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真空のなかのドレス  作者: 織野 帆里
四季の外縁
20/45

20.さよならの筋書き

 ☆


 ぼくは、肺の中を空っぽにするような気持ちで、長く息を吐き出した。


 そうやって、ようやく息苦しくなって、空気を吸い込む。


 持ってきた鞄を開けて、中をのぞき込んだ。使い古した財布や、細かい傷の無数に刻まれた携帯端末と一緒になって、アウトドア用の十徳ナイフが入っている。


 元々は母さんのものだが、長いこと彼女の私物のなかに埋もれていたのだ。

 それが数年前に、掃除をしていたら偶然発見された。


 初め、ぼくは十徳ナイフというものを知らなかった。

 携帯端末より二回りほど小さく、やけに凝った作りになっていて、明らかに何か仕掛けがありそうなのだがどう扱うものなのかよく分からなかった。


「ああ、翠さんがキャンプのときに使っていたやつだね」


 と、父さんは十徳ナイフを一目見るとすぐ、それが母さんのものだと気づいたらしい。


 彼女の私物なので、彼女の服と同様に十徳ナイフも鮮やかな色をしている。突き出している小さな爪に指を引っかけて起こすと、はさみや爪切りやコルク抜きなんかとして使えるので、アウトドアのお供に使われるようだ。

 自然のなかで遊ぶのが母さんの趣味の一つで、ぼくが小さい頃は、言い換えれば彼女が存命の頃は、家族でもキャンプに何度か行った記憶がある。


 父さんの許可を受けて、ぼくは母さんの十徳ナイフを譲り受けた。それ以来、お守りの代わりのようにして鞄に入れていたのだ。母さんが亡くなってからキャンプに行くことはなくなり、それ以降は一度も使ったことはなかった。


 それを今、取り出す。


 死ぬつもりだとはいったけど、どうやって死ぬのかということには全く考えが及んでいなかった。しかし十徳ナイフは、名前の通りナイフだ。勿論、簡単に人を殺傷できるほどのものではないが、時間をかければ不可能ではないと思う。


 何しろ人を殺すのではない。

 自分を傷つけることさえできればいい。


 ぼくは、ここに来るまでバスが通った道を思い出した。

 いかにも人目に付かなそうだ。それに、この辺りは辻ヶ丘より寒いはずだ。夜まで待って、寒さでかじかんだ頃に実行すれば大した痛みも感じずに済むかもしれない。

 

 初めは、架空のミステリを考えるような気分だったのだが、考えているうちにいかにも簡単に死ねるような気がしてきた。

 そうしたら、鬱蒼とした森の木陰で死んでいる自分の姿があまりにもはっきりと、思い描けてしまったのだ。


 そうしよう。

 母さん、あなたの十徳ナイフを血で汚して申し訳ないけど、ぼくは大人になる前に死んでしまうことになりました。それなら、あなたの遺したものを使い、自らの意思で死ぬのは、一番マシな選択じゃないですか。


 願わくばあなたと一緒にもう一度キャンプに行きたかった。


 さようなら。いや、今から会いに行くのでしょうか。

 

 ☆

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