました。ガイアス王の血筋が続く限り、私に魔力を与えると。そして、アルトゥーラの大地と水を護っていくという大役を与えて下さったのです。


 それから私は、たくさんの王たちと時間を過ごし、その間ずっと大地と水を護り続けてきました。これは私にとって誇りであり、生きる目的となりました。


 私は、今までもこれからも、アルトゥーラと共にあることが幸せなのです。



―――――――――――――――――

 


「お分かりいただけましたか?」


「……ああ、よく分かったよ。アレスが、ただ契約に縛られて歴代の王に従ってきたんじゃないってこと」


「本来なら、父王から伝えられる事柄です。しかしレイ陛下は、早くに父王を亡くされたので」


「そうだな。他にも色々、教わっていない事があるのかもしれない」


「もう一つ、言っておかねばなりません。王には子供が必ずお生まれになります」


「そうなのか⁉︎」


 アイナも、その言葉に目を見開いた。


(必ず生まれてくる? 本当に?)


「はい。王子になるか王女になるかは分かりませんが、必ずお一人、生まれてきます。ですが、二番目以降は望んでも生まれることはありません。お一人だけに魔力が集中するようにではないでしょうか」


「ガイアス王の力なんだろうか」


「私には分かりませんが……何らかの力が働いていると思います。だからアイナ様、ご心配なさらないで下さい」


「……アレス、私が悩んでいたこと知っていたの?」


 アレスは優しく微笑んだ。


「今までにもたくさんの王妃がこのことで悩んでいらしたので、アイナ様もそうではないかと」


「アレス……ありがとう」


 アイナはうっすらと涙ぐんでいた。世継ぎをもうけられるかどうかというのは、アイナにとってこんなにも心にのしかかる重いことだったのだとレイは改めて感じた。

 

「アレス、私からも礼を言う。大事なことを今この時に言ってくれてありがとう」


 レイとアレスは固く握手を交わした。アイナも、二人の手の上に自分の手を重ねた。


「ありがとう。私、覚悟が足りなかった。王妃になるのだから、もっと強くならなくちゃいけないわ」


 三人はお互いに顔を見つめ合って微笑んだ。


 アイナは、涙がこぼれ落ちそうになったのをごまかそうとして頭を軽く振った。


「わ、私、あっちに咲いているお花を摘んでくるわね。今日の思い出にしたいの」


 そう言って森へ向かって歩き始めるアイナ。涙を見せたくないという気持ちを察して、レイとアレスは湖の方へ視線を移した。


 森に足を踏み入れ花の咲いている方へ向かっていくと、ふと光る物が目に入った。古くからこの地に根を下ろしているに違いない大きくて立派な木の幹に、薄い黄緑色をした綺麗な石の矢じりが刺さっている。宝石のように光るその矢じりの先には、茶色いトカゲが磔にされていた。


「まあ。子供の悪戯かしら、かわいそうに。せめて、埋めておいてあげましょう」


 アイナは矢じりを持って幹から引き抜いた。トカゲを地面にそっと置くと、驚いたことにその手足が微かに動き始めた。


「えっ、まだ生きていたの? すっかり乾いてるから死んでしまっていると思ってたのに」


 その時、アイナが手に持っていた矢じりが、白く光り始めた。


「えっ、何? 何が起こったの?」


 瞬く間に光はアイナと、トカゲを包み込んだ。不思議なことに、その光は温かく優しい感じがした。その光を浴びたトカゲはどんどん大きくなり、やがて美しい紅い龍に変化していった。その姿は、龍型のアレスとそっくり同じだった。


「あなたは……アレスの仲間ね?」


 アイナは問いかけたが、トカゲは何も答えない。その時、アレスが後ろから大きな声で叫んだ。


「アイナ様、名前を! その龍に名前を付けて下さい! そして契約を!」


 アレスの必死の形相に驚いたアイナは、慌てて名前を考えた。


(な、名前? 契約? いったいどうすれば……ああでも、アレスがすごく焦ってる。悩んでる暇はないわ!)


「えっと、あなたは……紅いからコウ! コウ、私のためにあなたの力を使いなさい!」


 以前草原でレイとアレスが契約した時を思い返して、それらしき言葉を発してみた。すると紅い龍が口を大きく開けて叫んだ。


「くっそう、蒼龍! お前、なんてことしやがる!」


 だがすぐに金色の円陣がアイナと龍の周りに現れ、龍は頭を垂れて大人しくなった。やがて白い光が消えた時、紅い龍は人間の女性の姿に変化していた。


「蒼龍、てめぇ、よくもやってくれたな! 契約、完了しちまったじゃないか!」


 ふわふわとカールした紅いショートヘア、瞳はアレスと同じく金色でキリリとした眼差し。丈の短い貫頭衣を麻の紐で縛った服は古代のもののようだ。背が高く、抜群に良いスタイルで美しい紅龍は、言葉が乱暴で見た目とのギャップが激しかった。


 いつも穏やかなアレスは、普段の笑顔は優しく微笑む程度だ。だが今は、太陽のように満面の笑顔で紅い龍を見つめている。


「すぐに逃げてしまいそうだったのでね。せっかくのチャンスだし、鎖を付けさせていただきました」


「なんだよ! 俺は自由が好きなのに、アホ蒼龍!」


「アホとは失敬な。それに私は今、アレストロンという名前を賜っています。アレスと呼んでください」


「アレストロン? なんか強そうでカッコいいな。俺は、なんでコウなんだよ……」


「あ、ごめんなさい。それ、私がつけました……」


「アイナのネーミングセンスは独特だからな。色を外国語で言い変えただけという。私も白いからハク、だし」


 レイがニヤニヤしながら茶化してきた。


「うっ。ご、ごめん。でも短くて言いやすいよ?」


「そうだよ。ご主人様のこと悪く言うなよ」


 コウが割って入った。


「なんだ、急にアイナの味方になったな」


「可愛らしいご主人様だからな! 気に入ったよ。よろしくな」


「こちらこそ、コウさん。アイナです、よろしくお願いします」


「コウでいいよ!アイナっち」


「えっ、アイナっち⁉︎」


「もうこうなったからには仲良くやろうぜ。なっ、アレスと、えーと」


 コウはレイを指差して名前を尋ねた。


「私はレイだ。アイナに龍の加護がついてくれるとは頼もしいな。よろしく頼むぞ、コウ」


「オッケー、レイね! よろしく」


「待て待て、コウ。この方はアルトゥーラ王国の王、レイ陛下だ。ちゃんと陛下と呼べ、陛下と」


「えー、堅苦しいこと言いっこ無しだぜ」


「まぁいいじゃないか、アレス。コウは今現れたばかりだ。これから色々教えてやるといい」


「……わかりました」


 アレスも渋々納得した。


「ねえハク、コウはこの木の幹に矢じりで刺されていたの。それまでは、トカゲくらいの大きさだったわ」


「コウ、あなたは封印されていたのですか?」


「いや、俺もわかんない。なんで木の幹に磔にされてたのか、何も覚えてないんだ。気がつけば、アイナっちの魔力で元の姿に戻れていた」


「それもおかしいな。アイナに魔力はなかったはずだ」


 レイとアレスも首を捻っている。


「そうですね。でも今は確かに、アイナ様から魔力を感じます」


「魔力があったなら私やアレス、ダグラスだって気がついたはずなんだが。この矢じりに何か関係あるのだろうか」


 レイは石で出来た矢じりをまじまじと見つめたが、普通の石となんら変わりはなかった。

 

「とにかく王宮に帰ろう。調べてみる必要があるし、もう夕方だ。マーサが心配する」


 アレスがコウに聞いてみた。


「コウ、空は飛べそうですか?」


「ああ、飛べるだけの魔力は貰ったよ。久しぶりだから嬉しいな」


 そう言って再び龍の姿に変化した。


「アイナっち、乗って!」


「うん、乗ってみる」


「ちょ、ちょっと待て。心配だから私も乗る」


「なんだよレイー。男も乗せなきゃいけないのかよー」


「いいから乗せろって」


「じゃあ私も乗ります」


「アレス、お前自分で飛べるじゃねーか」


「いいじゃないですか。一人じゃ寂しいし」


 このやり取りにアイナはクスクスと笑って笑顔を見せた。


「仲間が増えて、なんだか楽しい」


 アイナの笑顔が見れたことに満足した三人は、王宮に向かって飛び立った。




 




 




 

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