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真空のなかのドレス  作者: 織野 帆里
四季の外縁
13/45

13.息をする


 校門を出て、暗くなりつつある路地を歩いた。

 辻ヶ丘の麓から神社の鳥居まで続く一本道の急坂まで、住宅街のなかを五分ほど歩く必要があった。


 歩く動作で揺れるので、ぼくは例の、月のネックレスを付けていたと思い出した。


 校則上あまり褒められたものではないが、服の中に付けていればまず気づかれない。


 制服の、カッターシャツの中からチェーンを辿って引っぱりだし、暗くなりつつある夜空に月を浮かべてみた。

 指先で、振り子のように月が揺れる。

 滑らかに磨かれた黄金色のパーツに、街灯の光が反射した。


 ぼくはふと、金属のパーツと咬み合ったプラスティックのなかにもキラキラと煌めくものがあることに気づいた。目の近くにリングを持ってきて観察すると、透明に見えたプラスティック部分には細かい粒子が封じ込められていることに気づいた。


 その粒子は星にも、雪にも見えた。


 それは綺麗だった。


 今日は曇りがちで、月が出ていないので、ぼくが掲げているこれが唯一の月だった。


 誇らしげに輝いている。

 その光は、元はといえば街灯のものだけど、月だって太陽を反射しているのだ、似たようなものだろう。思いがけず手に入れたネックレスだが、悪い買い物ではなかったと思う。


 それに、何より、彼女――夏が、同じものを持っている。


 胸の中に、暖かい炎が灯るような感触があった。

 彼女と揃いの、色違いの月を持つことを赦されている。


 それだけで、何だか自分の全ての存在が肯定されたような、そんな感覚が、確かに一瞬ぼくを包み込んだ。分かっている、錯覚だ。妄想だ。たかが安物のアクセサリで、こんな想像をしてしまうのは、彼女に失礼だ。


 それでも、こういう小さな承認を、例えば百個くらい手にできたなら、それを積み木のように積み上げれば、ぼくの家になるかもしれない。それは、居場所と呼べる何かになるかもしれない。


 ここから始めてみようか。


 ぼくはネックレスをシャツの内側に入れた。決して、なくさないように。


 そういえば、担任はぼくの文章を褒めてくれたな、と思い出す。ぼくが気づかないだけで、もしかしたら今までにもあったのかもしれない。これからは忘れず、見逃さないようにしよう。それは、ぼくのことを認めてくれるサインなのだ。

 

 月のない空を見上げた。


 雪の前兆である、霧と綿との中間のようなぼやけた雲が空を覆っていた。


 ぼくは、これからどうなっていくのか、未だに全く見えない。まさに今日の雲のように、ぼんやりした何かが視界を遮っている。そんな現状についての解答は何も得られていない。


 自分が世界のどこにいるのか、分からない。


 それでも、夏や、幼馴染や、友人や、家族がいて、それで相対的な位置が分かる。


 だから、どうにか息をしよう。もう少し。


 こんな綺麗なものに出会えたのだ。

 失ってから、勿体なかったな、と思わないために。


 ☆

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