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お好み焼き(2)

 ゴクッゴクッとシュウがジョッキのビールを流し込んでいく。

 一方、クリスは少し烏龍茶に口をつけた程度だ。


「プヮァハァッ! うまいっ」


 シュウは口元からジョッキを離すと、首を軽く傾げると両目をギュッと瞑りつつ口元を緩めて声を出すと、満足そうに半分以下まで減ってしまったビールを見つめる。

 その仕草と飲みっぷりにクリスは呆れた顔をしてとにかく見つめる。


「そんなに美味しいの? 初めて見るお酒だけど……」

「ああ、最初は苦くて飲めないっていう人も多いんだが、慣れると癖になる。特に風呂上がりのビールと、仕事終わりのビールは最高に美味いな」

「へぇ、ビールって言うんだ。シュウさんの店にもあるの?」

「ああ、もちろんあるぞ」


 するとクリスは何かを思いついたようでニヤリと笑ってみせる。

 これは、家に帰る前に荷物を取りに戻るから、そのときに飲ませてもらおうという魂胆である。


 だが、シュウはビールを飲んだあとの満足感に浸っていて、それを見ていなかった。


 そこに店員がやってくる。トレイには二つの銀色をした器と、肉の乗った皿、蒸した中華麺が乗った皿が用意されている。


「じゃぁ、焼いていきますねー」


 店員は鉄板に油を敷くと、器用に小さな銀の器の中身を混ぜてまあるくなるように上に並べる。

 豚玉は生地を広げた上にそのまま生の豚肉を乗せるのだが、モダン焼きは違う。豚肉を鉄板の上で焼いて、大きめのコテを使い一口大に切って、混ぜたお好み焼きの上に並べ、同じように中華麺を炒めると片方の上に乗せた。


「このまましばらくお待ちくださいね。触らないでね」


 手際よく店員が料理する姿を見ていたクリスはまた瞳を輝かせてシュウに話しかける。


「すごいわ! 目の前で料理して、できたてを食べられるのね?」

「ああ、それがこのお好み焼きの醍醐味ってやつだな」


 などと話をしていると今度は違う店員が焼きそばを大きな塵取りのようなものに乗せてやってくる。


「はい、スペシャル焼きそばね。真ん中に置きますね」


 先ほどから焼き始めたお好み焼きを少しずらし、焼きそばを流し込むようにして鉄板の中央に置くとまた去っていった。


「これは焼きそばという料理。さっき言ったとおり、具材にイカとエビ、豚肉を使ったものだよ。お皿に取って食べるといい」

「イカって……イカ?」


 クリスが少し俯いて、シュウを見上げるように恐る恐るといった感じで尋ねる。


「ああ、海にいるイカだよ。エビも海にいるエビだけど?」

「ここって海に近いの? ねぇ、わたし海を見たことがないの! どんな感じの場所なの?」


 シュウが返事をすると、クリスは食付くようにシュウに海の説明を求めてきた。

 その勢いに押されるシュウなのだが、話をしてばかりだと焼きそばがどんどん焦げていくし、鉄板の上のお好み焼きの調理も難しくなる。何よりもシュウは、焼きそばを啜ってビールを流し込みたかった。


「なんだ、クリスのいた場所は内陸なんだな? 海はここからすぐだけど……この近くの港から見る海はなぁ……」


 コンクリートとテトラポッドで固められ、黒く濁ったようにみえる海である。


「あとで、またタブレットで世界中の海の写真を見ればいい。それに、水族館というのがある。そこで海の魚を見ることができるから、明日にでも行ってみるか?」

「うんうん! 海……海かぁ……」


 自分の世界に入り込んでいきそうな雰囲気をクリスから感じたシュウは、急いでクリスを現実に引き戻す。


「しかたないなぁ……まずはこれくらいかな?」


 シュウは勝手にクリスの前にある小皿に焼きそばをのせる。

 一人前の量として麺だけを見ればそうでもないが、具材を考えると結構な量だ。


「あ、ありがとう……で、どれがイカなの?」

「この、イボイボした脚の部分がイカだよ。つるんとしているのは胴体」


 よく見るとまだクリスは割り箸を割っていない。使い方がまだ判っていないのだ。

 仕方がないのでシュウはクリスの割り箸を手に取ると、箸袋を外して割って手渡す。


「このイボイボが気持ち悪いわ、胴体の部分だけ食べてもいい?」

「ああ、ゲソはゲソで美味いんだがな……クリスの言いたいこともよくわかる」


 そう言うと、シュウはクリスの皿からゲソの部分を箸で摘んで口に放り込む。そして、自分の皿に盛り付けた焼きそばをズルズルと音を立てて啜り上げる。


 焼きそばソースの香りとイカやエビの香り、甘い豚の脂の香りが口の中に広がる。

 コリコリとしたゲソの食感、プリッとしたエビの食感にぽろりとしたミンチ肉の食感に加え、麺のもっちりとした食感が加わる。舌にはソースの甘さや辛さと共に具材の旨味がそれぞれ染み出してくる。


「うん、美味い!」


 シュウはそう呟くと、ビールを喉に流し込んでまた「プヮァハァッ!」とやっている。


 その姿を見ていたクリスは自分にはビールが無いことを思い出してまた頬を膨らませるのだが、目の前でソースの焦げたいい香りを漂わせる焼きそばの誘惑には抗うことができない。イカの胴の部分とキャベツ、麺を割り箸で摘むと音を立てることなく口の中へ押し込むように食べていく。

 鉄板の上でじゅうじゅうと音を立ててソースの焦げる香りがするせいか、口に入れたときにはそんなに強い香りは感じないのだが、焼きそばに振りかけられた青海苔の香りがふわりと漂ってくる。

 プリッとしたイカの胴体は弾力があって、イカの身の大きさよりもたくさん口に入れた麺を噛んでいるとちょうどいい具合に小さく噛み潰されていく。

 ソースを表面にまとった麺からはじわりとソースの味と各種の具材が混ざった旨味が舌の上に広がっていく。


「ええ、初めて食べる味だけど美味しいわね」

「だろう?」


 シュウはクリスに向かって親指を立てると、また一口、焼きそばを啜った。








 焼きそばが半分くらい減った頃合いになって、店員がまたやってくる。

 コテを焼いているお好み焼きとモダン焼きの下に滑り込ませて焼け具合を確認しているようだ。


「返しますね。青海苔、かつお節、マヨネーズは掛けてよろしいですか?」

「もちろん、お願いします」


 店員がシュウとクリスに尋ねると、意味を理解しているシュウが答えてしまう。

 食後、歯に青海苔がつくのが気になるとかいう人もいるが、この店ではそれを気にする人が少ないのか、他の席の人もすべて「お願いします」と答えているようだ。


 すると店員がソースやかつお節、青海苔、小さくパックされたお弁当用のマヨネーズを持ってきて、テーブルの通路側にある板の上に並べていく。そして、器用にもお好み焼きとモダン焼きを順に裏返したあと、上からコテを押し当てて潰し、小さな蓋をする。

 お好み焼きをふわりと焼くコツとしては、必要以上に上から押さえて潰さないことと言われるのだが、この店の焼き方は独特だ。思いっきり潰してしまっている。


「出来上がったらまた来ますので、しばらくお待ち下さいね」


 と言うと、店員はまた席を去った。


「ねえねえ、お店の人って上手に裏返したわね。わたしでもできるかな?」


 クリスが興味深そうに蓋がされたお好み焼きを見つめる。


「コツがあるから、それさえ覚えれば問題ないと思うんだけど……コテの入り具合で焼け加減が判るまではかなり練習が必要になるらしいよ」


 裏返すだけなら簡単だが、生焼けでもなく、焼きすぎることもない状態を見極めることの方が難しいとシュウは暗に述べる。シュウ自身、自分で焼いたとしても毎回同じクオリティで焼き上げることができるほどの自信がない。


「ふぅん……でも、目の前で焼き上がっていくのを見てるのって楽しいわ。わたしも料理してみたいかも!」


 クリスが料理することそのものに興味を持ったようだ。でも、小中学校の家庭科で多少なりとも料理の実習をしている標準的な日本人でも料理ができない人がいるのだ。超お嬢様なクリスには一朝一夕できるようなものではないだろう。


「そうだな、その気があるなら先ずはお手伝いからしてもらおうかな?」

「いいわよ、任せて! ただ、衣装はメイド服がいいわ!」


 シュウは呆れたような顔を見せる。


「そんなに気に入ったのか?」

「うん、今着ている服のような着心地はないと思うけど、なんとなくお仕事をする服って気がするの」

「クリスは見た目から入るタイプなんだな……」


 そろそろ鉄板の上の焼きそばが無くなると言うタイミングで、また店員がやってくる。

 今度は何も言わずに蓋を取ると、コテを持って裏返し、また裏返すとまた蓋をして去っていった。


「ほら、今の人もエプロンしていたじゃない? メイド服ならエプロンもセットだし……いいと思わない?」

「いや、うちの店の雰囲気に合わないと思うんだが……どうしてもっていうなら駄目とは言わないが……」

「いいの? やったー!」


 両手を上げてクリスは喜んでいるが、メイド服姿のクリスが自分の店で働いている姿をイメージすると、やはり雰囲気に合わないよなぁ――などとシュウは思うのだった。


初稿:2020年2月2日

2020年2月3日 脱字を追加修正しました。


いつもお読みくださり、ありがとうございます。


このお店は実在するお店をモデルに書かせていただいているので、どうしてもイメージの完成度が高くて筆が止まらないというか……長くなったので三分割になりました。

次回、完食です。


次回投稿予定は 2020年2月3日 12:00 です。

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