嫉妬と許容範囲
嫉妬深いはずの紅蓮が葛葉の服に文句を言わない理由。誤解されるかもしれないのに夏姫に服を買う葛葉と紅蓮。その理由をかいた短編です
事の起こりは、葛葉が中学校に入学したころに遡る。
周辺でも評判の制服に身を包んだ葛葉は、父方の祖母が「紅蓮にも写真を送ってやれ」と言ったことで、写メを送信した。
そしてそれを見た紅蓮が、携帯を握力のみで潰しそうになったのを、親友二人がかりで止めたのだ。
「……おいおい、何やってんだよ」
「葛葉が……」
「? お前の婚約者の葛葉ちゃんがどうしたって?」
「制服着て! 笑ってた!」
それのどこに不機嫌になる要素があるのか、全く分からない。そう思って顔を見合わせてしまった。
「足が出過ぎだ! 鎖骨が見えそうだ!」
言いがかりも甚だしい。そう思いながらも、親友の一人、啓治は宥めることにしたのだが。
「つまりロングスカート、ブレザーがいいってわけ?」
「それだと風が吹いた時にめくれるだろうが」
「じゃあ、パンツスーツみたいな?」
「身体のラインがまるわかりだ」
「じゃあ、和装か?」
「うなじが見えるだろうが」
「もう、ビジャブか!? それともすっぽり頭から足まで被るやつがいいのか!?」
ここまで言われたら啓治も半ギレでになるな、ともう一人の親友布人は思いながら黙って聞いていたのだが。
「ビジャブだと顔が見えるだろうが! 頭からかぶったら何も見えないだろうが!!」
「じゃあ、なにがいいんだよ!?」
二人揃って切れたのは悪くないはずである。
当然その話は紅蓮の父親、樹杏の耳にも入るわけで。
「すまんな。その辺りを教育するのをすっかり忘れていた」
「……はぃ?」
思わず怪訝そうな声を出してしまったのは啓治で。布人は声すら出せなかった。
「俺自身が服に頓着がないせいか、いつも花蓮が決めてくれるものでな」
「いや、それと紅蓮の発言は関係ないっしょ」
「これがある。紅蓮の独占欲と執着心は花蓮譲りだ。俺が当たり前に受けて止めているから、紅蓮はそれが当たり前だと思っている節がある」
「それにしたってどんな服も駄目って……」
「花蓮も似たようなことがあったぞ。ブラックスーツも相手が俺を見るから駄目。ラフな格好は俺の身体のラインが見えるから駄目。あとは何かあったか?」
そのまま後ろにいる秘書に聞くのは如何なものか。
「そうですねぇ。白いワイシャツは肌の色が透けるのでNGですとか、髪型も短すぎず長すぎずですとか、スーツパンツもフィットしすぎると身体のラインが見えるですとか、ゆったりしたものですと樹杏様のいいところが見えないですとか……」
「も……もういいっす」
まだ続きそうな内容に、啓治が白旗をあげた。
そんな独占欲からどうやって解放されたのか、そう訊ねたのは布人だったが。
「着ていく服がないというのが問題だと花蓮には言ったな。だから頭からつま先までお前がコーディネートしろと言っただけだ」
「それで納得したんですか?」
「したというか、させた。俺は元々頓着しないんだから、お前が決めればいい。俺はそれしか着ないし、俺の服関連の評判はお前にかかっているといったまでだ」
とどのつまりは。
「評判に関わるような服以外なら何してもいいって言ったんすか?」
やっと立ち直った啓治がたずねていた。
「早い話がな。花蓮の見立てに間違いはないし。盗聴器やGPSがつけられるくらい文句言われるよりも可愛いものだからな」
違うっしょ。その言葉は出てこなかった。
「お前らが気にして直談判に来たということは、紅蓮に直接言い聞かせる必要があるな、冬太」
「そうですねぇ。俺も当たり前になりすぎてましてすっかり忘れておりました」
「忘れるところじゃないですよね!?」
「すまん。葛葉に言う前に阻止できたから良しとしてくれ。
……そうだな。葛葉に頼まれたとき以外服・装飾品は買うな、服装に口を出すなとだけ言っておくか」
「まずはそこですね」
……かくして葛葉が被害から逃れたわけだが。
「夏姫さんっ!! 次はこの服を!! 兄様とわたしのセレクトですわ!」
「断るっ!!」
まさか白銀の呪術師の弟子が被害を被るとは思ってもいなかった。そして、止めるにも白銀の呪術師が悪ノリをしているため、抑止力は低い。
「……紅蓮の好きにさせておけばよかったのか?」
この騒ぎを見た樹杏は思わず呟いたのだが。それを聞きつけた冬太はくすりと笑い、こう言い放った。
「それをしたら、今頃紅蓮様は婚約破棄をされておりますよ」
そこが問題なのである。
ビジャブ……アラビア語で「覆うもの」を意味する名詞。ヒジャーブ、ペルシア語ではヘジャブとも。欧米諸国や、日本のメディアではムスリム(イスラーム教徒)の女性が頭や身体を覆う布を指して使われることが多い。
Wikipediaより