23.夢の終わり
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さわり心地の良い羽布団で、ぼくは目を覚ました。
見慣れたぼくの部屋ではない。簡素なベッドに寝かされていて、病院の一室のようだった。頭が内側から叩かれているように痛かった。
ぼくが自殺を試みた日、この地方では昼頃から雪が降ったそうだ。
そんな状況で長時間眠っていた――ぼくが宇宙を漂っていたあの時間は、結局「夢」の一言で片付けられた――ために、ぼくは低体温症を起こしたらしい。
彼女は朦朧として倒れていたぼくを見つけ、医療機関まで取り次いでくれたそうだ。
まだ軽度だったから助かったものの、発見が遅れていれば死んでいた可能性もあるらしい。いわゆる凍死をしてもおかしくなかったのだ、と医師に言われた。
そのとき、不思議なことに、ぼくは助かって良かったと感じた。
その安堵の感情は、あまりにも自然にぼくの中に浮かび上がったので、初めは違和感さえ感じなかった。後になって、そういえばぼくは死ぬつもりだったのに、と思い出した。
まるで熱病に冒されていたようだった。
あのとき、森の奥に分け入って手首を切った自分の感情は、もう二度と再現できないような気がした。どうしてあんな閉塞感に襲われたのか、どうしてあんな陶酔すら感じて命を投げようとしたのか分からない。
彼女が届けてくれたネックレスを見て、考える。
相変わらずきらきらと輝いているその形に、いつかの月を重ねた。
生きていけるような気がしたこと。
そして、もう生きていけないような気がしたこと。
どちらもぼくが抱えた地続きの感情で、なのにもう思い出せない。
死にたいと思うまでの筋書きは理解できるけど、命を本当に投げ出すだけの理由があったとは全く思えない。
一度来た日は二度と来ないとは、つまりそういうことなのか、と噛みしめた。
手首を切ったときの自分を客観的に見られるほど、ぼくのなかで感情の整理は付いていないけど、おそらくは数年後には後悔と、そして助かった安堵感を持ってあの日を思い出すようになるのだろう。
それから二日間、ぼくは病院で過ごした。
幼馴染、高校の友人、姉、父、翠緑荘の面々に担任教師まで、思い付く限りほとんどの人がぼくの病室を訪れた。何ならもう少し休ませてくれ、と贅沢なことを思うくらいに心配され、そして、無事で良かったよ、と言って帰って行った。
あの怒らない父さんは、一番に見舞いに現れ、血相を変えてぼくを叱った。
それはまだ意識が少し朦朧としていた頃だったが、そんなこと知るかと言わんばかりだった。
冷静な声のまま、蒼白になった険しい顔で懇々と諭された。
「どれだけ心配したと……。いや、この際、こちらが心配したということは別に問題じゃないんだ。夏ちゃんが見つけてくれなければ一体どうなったと思ってる? 何も言わずに出掛けていって。死にかけたんだぞ。お前、分かってるのか」
ぼくは、言葉も出ず黙っていた。まだ目が覚めてから数時間しか経っておらず、自分がいかに生死の境すれすれであったか、ようやく分かってきた頃だった。
父さんはぼくの顔を見て、寄せた眉根を少し緩めた。
「どうしてこんな危険なことをしたのか、とは聞かないよ。……聞いてほしいなら聞くが、優治自身にもまだよく分かっていないんじゃないか?」
「……分からない」
ぼくは、時間をかけてやっとそれだけ言った。喉がひりついて痛かった。
「心配かけてごめん」
「それはいいんだ。それより、どういう経緯でこんなことをしたのか、優治自身が考えなさい。この経験を忘れないようにしなさい。そして二度としないようにしてくれ」
頼むよ、お願いだ、と父さんは頭を下げた。
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