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14 紅い龍 2


「――アイナの元気がないって?」


「はい。この二、三日、少し沈んでおられる気がいたします」


「どうしたんだろう。私が謁見などで忙しく、二日も会えてないからだろうか」


「違うと思います」


 マーサにはっきり言われてちょっとへこんだレイ。だがそれならば原因はなんだろうと思った。


「……いや、ここで考えていても埒が明かないな。本人に聞くのが一番だ」


 自分だけで悩んで考えるタイプではない。レイは勢いよく立ち上がり銀色の長い髪をキュッと一つに結ぶと、マーサにある頼み事をした。


「でき上がったらすぐ持って来てくれ。ダグラスにも午後は休みだと言ってくる」





「アイナ! ピクニックに行こう」


 ノックの返事も待たずに部屋に入ると、レイは驚いているアイナをさっと抱き上げて、バルコニーに向かって走って行った。


「ハ、ハク⁉︎ どうしたの?」


「アイナ、しっかり捕まってて」


「しっかりって、えっ、きゃあ―――っ!」


 アイナを抱いたまま、レイはバルコニーの手摺りを蹴って空中へ飛び上がった。落ちる! と思った次の瞬間、龍になって空中にスタンバイしていたアレスの背中にストンと着地した。

 

「もうっハク! 心臓が止まるかと思ったわ」


「ははっ、すまん! 一刻も早く王宮を出たかったからな。今日は、誰にも邪魔されない所に行こう。マーサに食べ物を用意してもらったから、外でのんびりするぞ」


 二人を乗せたアレスはグングンとスピードを上げ、東へ向かった。


「どこへ行くの? 」


「ラムダスの森だ。キリア山の麓にある静かな場所なんだ。ピクニックにはちょうどいい」


 穏やかな晴天で、風は心地よくアイナの鳶色の髪をなびかせた。


「せっかくアイナに王宮に来てもらったのに、お互いやることがあり過ぎて、ゆっくり話もできなくてすまない。だから今日は、ゆっくりと一緒の時間を過ごそう」


「……ハク、ありがとう」


 アイナが後ろを振り向いて言うと、レイはニコッと微笑んだ。


「あそこだ。もう降りるぞ」


 レイが指差したほうに、大きな森があった。その中心部に青く澄んだ美しい湖があり、その湖面に波が立たぬようアレスは静かに着水した。

 レイはアイナを抱き上げ、アレスの背中から尻尾へと伝って地面に降りたった。そしてバスケットから大きなシートを取り出して広げ、その上にいろいろと並べ始めた。


「マーサ特製のハーブチキン、パンとレモン水、それにレーズン入り焼き菓子だ。昔、冒険ごっこをする時によく作ってもらっていたんだ」


「冒険ごっこ?」


「ああ。子供の頃、本に出てくる冒険に憧れていてね。だけど王宮の外には出してもらえないから、庭を探検して気分だけ味わっていたんだ。その時の食糧さ」


 アイナは庭を探検する小さなレイを想像し、可愛い、と呟いた。


「これはハクの思い出の味なのね。私も作れるように、あとでマーサにレシピ教えてもらおうっと」


 それを聞いたレイはまた、嬉しそうに微笑んだ。


 アレスは龍の姿のまま、湖を滑るように気持ち良く泳いでいる。そのキラキラと輝く蒼い姿を眺めながら、二人はのんびりと美味しい食事を楽しんだ。

 綺麗に食べ終わるとレイはアイナの目を覗き込んだ。

 

「アイナ、近頃何か悩みがあるんじゃないか?」


 単刀直入に聞かれ、アイナは誤魔化すことができなかった。


「えっ……どうして?」


「マーサから聞いたんだ、アイナが最近沈んでるって。本当は、私が一番に気付いてあげなきゃいけないんだけど」


 レイは、そっとアイナの頬を片手で触れた。アイナもレイを見つめ返し、その手に自分の手を重ねた。


「ごめんなさい。ハクにもマーサにも心配かけちゃったのね。私、ただ……不安になってしまったのよ」


「不安って……何を?」


「もしお世継ぎを生むことができなかったら……私はここにいていいんだろうかと思ったの。他の、お世継ぎを産める方を妃に迎えなければならないんじゃないかって」


「アイナ!」


 レイは、両方の手でアイナの頬を摘み、ギュッと横に引っ張った。


「ふぁ、ふぁふぃふんふおっ」(な、なにするのっ)


「バカなこと言うからだ。怒るぞ」


 そう言って手を放すと、急いでアイナの頬をさすった。


「ごめんごめん。痛かった?」


「大丈夫。全然、痛くなかったわ」


 アイナは微笑んで言った。レイは安心したように笑顔を見せたが、すぐに真剣な顔つきになった。


「もうそんなことは言わないでくれ。私はアイナがいてくれたらそれでいいんだ。側妃なんていらない。世継ぎなんて、できなかったらそれでもいい」


「だって、ハク……アレスの加護を持つ子供がアルトゥーラには必要だわ」


「もちろん、アレスにはとても助けられている。アレスがいるからアルトゥーラはこうして豊かな土地を享受出来ているんだ。だが、世継ぎが生まれて王族の血が続いたなら、その間アレスはずっとアルトゥーラに縛りつけられたままだ。私は、アレスが望むなら、契約から解放してやってもいいと思っているんだ」


 レイは、龍の姿で悠々と泳ぐアレスをじっと見つめていた。


「自由に外の世界へ行きたいのならそうしてくれていいんだ。アレスもアイナも、そして私も、みんな……自分らしい幸せの形を実現できたらいいと思わないか」


「自分らしい幸せ……」


 見つめる二人の視線に気がついたのか、アレスがこちらへやって来て、人型に変化した。


「どうかしましたか? 陛下」


「アレスの幸せって何だろうって考えていたんだ」


 それを聞いてアレスはふふっと微笑んだ。


「私ですか? 私の幸せは、アルトゥーラの水と大地を守り、人々と共に生きることですよ」


「本当に? 自由に他の場所へ行きたいと思っていないのか?」


「信じられませんか? ……それなら、」


 少し昔話をしましょう、とアレスは言った。

 


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