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来訪

「ほら、私の仕事って基本真夜中でしょ? 幽霊なんてそんなしょっちゅう出るもんじゃないからさ。閑な時間って結構あるのよ。真夜中の住宅街に一晩中一人って正直ちょっとこわ……じゃなくて。ちょっと退屈なのよね。しょうがないからそんな時間でも起きてる家とかにお邪魔してこっそりお菓子もらったりすることもあるわけよ。あ、内緒よ、内緒」

「それ死神っていうか、ぬらりひょんみたいだな」


「そりゃね、偶にはあるわよ。お風呂上がりのサービスシーンとか目撃しちゃってさ。こないだも爆弾みたいなおっぱいのお姉さんのフルヌード見ちゃってさ。いやーいいもん見たなーみたいな。でもね、それより遥かに高い確率で汚いおっさんとかしわしわのお爺ちゃんの裸見させられんのよ? 割に合わないわよ」

「………ふうん」

「今、エッチなお姉さんの想像したでしょ。スケベ」

「うるせえ」


「こないだなんかね。すっごいイケメンのお兄さんが風呂上がりの薄着でさ。DVD用意してたもんだからね。何見るのかなーって思って待ってたの。そしたら! AVだったのよ! 信じらんないわ。何見せてくれてんのよ!」

「へえ。どんな奴?」

「あー。なんか、最初のインタビューがやたら長かったわね。初物? っていうの? なんか質問しながらムッキムキの男優さんが――」

「ガッツリ見てんじゃねえか」


「なあ。そういや、お前があの幽霊退治してなかったら、俺はどうなってたんだ?」

「別にどうもなんないわよ?」

「へ?」

「まあ、ちょっと体調悪くなったりはあるかもしれないけど……」

「その、呪い殺されたりとか、そういうのは……?」

「馬鹿ね。死んだ人間が生きてる人間殺せるわけないでしょ。生きてるってのは、それだけで強い力を持ってるんだから」

「ふうん……」


 それは、奇妙な時間だった。


 俺と不二子は、時に向かい合い、時に互いに寝転んで顔も見ずに、時に卓袱台に乗せた菓子を摘まみながら、時には漫画本を読み合いながら、だらだらと無意味な会話を続けた。

 泡のように生まれ出で、漣のように繰り返される言葉が、静かに回り続ける扇風機と、中古の小さな冷蔵庫から絶えず漏れる稼働音に紛れ、擦りきれた畳に吸い込まれていく。


 この夜のことを後から思い出した時、いつも初めに思い出すのは、何故かこの、ふやけたフライドポテトをちびちびと齧るような、蒙昧な時の狭間のことだった。


 意味もなく。

 ぽろぽろと。

 とめどなく。

 くるくると。


 そんな風に声を交えて誰かと過ごすことが、俺にはどうしてか、とても懐かしく特別なことであったように思えた。


 そしてそれは、唐突に終わりを迎える――。


「だから、乱数調整は別にズルでもなんでもないんだってば。だって出来るんだもん。大体、みんな平等で完全に時の運で勝負が決まるゲームなんて流行るわけないじゃない。勝つために努力してんのよ、こっちは!」

「いや、だからさ。マナーとかモラルの問題じゃなくて、結果。結果としてだよ? そういうことする奴がいて、それじゃつまんないっつって離れてるユーザーがいる以上、ゲーム全体に悪影響を及ぼしてる面もあるって話なんだよ」

「そんなこと考えてゲームする方がおかしいでしょ! 何目線なのよ!」


 ぴんぽーん。


 俺と不二子がいつの間にか始まっていたゲーム論争に熱くなっていると、ここ久しく鳴ることのなかった玄関のインターホンが鳴り、俺は夢から覚めたように立ち上がった。


 ちらりと時計を見れば、午前3時。

 こんな時間に?


 しばし、沈黙の時が流れる。


 不二子は目をぱちくりとさせ、「出ないの?」とばかりにこちらを見上げてくる。

 俺はその視線に押されるようにして玄関へ向かった。

 その数歩分の距離の間に、俺の脳裏に様々な疑問符が浮かんで消えた。


 初めに思い当たったのは警察だった。

 捜査の手がこちらに回ってきたか。


 いや。

 それはあり得ない。

 昨日の件で、俺が捕まることはない。

 そこについては確信があった。

 あるとすれば事情聴取くらいはされるかもしれないが、それならばこんな時間の訪問は選ばないだろう。


 ならば、あの男の仲間?

 ここ一年の間に、あいつの近辺を嗅ぎ回った際、その良からぬ友人たちについても一通り調べ上げてある。

 そいつらが報復に来たか?


 一回鳴ったインターホンの後は、ドアの向こうから音沙汰はない。

 俺は恐る恐る身を乗り出し、ドアスコープを覗き込んだ。


 そこに映りこんだ人物を見て、俺の思考が一瞬停止した。


 ……誰だ?


 見るからに気弱そうな顔をした、五十過ぎと思しき背の低い男性が視線を落としてこちらの反応を待っている。

 私服警官には見えないし、勿論あの男の関係者でもあるまい。

 しかし、どこかで見たことがあるような……?


 ドア越しに俺の気配を感じたか、その中年男は一歩踏み出し、ドアの隙間に顔を近づけるようにしてこちらに声をかけてきた。


「あのぅ……。下の階の者ですが。先程から、……その、何かトラブルでもあったのでしょうか?」


 ぐはっ。


 普通に近所迷惑を注意された!

 恥ずかしい!!

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